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4巻
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俺は屋敷の正門に目を向ける。
さすがにためらっている場合ではないと気付いたのか、衛兵たちが敷地内に進入してきた。今更来たってもう遅いというのに。
屋外の喧騒を背に、俺は暖炉の先にある隠し通路に入る。
レンガ造りの通路には明かりがなく、息苦しかった。頭上でドタバタとうるさいのは、屋敷に踏み込んだ衛兵の足音か。俺が逃げおおせるまでに、彼らはこの隠し通路を見つけられるのやら。
やがて声は聞こえなくなり、通路は平坦となった。敷地外に到達した気がするのだが。まあ、危険もなさそうなのでそのまま歩き続けてみる。
「おっ、出口かな」
数百メートル先に小さな光が見えた。そこから冷たい風が吹き付けてくる。
近付いてみると、やはり外だった。雰囲気からして町外れのスラム街といったところか。
人がいないのを確かめてから外に出る。追手の気配はない。
ガスマスクを外して深呼吸する。人を殺しまくったので、全身が血に染まっていた。どこかで血を落とした方がいいかもしれない。
「いやぁ、それにしても大収穫だったね。素晴らしい」
小躍りしたい気分を抑え、俺は呟く。
たった数時間で多大な利益があった。僅かな疲労の対価としては破格だろう。あとは、トエルたちの待つ宿屋に戻るだけである。戦利品の数々を披露したら、どんな反応を見せてくれるかな。
そう考えて笑っていると、背後に気配が現れた。もう追手が来たのか。少々うんざりしながら振り返る。
そこには、花飾り売りの少女の姿があった。
笑顔になって、俺は問いかける。
「……んー、こんな時間に一人でいたらお母さんが心配するよ。君のお家はどこかな?」
少女は、ぽつりと答える。
「最初からお母さんなんていないし、お家もないんだよ」
「え?」
返ってきたのは奇妙な答え。一体どういう意味だろう。
俺が首を傾げていると、少女は急に笑い出した。口端が裂けんばかりに吊り上がり、壊れた人形のように声が歪んでいく。
「クククッ、アハハハッハハハハハッハッハ!」
少女の異変は止まらない。
身体が不自然に成長し、瞬く間に大人の体格になった。さらに頭部から二本の角が生え、臀部には黒い尻尾が垂れ下がっている。彼女の体内から悪意と魔力がどっと溢れ出してきた。
最後に羽根が広がったところで少女――いや、その女は言う。
「やっぱりあなたを選んでよかったわぁ。おかげで、こんなにも上手く伯爵を殺せたんだもの」
「お前は誰だ?」
俺の問いに対し、女は傲慢そうに答えた。
「あたし? 見ての通り魔族よ」
やけにあっさりとしたカミングアウトだが、俺も大した驚きはない。
それにしても、どうして今までこいつの悪意に気付けなかったのか。殺意や悪意には敏感に反応できる自信があったのに。
俺が心の中で考えたことを読み取ったかのように、女は話し出した。
「魔族の中には特殊な能力を持つ個体がいるの。あたしの場合は、魂レベルで自分を偽れる能力でね。ステータスを確認しても、絶対見抜けないのよ」
答えを聞いて腑に落ちる。魔族という存在は、なかなか厄介な力を有しているらしい。
俺は悔しがりながら、女に尋ねる。
「で、そんな魔族さんが俺に何の用だ」
「用事はすでに果たしたわ。伯爵を始末するという用事をね」
「へぇ……」
要するに、俺を利用したわけか。
なるほど、これは実に不愉快極まりない。さっきまで最高な気分だったのに、いきなり冷水をかけられたような気分である。
女はさらに説明を続ける。
「伯爵の死により、競売会に混乱が起きるはず。それに乗じて、私たちは争いの火種を忍ばせるの。競売会はきっと楽しくなるはずよ」
意図はイマイチ分からないが、良からぬことを企てているようだ。まったく、こいつらは災いしかもたらさないな。
さりげなく懐の銃に手を伸ばしつつ、俺は笑う。
「ペラペラと喋ってくれてありがとう。で、もう終わりでいいのかな?」
「えぇ、終わりよ……あなたを奴隷にしてねっ!」
そう言って女は、カッと目を見開く。
赤い光で覆われ、ほんの一瞬だけ俺の肉体が硬直する。石化攻撃かと思ったが、それっきりで何も起きない。
すぐさまステータスを確かめてみたものの、状態異常もなかった。
赤い目をした女は急に焦り始める。
「ど、どうして魅了が効かないの……?」
なるほど、妙な魔法で俺を操り人形に仕立て上げようとしたらしい。
まあ、耐性スキルのある俺には効果がなかったようだけどね。
狼狽える女を嘲笑いながら、俺は拳銃を引き抜いた。
「ははっ、形勢逆転だな」
