夏の大三角関係

田古みゆう

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 このところ寝苦しい熱帯夜が続いている。そんな時、私は寝ることを諦めて、夜の散歩へと繰り出す。

 ザザン……ザザン……と、規則正しく聴こえる波音だけが遠くに響いている。それ以外は何も聞こえない。街に響く波音に包まれながら、私は街灯の少ない道をのんびりと上っていく。

 室内に籠った熱気よりも幾分か空気が軽く感じるのは、海風のおかげだろうか。

 小高い丘の頂上に辿り着くと、視界が一気に開ける。

 目の前に広がるのは、幾万もの星が涼しげに輝いている広い空。一際白く輝く月の光を一筋映す、大きな黒い海。そして、その黒とコントラストを成すように天高く咲く、黄色い向日葵たち。

 私はこの景色が好きだ。あと一つ揃っていれば完璧な日になるのだが。

 そのあと一つを確認したくて、丘の端へ歩み寄ろうと一歩を踏み出したとき、静かな空気を破る声がした。

「やぁ。おりちゃん」
白鳥しらとりさん。こんばんは」

 白鳥さんは向日葵畑の端に備え付けられたベンチに座り、両手を少し後ろについてのんびりと空を見上げていた。

「眠れないのかい?」

 空を見上げたまま、優しく問い掛けてくる彼のそばへ歩み寄りながら、私はコクリと頷いた。

「ええ。寝苦しくて。少し夜風に当たろうと思ったんです。それに、もうじきかなとも思ったので」
「ああ。そうか。でも、今日は無理みたいだよ」

 ベンチのそばに立った私に、彼は困ったように眉尻を下げた顔を向けた。

 彼の言葉に、私は、チラリと海の方へ視線を向ける。彼の言う通り、今日は無理なようだ。白く輝く月が出ているのだから、無理もない。

 軽く肩を落として、視線をベンチの端へと移す。

「お隣に座っても?」
「どうぞ」

 白鳥さんはズリっと尻をずらして、ベンチを空けてくれた。

「期待して来たのかい?」
「いえ。今日は、月が明るいですから。そんなには」

 視線を黒い海へまっすぐ投げながら、私はかぶりを振った。

「でも、そろそろかなとは思っています」
「だから、最近は毎日のようにここへ来ているんだね」
「気がついていたのですか?」
「まぁね。これでも、ここの管理をしている立場だからさ」

 海を見たまま、静かに私たちは言葉を交わす。

「織ちゃんがここへ来るようになってから、何年だい?」
「今年で10年になります。こちらへ越して来て、もう5年が経ちました。私ももう、25ですよ。そろそろ迎えに来てほしいです」
「そうか。あの可愛らしかった15歳の女の子も、いつの間にか素敵な女性になったね」
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