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離れていても、ずっと君を愛し続ける。(3)

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 ぼくは何も言わずに立ち上がり、信じられないという表情を浮かべる彼女の元へ歩いていった。彼女は少し微笑んだようだったが、やがて目を伏せてうつむいた。そして言った。

「どうしてここに?」
「君に会いたかったから」
「今日、わたしがここに来なかったらどうしていたの?」
「そしたら、君に会えるまで毎日通ったさ。ぼくは、いつか必ず君に会えると信じていたからね」

 彼女は首を振った。

「再び会えたところで、私たちの関係は二度と変わらないわ」
「なぜだい?」
「わかるでしょう」

 彼女は顔を上げて笑おうとした。しかし、その笑顔は途中で崩れてしまった。ぼくは彼女の肩に手をかけた。彼女は抵抗しなかった。ぼくたちはしばらくの間抱き合っていた。

「ぼくは決めたんだよ」
「何を?」
「家を、名前を捨てる」
「…………」

 彼女はぼくの顔を見つめたまま黙っていた。

「ぼくは生まれ変わるつもりだ。そのために家を出た。だから、もうぼくたちが離れる理由はなくなったのさ」

 ぼくは彼女の手を握り締めた。そして、もう一度はっきりと自分の気持ちを伝えた。

「ぼくは君を愛している。これから先、何年たってもそれは変わらぬ想いだと思う。ぼくは、君のいない人生なんて考えられない。君はぼくにとってすべてなんだ。だから、ぼくと一緒になってくれないか」

 彼女はぼくの手を振りほどくようにして体を離すと、背を向けたまま言った。

「……ごめんなさい。あなたの気持ちはとても嬉しいけれど、やっぱりわたしには無理よ。だって、わたしはあなたに相応しくないもの。わたしはわたしの名前を、家を捨てられないわ」

 ぼくはその言葉を無視して続けた。

「もし、どうしても嫌だというなら仕方がない。でも、そうでないんだったら二人で幸せになろう。ぼくが一生かけても君を守るから。もう、泣かせたりしないから。絶対に約束するよ」

 彼女は振り向いた。目には涙が溢れていた。

「本当に……本当に無理なのよ。わたしはあなたのように強くない。家を捨てるなんてできないのよ。それに、あの人もまだ諦めていないはずだし……」

 彼女は泣きながら声を詰まらせた。

 ぼくはポケットからハンカチを取り出し、彼女に渡した。それから、一緒に取り出した彼女の小さな指輪も差し出した。

「これは返すよ。ぼくの指には合わなかったんだ。君が持っていてくれ」

 彼女はそれを受け取ると、両手で包み込むように胸に抱きしめた。そして、しばらくのあいだ静かに泣いていた。
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