上 下
24 / 41

23 閑話 レイモンド

しおりを挟む
 その後も体調不良を理由に、ローラとは会えない日々が続いていた。
 ここまで会えないほど具合が悪いのか? 私はどんな姿のローラであっても側にいたいと思っているのに。
 私は避けられているのかもしれない……
 
 ある日、私がいつものようにシーウェル伯爵家に見舞いに行き、家令から面会を断られているとあの女が現れる。

「レイモンド様、私がお義姉様の部屋までご案内致しますわ」

「リリアンお嬢様、いけません。
 フローラお嬢様は、まだ体調が悪いから面会はご遠慮したいとおっしゃっているのです」

「使用人の分際で私に意見するつもり?
 私が連れ子でお義父様と血が繋がってないからと、そういう扱いをするの?
 レイモンド様。この邸の使用人とお義姉様は、こうやって私をよそ者扱いするのです」

 こんな低レベルで下品な女を伯爵家の使用人が認めるわけがない。この女の話を聞いていると、堪らなく苛々する。

「いや、家令は何も悪くない。私はまた来るから大丈夫だ。失礼するよ」

「そんなことを言っていたら、いつまで経ってもお義姉様に会うことは出来ませんわよ。
 私がご案内致しますわ。レイモンド様どうぞ」

 そう言うと、リリアン・シーウェルは私にベタっとくっ付くように腕を組んでくる。
 胸を押し付けるようにくっ付いてきて、不快でしかなかった。

「結構だ! 離れてくれ」

「あら……、いいのかしら? お義姉様に知られても?」

「……っ!」

 ローラのいる邸でこの女と腕を組んで歩くことになるとは……
 しかし、あのことをバラされたくない私には拒否することは出来なかった。
 そして、こんな私達の姿を見たローラは傷ついた顔をしている。
 そんな彼女を見て、私は心の中で何度も謝罪の言葉を繰り返した。
 それから私とローラの関係は、修復出来ないほど壊れていくことになる。

 ローラの体調が回復した後、関係を改善したい私が何度もローラに会いに行くが、ローラの私を見る目に熱がなくなっていることに気付いてしまった。
 更には、二人きりで過ごすことを避けられてしまい、お茶の席にはあの女を同席させる始末。そして、気分が悪くなったと言って途中で退席してしまうのだ。
 ローラは私達のことに気付いている。この女が私達の関係をバラすようにわざらしく行動しているからだ。なんて酷い女だ……
 しかし、あんな女に弱みを握られるようなことをした私も酷い男。
 だが、どうしてもあのことだけはローラには知られたくなかった。

 今はギクシャクしているが、あと少しで私達は結婚だ。貴族の結婚がどういうものなのかを理解しているローラは、結婚直前の今になって無理に婚約を解消したいとは言ってはこないだろう。それに私の家はローラの家よりも身分が高いのだから、婚約解消したいと言われても断ればいい。そして結婚した後に必死に償っていけば、優しいローラならいつか許してくれる日が来るはずだ。
 だからあと少し……

 しかしあの女はやり過ぎた。
 あの女は夜会の日、控室に私を呼び出した時に香水を振りかけ、自分と同じ匂いを私に纏わせた。その匂いは想像以上に強いもので……

「レイ様のご友人は香水がお好きなのかしら?
 このきつい匂いは、どこかで嗅いだことがある匂いですわ」

 その時のローラは、私をゴミを見るような冷たい目で見ていた。
 ローラは、苦手な匂いで気分が悪くなったからと友人と先に帰ってしまい、私は一人取り残される。周りから感じる冷たい視線は気のせいではないだろう。

 翌日、心配になった私がローラの元に向かうが、途中で気分が悪いと言ってお茶をせずに退室してしまった。ここまで避けるほど、彼女は私に会いたくないようだった。
 私はローラに完全に嫌われてしまった……

「ふふっ……。香水の匂いくらいで大騒ぎするお義姉様は、思ったより心が狭いのですね。
 レイモンド様、お義姉様はやめて私にしませんか?
 私なら貴女を満足させて差し上げますわ。同じシーウェル家の令嬢なのですから、私がお義姉様の代わりにレイモンド様に嫁いでも大丈夫ですよね?」

