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離れていても、ずっと君を愛し続ける。(6)

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「やはりそうなんだな」

 父の深い溜め息が聞こえてきた。ぼくが黙って立ち尽くしていると、執事が割って入ってきた。

「旦那様、どうか落ち着いてくださいませ。本日、ぼっちゃまはご友人とご会食に出かけられただけでございます。少々お酒を口にされたようで、心配されたご友人が当家まで送ってきてくださったという次第でして」
「本当か?」
「……はい」

 ぼくを睨みつけてくる父と、そんなぼくらの間に入り込み庇ってくれる執事の背中を見ながら、ぼくは自分の不甲斐なさを呪いつつ、小さく返事をするしかなかった。

「それならそうと、なぜ早く帰ってこなかった」
「申し訳ありません」
「謝って済む問題ではない。おまえには、自覚が足りていないようだな。いい加減、自分の立場というものをわきまえろ。そんなことでは、この先どうなるかわかったものではないぞ」

 ぼくは何も言い返せなかった。

「申し訳ありませんでした」
「ふん、行くぞ」

 父が歩き出す。ぼくは、その後に従った。玄関に入る前、ぼくはふと足を止めて空を見上げた。月はもう雲に隠れてしまっていた。

 翌日、ぼくは会社で仕事をしながら、昨夜のことを思い出し憂鬱になっていた。

 結局、ぼくは父に逆らうことができなかった。ぼくは、昔からずっとそうなのだ。

 父に逆らうことなんてできない。家も名前も捨てることなどぼくには出来なかった。彼女はきっとそれがわかっていたからこそ、ぼくと離れたのだろう。

 そして、ぼくは彼女の気持ちを踏みにじったのだ。もし、ぼくがもっと強い人間であったなら、彼女を守れるだけの力を持っていたなら……。

 後悔の念が胸を締めつける。その時、デスクの電話が鳴った。ぼくは受話器を取る。

「もしもし?」
「もしもし」

 彼女の声だった。ぼくは驚きのあまり言葉を失う。

「昨日はごめんなさい。あなたに何も言わず帰ってしまって」
「いや、ぼくのほうこそ……。それより、会いたいよ。今すぐ君に会いたい。今日もレストランへ行くよ」
「駄目よ! もう、あなたに会うことはできないわ」

 彼女の強い口調に、ぼくはたじろいだ。

「ど、どうして?」
「あなたは家を、名前を捨てられなかったのでしょ?」
「そ、それは……」
「だから、もうこれでおしまい」
「そんなっ! 嫌だ! そんなのは絶対に嫌だっ!」
「わたしだって辛いわ。でも、仕方がないのよ。お願い、分かってちょうだい。わたしたちの家はライバル会社を経営する、決して交わることのない宿敵同士なのよ」
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