146 / 151
番外編 きみに、心ほどかれ(1)
しおりを挟む
ーーあの日のことを、今でもふと思い出す。
これは、数年前まだ俺が中途半端に立ち止まったままだった頃の話だ。
演劇の仕事は嫌いではなかったけれど、すごくやりたいことでもなかった。どちらかと言えば、歌とダンスの方が好きだった。それは、アイドルを目指していた頃から。
……まぁ色々あって、結局その夢は叶わなかった。俺の実力が足りなかったからだと言えばそれまでだが、正直悔しかったし、すごく落ち込んでいた。
だって、そうだろう。同期の蓮と樹と俺の三人でグループデビューをするんだとか言っていたくせに、俺だけそのレールに乗れなかったのだから。
蓮と樹は同じグループでアイドルとしてデビューした。一人残された俺はというと、あいつらと同じ芸能事務所に籍を置きながら、俳優業を細々と続ける、世間にほとんど名も知られていない役者。そんな存在だった。
正直焦っていた。舞台の仕事は細々とはいえある。だけど、俺は一体いつまでこのままなのか。口に出して言わなかったけれど、あの頃の本音はそれだった。
俺だけの、俺のための歌とダンスを思いっきり踊ってみたい。歓声を浴びたい。そんな想いがずっと心の奥底にあった。
俺の夢を軽々と叶えていったあいつらが眩しくて眩しくて。俺はあいつらから目を背けた。
そんな俺の態度に樹は気づいていたと思う。あいつはもともと、馴れ合うタイプではなかったけれど、俺が避けているのを察してか、樹からの連絡は一切なくなった。
それはそれで寂しかったけれど、俺は心のどこかでほっとしていた。樹はただでさえ、歌もダンスも上手い。これ以上差を見せつけられたくなかった。そんな俺は樹とは距離を置くことで、なんとか平静を保っていた。
問題は、蓮だった。根っからの熱血キャラで、暑苦しいあいつ。俺がわざと距離を置いているというのに、それに気がつかないのか、いつも俺に発破をかけてきた。
お前はこんなところで終わる男じゃないだろう? くすぶってる場合じゃないだろ! と。そして、いつも俺にライブのチケットを送ってきていた。自分たちの頑張りを見てほしいと。
正直、俺はうんざりだった。蓮の顔を見たくなくて、何ヶ月も家を空けることになる地方公演の仕事をわざわざ選んだりもした。
それなのに送られてくるライブのチケットは、公演の合間でも来られるようにと、いつも俺が出演中の劇場に近い会場のものだった。
俺は、あいつに仕事の予定を話さなくなっていたというのに。
これは、数年前まだ俺が中途半端に立ち止まったままだった頃の話だ。
演劇の仕事は嫌いではなかったけれど、すごくやりたいことでもなかった。どちらかと言えば、歌とダンスの方が好きだった。それは、アイドルを目指していた頃から。
……まぁ色々あって、結局その夢は叶わなかった。俺の実力が足りなかったからだと言えばそれまでだが、正直悔しかったし、すごく落ち込んでいた。
だって、そうだろう。同期の蓮と樹と俺の三人でグループデビューをするんだとか言っていたくせに、俺だけそのレールに乗れなかったのだから。
蓮と樹は同じグループでアイドルとしてデビューした。一人残された俺はというと、あいつらと同じ芸能事務所に籍を置きながら、俳優業を細々と続ける、世間にほとんど名も知られていない役者。そんな存在だった。
正直焦っていた。舞台の仕事は細々とはいえある。だけど、俺は一体いつまでこのままなのか。口に出して言わなかったけれど、あの頃の本音はそれだった。
俺だけの、俺のための歌とダンスを思いっきり踊ってみたい。歓声を浴びたい。そんな想いがずっと心の奥底にあった。
俺の夢を軽々と叶えていったあいつらが眩しくて眩しくて。俺はあいつらから目を背けた。
そんな俺の態度に樹は気づいていたと思う。あいつはもともと、馴れ合うタイプではなかったけれど、俺が避けているのを察してか、樹からの連絡は一切なくなった。
それはそれで寂しかったけれど、俺は心のどこかでほっとしていた。樹はただでさえ、歌もダンスも上手い。これ以上差を見せつけられたくなかった。そんな俺は樹とは距離を置くことで、なんとか平静を保っていた。
問題は、蓮だった。根っからの熱血キャラで、暑苦しいあいつ。俺がわざと距離を置いているというのに、それに気がつかないのか、いつも俺に発破をかけてきた。
お前はこんなところで終わる男じゃないだろう? くすぶってる場合じゃないだろ! と。そして、いつも俺にライブのチケットを送ってきていた。自分たちの頑張りを見てほしいと。
正直、俺はうんざりだった。蓮の顔を見たくなくて、何ヶ月も家を空けることになる地方公演の仕事をわざわざ選んだりもした。
