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記憶が戻る前の話
18 記憶が戻る時
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公爵様との結婚生活は幸せだった。
彼は私が実家との関係に悩んでいることを理解し、関わりが最低限になるように気を使ってくれた。
跡取りを急かすこともしないし、二人の時間を大切にしてくれる。風邪を少しひいただけで付きっきりで看病しようとしたり、出掛けることがあれば沢山のプレゼントを買って帰ってくるような人だ。
公爵夫人としての社交は好きになれなかったが、公爵様と結婚出来たことは私の人生での一番の幸福だと思えた。
しかし、公爵様への愛を自覚し始めた頃、その事件は起きる。
その日、私は王妃殿下の誕生日を祝う夜会に来ていた。
無事に王妃殿下に挨拶を済ませ、国王陛下との話が長引いている公爵様が戻って来るのを待っていると、私の苦手な人の声が聞こえる。
「アリシア、久しぶりね。
随分と変わってしまったから、誰だか分からなかったわ」
それは久しぶりに顔を合わせる腹違いの姉だった。
姉から散々虐めや嫌がらせを受けてきた私は、結婚して彼女より身分が高い立場になっても強い苦手意識はしっかりと残っており、言葉に詰まってしまう。
「あら……、公爵夫人になって伯爵令嬢の私よりも身分が高くなったからと口も聞いてくれないのかしら?
私達は姉妹なのに残念だわぁ」
私達のやり取りを周りにいる貴族が興味深そうに見ている。姉はそれを分かった上で、私が困ることを知りながら話しかけてきたのだろう。
「お姉様、ご機嫌よう。お元気そうで何よりですわ」
「私は可愛い妹の貴女を心配してずっと会いたいと思っていたの。
お父様とお母様がね、貴女と久しぶりに話がしたいと別室で待っているわ。
家族で積もる話もあるでしょう? 一緒に来て欲しいの」
嫌な予感がしたが、他の貴族達が見ている前で家族からの誘いを断る勇気はなかった。
「分かりました。では少しだけ……」
しかし、姉は夜会の会場からどんどん離れていき、すれ違う人すらいない場所まで来てしまった。
「お姉様、どちらまで行かれるのでしょうか?」
階段で私の前を行く姉は、その時になってくるっと振り返る。
階段の上から私を見下ろす姉は無表情で感情が読み取れなかった。
「ねえ……私、婚約の話がなくなりそうなの」
「えっ?」
姉の婚約者は騎士をしている侯爵家の次男の令息だった。見目麗しい方で姉が何年も片想いをしてきて、やっと婚約出来たと聞いた。半年後に伯爵家に婿入りしてくる予定だったはず。
「彼に言われたわ……。私生児だからと何の罪もない妹を虐めるような女とは結婚したくないって。
私も私生児だけど、育ての義母は子供には何の責任もないからと、他の兄弟と分け隔てなく大切に育ててくれたから感謝しているって……
そんな君と結婚しても幸せになれないし、義母は悲しむとまで言われたのよ!」
あの方も私生児……? 何の不自由もなさそう見えたから分からなかったわ。
「アンタでしょ? 私やお母様の嫌な噂を流したのは。
うちの伯爵家が裏で何と言われているか分かる? 私の友人達はみんな離れて行ってしまったのよ。
格上の公爵家に嫁いだからって、今更私達に復讐でもするつもり?」
最近は社交を控えていたので、そんな噂があったことすら知らなかった。
姉の顔が恐ろしいことになっている。何とか誤解を解かないと……
「誤解ですわ! 私は何も知りません」
「……愛されているんですってね。感情を失って氷のようになっていた公爵閣下が笑うようになったと評判よ。身につけている一流のドレスも宝石も、アンタには勿体ないわ。
本当に目障りね。私生児のくせに死んだ母親に似てちょっと美しいからって……
アンタなんて死ねばいいのよ!」
ドン!
「……ひっ!」
取り乱した姉は私を突き飛ばし、私は勢いよく階段から転げ落ちてしまう。
頭も体も全身が痛くて体が動かず、助けを呼びたくても声が出てこない。
そんな私が意識を失う前に思い出したのは、自分の前世の記憶だった。
「ロ……ミオの……サイン……欲し……か……った」
涙がツーっと流れた。
私はまた死ぬのね。
彼は私が実家との関係に悩んでいることを理解し、関わりが最低限になるように気を使ってくれた。
跡取りを急かすこともしないし、二人の時間を大切にしてくれる。風邪を少しひいただけで付きっきりで看病しようとしたり、出掛けることがあれば沢山のプレゼントを買って帰ってくるような人だ。
公爵夫人としての社交は好きになれなかったが、公爵様と結婚出来たことは私の人生での一番の幸福だと思えた。
しかし、公爵様への愛を自覚し始めた頃、その事件は起きる。
その日、私は王妃殿下の誕生日を祝う夜会に来ていた。
無事に王妃殿下に挨拶を済ませ、国王陛下との話が長引いている公爵様が戻って来るのを待っていると、私の苦手な人の声が聞こえる。
「アリシア、久しぶりね。
随分と変わってしまったから、誰だか分からなかったわ」
それは久しぶりに顔を合わせる腹違いの姉だった。
姉から散々虐めや嫌がらせを受けてきた私は、結婚して彼女より身分が高い立場になっても強い苦手意識はしっかりと残っており、言葉に詰まってしまう。
「あら……、公爵夫人になって伯爵令嬢の私よりも身分が高くなったからと口も聞いてくれないのかしら?
私達は姉妹なのに残念だわぁ」
私達のやり取りを周りにいる貴族が興味深そうに見ている。姉はそれを分かった上で、私が困ることを知りながら話しかけてきたのだろう。
「お姉様、ご機嫌よう。お元気そうで何よりですわ」
「私は可愛い妹の貴女を心配してずっと会いたいと思っていたの。
お父様とお母様がね、貴女と久しぶりに話がしたいと別室で待っているわ。
家族で積もる話もあるでしょう? 一緒に来て欲しいの」
嫌な予感がしたが、他の貴族達が見ている前で家族からの誘いを断る勇気はなかった。
「分かりました。では少しだけ……」
しかし、姉は夜会の会場からどんどん離れていき、すれ違う人すらいない場所まで来てしまった。
「お姉様、どちらまで行かれるのでしょうか?」
階段で私の前を行く姉は、その時になってくるっと振り返る。
階段の上から私を見下ろす姉は無表情で感情が読み取れなかった。
「ねえ……私、婚約の話がなくなりそうなの」
「えっ?」
姉の婚約者は騎士をしている侯爵家の次男の令息だった。見目麗しい方で姉が何年も片想いをしてきて、やっと婚約出来たと聞いた。半年後に伯爵家に婿入りしてくる予定だったはず。
「彼に言われたわ……。私生児だからと何の罪もない妹を虐めるような女とは結婚したくないって。
私も私生児だけど、育ての義母は子供には何の責任もないからと、他の兄弟と分け隔てなく大切に育ててくれたから感謝しているって……
そんな君と結婚しても幸せになれないし、義母は悲しむとまで言われたのよ!」
あの方も私生児……? 何の不自由もなさそう見えたから分からなかったわ。
「アンタでしょ? 私やお母様の嫌な噂を流したのは。
うちの伯爵家が裏で何と言われているか分かる? 私の友人達はみんな離れて行ってしまったのよ。
格上の公爵家に嫁いだからって、今更私達に復讐でもするつもり?」
最近は社交を控えていたので、そんな噂があったことすら知らなかった。
姉の顔が恐ろしいことになっている。何とか誤解を解かないと……
「誤解ですわ! 私は何も知りません」
「……愛されているんですってね。感情を失って氷のようになっていた公爵閣下が笑うようになったと評判よ。身につけている一流のドレスも宝石も、アンタには勿体ないわ。
本当に目障りね。私生児のくせに死んだ母親に似てちょっと美しいからって……
アンタなんて死ねばいいのよ!」
ドン!
「……ひっ!」
取り乱した姉は私を突き飛ばし、私は勢いよく階段から転げ落ちてしまう。
頭も体も全身が痛くて体が動かず、助けを呼びたくても声が出てこない。
そんな私が意識を失う前に思い出したのは、自分の前世の記憶だった。
「ロ……ミオの……サイン……欲し……か……った」
涙がツーっと流れた。
私はまた死ぬのね。
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