クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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クロとシロ(8)

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「正直、迷っている」
「迷うっていうのは?」
「このままってわけにはいかないとは思うんだ……ただ、なんとなく今の仕事がしっくりこないというか、なんか、前みたいに仕事にやりがいを感じなくなってるというか……」

 シロ先輩は真剣な表情でそう言った。まさかの回答だった。

「えっ? もしかしてシロ先輩、転職考えてたりしてるんですか?」
「いや。別に、そこまではまだ考えてない。ただ、今のモチベーションで昇進とかは考えられないってだけ」

 慌てる私に向かって、シロ先輩は軽く首をふるとそう付け加えた。そして、また一口ケーキを食べる。

 私としては意外という感想しか出てこない。

 もちろん、今までのシロ先輩はいつも全力で仕事をしていたわけではないし、時には手を抜いていたこともある。それでも、仕事に対して常に真摯に向き合っている印象だった。だからこそ、私はシロ先輩を信頼し、尊敬もしていたのだ。

「じゃあ、シロ先輩は昇進は狙わない方向で考えているんですか?」
「まぁ、そうなるか」
「でも、それだとやっぱり将来的に転職ってことに……?」
「うーん……それはなんとも。うちの会社が嫌ってわけじゃないしなぁ」
「でも、今の仕事にやり甲斐を感じていないんですよね?」
「まあ……そうなんだけど」

 シロ先輩は少し困ったような顔をした。私はそんなシロ先輩を見て、なんだかもやもやとした気持ちになる。シロ先輩は本当にこの会社を辞めるつもりなのだろうか。

 私がじっとシロ先輩を見つめていると、彼は苦笑しながら肩をすくめた。

「おいおい、そんなに睨むなよ。別に今すぐ辞めるわけじゃないんだから」
「そうかもしれないですけど……」

 シロ先輩の言葉を聞いても、私の中で生まれた小さな焦りは消えない。

 シロ先輩が会社を辞めたらどうなるだろう。彼が抜けた穴を埋めることなど、今の私にはとてもできない。

 私は胸の奥に広がっていく不安な感情を押し込めるように、コーヒーカップを手に取った。そして、そのまま一気に中身を飲み干す。

「あの……」

 何を言えばいいのか分からず、言葉が宙ぶらりんのまま消えた。

 ちょうどその時、テーブルに置いてあったシロ先輩の携帯が小さく振動した。シロ先輩は画面を確認すると、モンブランの残りの一欠片をパクリと口に放り込み綺麗に平らげて、グラスに手を伸ばした。

 それから、すっと席を立つ。

「悪い。ちょっとトイレ」
「あっ、はい……」

 一人残された私は、ぼんやりと窓の外を見る。
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