クロとシロと、時々ギン

田古みゆう

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永遠の誓い(7)

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「このジンクス、一説によると体験することによって、脳内になんとかっていう満足感を感じる成分が分泌されて、それが結婚願望を抑えてしまうのだそうですよ。ですから、もしご予定があるのでしたら、早めにお決めになられた方がよろしいかもしれません。せっかくのご縁を台無しにしてはいけませんから」

 三嶋さんは、そう言うとまた笑った。

 私は何も答えられなかった。シロ先輩の顔を見る勇気もなかった。私たちの間で、そんな話が交わされたことなど、全くなかったから。沈黙が続く中、白谷吟が急に明るい声で言った。

「さすがはプロ! やっぱり分かりました?」

 白谷吟がニヤりとシロ先輩を見た。シロ先輩は、呆れたようにため息をつく。それから、自身の髪をクシャリと掻き上げた。困った時にシロ先輩がよく見せる仕草。まぁ、そうだろう。結婚話を突然振られれば、誰だって答えに窮する。私は、俯いたまま黙っているしかなかった。白谷吟がさらに続けた。

「結婚式を挙げるのに人気のシーズンって、やっぱりあるんですか?」

 白谷吟が三嶋さんに向かって訊ねる声を聞きながら、私はぼんやりと思った。

 いつもは周りの空気をきちんと読み取るパーフェクトヒューマンの白谷吟でも、たまには、こうやって思いがけない地雷を踏み抜くこともあるんだな。

 白谷吟の言葉に三嶋さんは笑顔で答えている。三嶋さんはわかっているのだろうか。私たちの間に流れている微妙な雰囲気のことを。

 三嶋さんの言葉を上の空で聞きながら、私はそんなことを考えていた。

「バカ。吟。調子に乗りすぎだ」

 シロ先輩が、白谷吟に肘鉄を食らわす。その声にハッとする。シロ先輩は、少し怒ったような顔をしていた。白谷吟は、シロ先輩に小突かれたところを摩りながら、いたずらっぽい目で私たちを見る。

「だって、史郎がぐずぐずしてるから、つい。ねぇ、三嶋さん」

 白谷吟の言葉に私は目を丸くした。シロ先輩も驚いた様子で白谷吟を見つめている。その言い草は、まるで敢えて空気を読んでいないと言っているようではないか。

 話を振られた三嶋さんは、一瞬きょとんとしたが、すぐにおかしそうな笑いを漏らす。シロ先輩は、苦虫を噛み潰したような声を出す。

「余計なお世話だ」

 三嶋さんが、笑い過ぎて目に涙を浮かべたまま、言った。

「私も少し出過ぎた真似をしてしまいました。ごめんなさいね。でも本当に、挙式を当ホテルで挙げて頂けることを、スタッフ一同心待ちにしておりますよ」
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