推しと清く正しい逢瀬(デート)生活 ーこっそり、隣人推しちゃいますー

田古みゆう

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この優しさ、現実ですか?(5)

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 そうだ! まずは自己紹介から始めるべきか? いやでも、自ら素性を知らせる必要はないか……などと思考を巡らせていると、不意に彼が口を開いた。

「ああ、やっぱりここのコーヒーはいいな。落ち着く」

 満足そうにカップをテーブルに戻した彼は、まるで私の存在など忘れてしまったかのようにゆったりと寛いだ顔を見せる。

「あの……」

 仕方がないので意を決して彼に声をかけた。彼はすぐに私の方へと向き直る。そして、人懐っこい笑顔を向けてきた。

「はい」
「……えっと……その」

 いざ声をかけたは良いが、何を話せばよいのか分からない。口ごもっている私に彼は突然慌て出した。

「ああ、すみません。思わず寛いでしまいました。俺、ここのコーヒーが好きなんですよ。帰る前に飲むのが習慣になってて。でも、もしかしてあなたはコーヒー駄目でしたか? それなら申し訳ない事をしました。今からでも場所を移しましょう」

 そう言って彼は店を出ようと腰を浮かす。私は慌てて彼の腕を掴んで引き留めた。

「あのっ! 別にコーヒーは平気ですから!」

 彼は私の言葉にホッとしたような表情を浮かべ、再び席へと腰を下ろした。

「良かった。ここのコーヒーは本当に美味しいですから。是非味わってください」

 そう言って笑う彼の笑顔はあまりにも無邪気で屈託がない。彼のそんな笑顔につられるように、つい私も笑ってしまった。口元が緩んでいることに気がつき、慌てて顔を引き締める。しかし、彼はそんな私の様子を気にする様子もなく、のほほんとした笑顔でコーヒーをすすっていた。このままでは埒が明かない。さっさとこの訳の分からない状況から抜け出さなくては。私は勢いよく机に手をつき、身を乗り出す。

「あのっ!」
「はい?」
「何故ここへ? 私に何か話でも?」
「え? ああ! すみません!」

 ようやく本来の目的を思い出したのか、彼は慌ててコーヒーをテーブルの隅へ追いやる。そして、手を差し出してきた。突然のことに私は首を傾げるしかない。怪訝そうな私を意に介することもなく、彼は相変わらずのほんわかスマイルを私に向ける。

「ハンカチを。それから、あなたの鞄も貸してください」
「な、何でですか?」

 彼の真意が分からず警戒した私は鞄を抱きしめた。そんな私の態度に彼は困ったように微笑んでいる。

「俺では応急処置くらいしかできないですけど、家に帰るまでくらいは何とかなると思うので」
「応急処置?」

 思わず聞き返す。彼はにっこりと笑って頷いた。
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