それなのに送られてくるライブのチケットは、公演の合間でも来られるようにと、いつも俺が出演中の劇場に近い会場のものだった。
俺は、あいつに仕事の予定を話さなくなっていたというのに。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】夕凪のピボット
那月 結音
恋愛
季節は三度目の梅雨。
大学入学を機に日本で暮らし始めた佐伯瑛茉(さえきえま)は、住んでいたマンションの改築工事のため、三ヶ月間の仮住まいを余儀なくされる。
退去先が決まらず、苦慮していた折。
バイト先の店長から、彼の親友である九条光学副社長、九条崇弥(くじょうたかや)の自宅を退去先として提案される。
戸惑いつつも、瑛茉は提案を受け入れることに。
期間限定同居から始まる、女子大生と御曹司の、とある夏のおはなし。
✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎
【登場人物】
・佐伯 瑛茉(さえき えま)
文学部3年生。日本史専攻。日米ハーフ。
22歳。160cm。
・九条 崇弥(くじょう たかや)
株式会社九条光学副社長。
32歳。182cm。
・月尾 悠(つきお はるか)
和モダンカフェ『月見茶房』店主。崇弥の親友。
32歳。180cm。
✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎ ゚・*:.。..。.:*・゜✴︎
※2024年初出
一億円の花嫁
藤谷 郁
恋愛
奈々子は家族の中の落ちこぼれ。
父親がすすめる縁談を断り切れず、望まぬ結婚をすることになった。
もうすぐ自由が無くなる。せめて最後に、思いきり贅沢な時間を過ごそう。
「きっと、素晴らしい旅になる」
ずっと憧れていた高級ホテルに到着し、わくわくする奈々子だが……
幸か不幸か!?
思いもよらぬ、運命の出会いが待っていた。
※エブリスタさまにも掲載
【完結】指先が触れる距離
山田森湖
恋愛
オフィスの隣の席に座る彼女、田中美咲。
必要最低限の会話しか交わさない同僚――そのはずなのに、いつしか彼女の小さな仕草や変化に心を奪われていく。
「おはようございます」の一言、資料を受け渡すときの指先の触れ合い、ふと香るシャンプーの匂い……。
手を伸ばせば届く距離なのに、簡単には踏み込めない関係。
近いようで遠い「隣の席」から始まる、ささやかで切ないオフィスラブストーリー。
ソツのない彼氏とスキのない彼女
吉野 那生
恋愛
特別目立つ訳ではない。
どちらかといえば地味だし、バリキャリという風でもない。
だけど…何故か気になってしまう。
気がつくと、彼女の姿を目で追っている。
***
社内でも知らない者はいないという程、有名な彼。
爽やかな見た目、人懐っこく相手の懐にスルリと入り込む手腕。
そして、華やかな噂。
あまり得意なタイプではない。
どちらかといえば敬遠するタイプなのに…。
俺に抱かれる覚悟をしろ〜俺様御曹司の溺愛
ラヴ KAZU
恋愛
みゆは付き合う度に騙されて男性不信になり
もう絶対に男性の言葉は信じないと決心した。
そんなある日会社の休憩室で一人の男性と出会う
これが桂木廉也との出会いである。
廉也はみゆに信じられない程の愛情を注ぐ。
みゆは一瞬にして廉也と恋に落ちたが同じ過ちを犯してはいけないと廉也と距離を取ろうとする。
以前愛した御曹司龍司との別れ、それは会社役員に結婚を反対された為だった。
二人の恋の行方は……
夜の帝王の一途な愛
ラヴ KAZU
恋愛
彼氏ナシ・子供ナシ・仕事ナシ……、ないない尽くしで人生に焦りを感じているアラフォー女性の前に、ある日突然、白馬の王子様が現れた! ピュアな主人公が待ちに待った〝白馬の王子様"の正体は、若くしてホストクラブを経営するカリスマNO.1ホスト。「俺と一緒に暮らさないか」突然のプロポーズと思いきや、契約結婚の申し出だった。
ところが、イケメンホスト麻生凌はたっぷりの愛情を濯ぐ。
翻弄される結城あゆみ。
そんな凌には誰にも言えない秘密があった。
あゆみの運命は……
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
俺様御曹司に飼われました
馬村 はくあ
恋愛
新入社員の心海が、与えられた社宅に行くと先住民が!?
「俺に飼われてみる?」
自分の家だと言い張る先住民に出された条件は、カノジョになること。
しぶしぶ受け入れてみるけど、俺様だけど優しいそんな彼にいつしか惹かれていって……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる