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56 子爵令嬢

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 マリアはダイアー子爵家の養子になるという提案を断ろうと思った。しかし、王子殿下と結婚して未来の公爵夫人となるクレアお嬢様の側付きは、平民より貴族の方が望ましいと言われてしまう。お嬢様と一緒に行動する時に、子爵令嬢という肩書きが役に立つからと。
 ダイアー子爵からは、養子になっても実家との付き合いは今までと変わらずにしていいこと、仕送りも続けていいと言われる。堅苦しい社交は最低限でいいし、マリアの実家には子爵が話をしに行ってくれたらしい。

「……子爵様が私の実家まで行かれたのですか? あんな不便な田舎に?」

「確かに王都と比べたら不便だが、あの田舎で伸び伸び育ったからこそ今のマリアがいて、お嬢様を守ることが出来たのだと思う。
 君の両親は子爵家の養子になることで安全に働けるならば認めてくれるそうだ。
 離れて暮らす娘のことを心配しているように見えたぞ。たまには里帰りして顔を見せてあげるべきだ」

 マリアの両親は細かいことを気にしない。仕送りを当てにしているから、安全に働けると聞いて反対しなかったのだろう。

「私の両親が認めたのですか……」

「マリアは子爵家に養子に入りたくない理由でもあるのかしら? ダイアー子爵やカミラとは仲が良かったから、すぐ快諾すると思っていたわ。
 例えば、平民に恋人がいて結婚する予定だから貴族にはなりたくないとか……」

 公爵夫人には、マリアが養子の申し入れをすぐに受け入れないことが不思議に見えたようだ。

「私には恋人はいません。ただ、私のような者を養子に迎えたりしたら子爵家の恥になるのではないかと不安はあります」

「あら! うちの恥にならないように私がしっかり教育するから何の心配もないわよ」

 それはカミラの声だった。カミラを慕うマリアは、その言葉に背中を押された。

「マリア、これからも私の専属メイドとして側にいてくれるのでしょう?
 それなら、平民でいるより子爵令嬢でいた方が絶対に働きやすいわ。この話を受けてくれないかしら? お願いよ!」

 そこまで自分を必要としてくれることが嬉しかったし、お嬢様にお願いされたら嫌とは言えない。

「……わかりました。そのお話、お受け致します。
 子爵様、カミラ様、どうぞよろしくお願い致します」

 かつて公爵家で下働きを希望していた田舎者のマリアは、こうして子爵令嬢になることが決まった。


◇◇


「マリア、私の結婚式には出席できそう?」

「はい。子爵家にはきちんと許可を取ってあります。
 ただ、移動は子爵家の馬車で歩いていくのはダメみたいです……
 しかもパーティーには必ずエスコート役を同行させるようにと言われてしまいました。普段は自由にさせてもらっていますが、パーティーなど公の場では子爵令嬢らしい振る舞いをしないとダメらしいです」

 もうすぐアンとクリフの結婚式がある。アンは結婚後も仕事は続けるが、あと数日後には新居に引っ越す予定になっており、こうやって夜間に二人で話ができるのはあと少しだ。

「エスコートは誰がするんだい? 平民男子はダメだろう?」

「お義兄様がしてくれるらしいです」

 お義兄様とは公爵家で秘書官をしているカミラの孫のギルバートのことだ。
 穏やかなギルバートは、義妹のマリアをあれこれと気に掛けてくれるとても優しい義兄だった。仕事中に顔を合わせると声を掛けてくれるし、時間が合えば一緒にランチを食べることも珍しくない。ケイヒル卿やダレルなど、公爵家の護衛騎士のように無駄にキラキラしてないので親しみが持てた。

「それより、今からアンさんの体をマッサージして髪をトリートメントしましょう。この前、いいオイルが売っていたんでつい買ってしまったのです。式まであと少しですから、今からしっかり磨いておきましょうね」

 マリアは結婚式を控えているアンの髪やお肌のお手入れに夢中になっていた。アンがマリアを磨いてくれたように、今度はマリアがアンのために何かしてあげたいと思ったのだ。

「子爵家のご令嬢にそんなことをしてもらうのは申し訳ないよ」

「いえ、ここではただのマリアです。大好きなアンさんのためにやりたいんです!」

「マリア……、ありがとう」


◇◇


 その翌日、マリアはギルバートと使用人の食堂でランチをしていた。

「マリア、結婚式の日なんだが……急に仕事が入ってしまい、エスコートすることか出来なくなってしまったんだ」

 優しいギルバートが申し訳なさそうにしている。

「……それは残念ですわ。しかし、お義兄様は秘書官として多忙ですから仕方がありませんね。
 エスコートなしで一人で行くのはダメでしょうか? アンさんは、パーティーは平民の人ばかりで気楽に来て欲しいと話しておりましたわ」

「私としては認めてやりたいが、お祖母様にバレたら恐ろしいぞ……」

「……そうですわね」

 カミラは愛情深い人でみんなから慕われているが、子爵家で一番怖い存在でもあった。

「エスコートは私の同僚に頼んでやるから大丈夫だ。誰かしらは引き受けてくれるだろう」

「急に頼んで大丈夫でしょうか?」

 ギルバートとマリアが話し込んでいたその時だった。

「失礼! 先程から二人の会話が聞こえていたのでつい聞いてしまったのだが、私でよければダイアー子爵令嬢のエスコートをさせてもらえないだろうか?」

 それは、近くでランチをしていたケイヒル卿だった。

 

 
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