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 マリアとケイヒル卿は、婚約を前提に交際したいと義両親と義祖母のカミラに報告した。
 義両親は真面目なケイヒル卿ならばと認めてくれたが、カミラの反応は今ひとつだった。

「お互い想いあって婚約するなら、これ以上の幸せはないでしょうね。
 しかし、婚約は新たなスタートであってゴールではないわ。マリアもケイヒル卿もずっと公爵家で働くつもりなら、貴族と関わる機会の多い職場で平民という身分は非常に弱い立場になるでしょう。
 人気のケイヒル卿が平民になったら、貴族令嬢達はマリアに嫌がらせをしてくるかもしれない。貴婦人からは愛人として望まれるかもしれないわよ。それにマリアに手を出そうとする殿方もいるでしょうね。
 その時、平民の貴方達はどうするの? 実家の子爵家や勤め先の公爵夫人に助けを求める? 結婚した後、二人で生きていくと決めておきながら実家に頼るつもりでいるの? 考えが甘いと思うわ。
 それでもいいというなら反対はしないけど、よく考えなさいね」

 公爵家の仕事を辞めるつもりはないし、ケイヒル卿と婚約すると決めたのに交際をやめたくない。だが、カミラが言うことは理解できる。
 貴族から愛人にと望まれる平民は沢山いる。平民の立場で断ることは難しい。

「カミラ様、私はご令嬢を諦めるつもりはありません。
 ご令嬢を幸せにするために何が必要なのかを考える時間を下さい」

「分かりました。でも、マリアには縁談話が沢山きているのよ。あまり待たせないでちょうだいね」

「承知しました」

 厳しいカミラに怯まず、堂々と受け答えをするケイヒル卿からは、マリアへの強い想いが伝わるものだった。

 話し合いが終わった後、マリアはケイヒル卿を見送るために邸の外まで来ていた。

「マリアさん、そんなに不安そうにしないでくれ。
 とりあえず交際は認めてもらえたから良かったと思っている。
 君との婚約のために何をすべきかじっくり考えるから大丈夫だ」

 自分との婚約のためにそこまで真剣に向き合ってくれることは嬉しかった。
 
「よろしくお願いします」

「それと……君のことをマリアと呼んでもいいかい?
 君の幼馴染が呼び捨てで呼んでいるのが羨ましかったんだ。
 私のことは、アンドリューと呼んでくれ」

「……マリアとお呼びください。でも、ちょっと恥ずかしいですわ」

 田舎では呼び捨てで呼び合うのが普通だったので、幼馴染のテッドから呼び捨てで呼ばれることに何とも思わなかった。
 しかし、ケイヒル卿から名前を呼び捨てで呼ばれるのは違う。心の中がくすぐったい気がした。

「恥ずかしそうにする君も可愛いな……
 マリア、また明日……職場で会おう」

「はい……。アンドリュー様、お気をつけて」

 優しく微笑んだケイヒル卿は馬車に乗り込む。マリアは馬車が見えなくなるまで見送っていた。

 もう少し一緒にいたいと思ってしまうなんて……

 ケイヒル様のことは憧れだと思っていたけど、本当はずっと好きだったのかもしれない。
 自分はあの方には相応しくないからと考えないようにしていたけど、もうこの想いは抑えられない。


◇◇


 恥ずかしがり屋のマリアはケイヒル卿と付き合い始めたことを内緒にしたかった。しかし、ケイヒル卿は自分達が親公認で付き合い始めたことを仲間の騎士や上司に報告したので、公爵家の使用人達に二人が恋人同士だと知られるのに時間はかからなかった。

「アンドリュー様、先輩達に私達のことがバレて色々と詮索されてしまいましたわ」

「私達が付き合っていると公言しておかないと、また君に縁談の話がきてしまうだろう? ダイアー子爵様から公爵閣下に私達のことを話してくれたからといって安心は出来ない。
 実は騎士の仲間に君を気に入っていた者が何人かいて、マリアは私の大切な人だって言っておきたかったんだ。
 ……マリア、もっとこっちにおいで」

 今日は二人で休みを合わせ、郊外にピクニックにきていた。お弁当を食べた後、ケイヒル卿はマリアにベッタリだ。
 付き合ってみて気付いたが、硬派だと思っていたケイヒル卿は恋人には甘々な男だった。二人きりの時は必ず手を繋いでくるし、キスやハグは何度されたか分からない。
 マリアを大切に扱ってくれるケイヒル卿は、理想の恋人そのものだった。

 

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