 この女は人間の姿をした悪魔だ。私はこんな女に振り回されて、大切な人を傷付けて悲しませた……
 もう我慢の限界だった。

「お前が私に嫁ぐだって……?
 ははっ! お前は本当に馬鹿だな。私はシーウェル家の令嬢と結婚したいのではなく、愛するローラと結婚したいんだ。
 お前みたいな頭が空っぽで、義姉を苦しめることにだけ悪知恵が働く悪魔のような女など、妻にしたいわけがないだろう。大金を積まれてもお断りだ」

「……何ですって? 私にそんなことを言っていいのかしら? 今すぐにお義姉様の部屋に行き、あのことをバラしてきてもいいのよ!」

 リリアン・シーウェルは私の態度が豹変した姿を見て逆ギレする。

「バラせばいい」

「……えっ?」

「バラせばいいと言ったんだ」

 ローラとの関係がここまで壊れてしまった私は、今更、あのことで脅されても何も感じなくなっていた。

「お前があのことをバラしても、誰がお前なんかの話を信じる?
 その時は私も、お前が仮面舞踏会の常連で沢山の男達とまぐわっていたことをバラせばいい。令嬢がそんなことをしていたと知られたら、結婚相手は見つからないぞ?
 それとも私を脅してきたことを伯爵に報告するか?
 お前に関心のない伯爵は簡単にお前を切り捨てそうだな。修道院に行くのか、伯爵家を追い出されるかのどちらかだ」

「そ、そんなことをしたら、貴方はお義姉様に嫌われるわよ。
 お義姉様とは結婚出来ないわ。いいのかしら?」

「もうすでにローラからは嫌われている。
 だが、うちの方が身分は上だ。もしローラが婚約解消したいと言ってきても認めなければいい。
 私は結婚してから、時間をかけてローラに償っていくつもりだ。
 そういえば……、ローラと結婚した後にお前にはどう報復してやろうか? あの伯爵のことだ。お前を消しても何とも思わないだろうな。伯爵家のお荷物を処分してくれたと感謝してくれるかもしれない。
 散々、私達を苦しめたんだ。タダで済むと思うなよ」

「……っ!」

 その日以降、リリアン・シーウェルは私やローラに近付いてくることはなくなった。

 結婚式の前に、何とかローラとの関係を元に戻したいとしたいと考えて行動するが、離れてしまった彼女の心を戻すことは難しく、ローラと話をしていてもギスギスしてしまうし、私から触られることすら嫌がっているようだった。
 ここまで嫌われてしまうなんて、私はどうすればいいんだ……?

 しかし、ローラは婚約は破棄しないと言っていた。
 ウエディングドレスも喜んでいたし、引っ越しの準備もすると言っていた。だから、私と結婚する意思はあると思っていたのに……

 ローラは結婚式当日に、置き手紙を残していなくなってしまった。


しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

目覚めた公爵令嬢は、悪事を許しません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:40,066pt お気に入り:3,323

書捨て4コマ的SS集〜思いつきで書く話

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:127pt お気に入り:2

【完結】薔薇の花をあなたに贈ります

恋愛 / 完結 24h.ポイント:99pt お気に入り:2,523

長生きするのも悪くない―死ねない僕の日常譚―

現代文学 / 連載中 24h.ポイント:844pt お気に入り:1

王妃となったアンゼリカ

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:167,234pt お気に入り:8,001

短編集(SF・不思議・現代・ミステリ・その他)

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:227pt お気に入り:1

あなたに愛や恋は求めません

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:104,925pt お気に入り:8,855

あなたへの想いを終わりにします

恋愛 / 完結 24h.ポイント:127pt お気に入り:3,929

さぁ、反撃ですわ

恋愛 / 完結 24h.ポイント:624pt お気に入り:3,162

不死王はスローライフを希望します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:44,681pt お気に入り:17,452

処理中です...