そう言って発砲し、女の両膝を破壊。痛みに怯んだ隙を突いて一気に距離を詰める。至近距離になればこちらのものだ。
「こ、この……!」
「だから無駄だって」
魔法を使おうとしてきたので、口に銃を突っ込んで詠唱を妨害してやった。
この期に及んでまだ足掻くとは、愉快を通り越して白けてしまう。
憎々しげに見上げてくる女に、俺は銃の引き金に力を込めた。
「それじゃ、さようなら」
血飛沫が跳ね、女はぐるりと白目を剥く。人間ならこれで終わりだが、相手は魔族だ。念には念を入れておく必要がある。
傍らに落ちていた廃材を手に取り、女の頭部へ振り下ろす。頭蓋が音を立てて弾け、脳漿が飛び散った。か細い手足が何かを求めるように痙攣する。
それでも俺は構わずに、何度も何度も廃材を叩き付けて女の肉体を壊した。
頭部を丹念に磨り潰し、心臓を原形がなくなるまで掻き混ぜる。四肢を引き千切って炭化するまで燃やした。滅茶苦茶に変形した胴体をペースト状になるまで廃材で殴打する。俺を駒として利用した罰だ。徹底的にやらせてもらう。
ようやく腹の虫が収まった頃には、女の痕跡など残っていなかった。あるのは足元に転がる肉の絨毯と骨片のみ。
女の残骸から目を外し、俺は溜め息を吐く。
【称号〈夢魔殺し〉を獲得しました】
人間に化けた魔族を殺したのはこれで二度目だ。帝都でもこんな状況があった。魔族は人間社会にひっそりと潜り込み、厄介な事件を引き起こそうとしているのかもしれない。
競売会は魔族に襲撃されるだろうが、説明するのが面倒なので運営に報告する気はない。
まあ、俺はどんな事態が起きても対処できる自信はある。魔族が現れたら、この前手に入れた勇者の称号の力で殺せば済む話だ。
散らばった諸々をまとめてチート本に収容し、宿に戻った。
4 牛頭の迷宮
翌朝。
窓の向こうから、通りの喧騒が聞こえてくる。
重たい身体を起こし、俺は大きく欠伸を漏らした。
太陽はすでに高く昇っている。どうやら寝過ごしたようだ。昨晩は斧を振り回しまくったから、疲れていたのかもしれない。
やれやれと頭を掻きながら、俺は机の上にメモを見つける。
『アルさんと一緒にギルドに行きます。明日の昼には帰ってきますね』
トエルからの伝言だ。
我がパーティメンバーは、本当に自由行動が多いな。まあ、ギルドでの依頼をこなすのはいいことだろうし、ダラダラと過ごされるよりはいいか。
俺はぐっと伸びをしてから、いつものロングコートを羽織った。就寝前に水拭きしたのに血の臭いが落ちていない気がするけど、まぁいいか。
食事は部屋で食べた。餡かけチャーハンと唐揚げ。引用で出したものだ。
腹が膨れたところで、今日の予定を考える。
「……俺もギルドに行くか」
特に行きたいところもなかったので、無難な結論に行きついた。
武闘大会以降、あまり冒険者らしいことをしていない。せっかく剣と魔法の世界に生きているのだ。たまにはファンタジーな経験もしておきたかった。
武装を整えてから、俺は宿屋を出てギルドに向かう。
改めて通りを歩いてみた感想として、このブリードという町には冒険者が少ない。いや、正確には商人や富裕層の人間が多いというべきか。
チート本に描いた地図を頼りに歩き回り、少し迷ってからギルドに到着した。
すぐさま掲示板を確認してみる。さっそく気になる依頼を見つけた。
それを剥がし、ざっと目を通す。
(ほうほう、ボスクラスの討伐かー。報酬も高めだし面白そうだね)
郊外の地下ダンジョン。その最下層に生息するミノタウロスから角を採取する。安い賃金で楽なクエストをこなすよりも、遥かに刺激的だ。
さっそく受付に依頼用紙を渡す。
職員のお姉さんが、少し怪訝そうに尋ねてきた。
「……お一人での受注ですか?」
「そのつもりですけど、何かまずかったですかね」
職員さんはさりげなく俺を観察し、苦笑気味に答える。
「いえ、特に問題はありません。ただ、難易度の高い迷宮ですので、複数人での挑戦を推奨しますよ」
俺のことを気遣ってくれていたらしい。身の程知らずな冒険者に実力相応な依頼を宛てがうのも、ギルド職員の仕事なのかもしれない。
無論このまま引き下がるはずもなく、俺はへらりと笑って言葉を返す。
「あー、別に大丈夫です。修練の一環ですから」
「そこまで言うなら止めませんが……くれぐれも気を付けてくださいね」
「はーい、ありがとうございますー」
最後まで心配してくれた職員さんに礼を言って、俺はギルドを後にする。
なお、ダンジョンの場所は、依頼用紙で確認してあるので問題ない。
町の正門を抜けて人目がないのを確認してから、チェイルを取り出した。
黒い全身鎧に身を包んだゴーレムの彼が、嬉しそうに辺りを見回している。出番が来るのを待っていたのだろう。
そわそわしているチェイルに、俺は淡々と命令する。
「よし、方角は指示するから、全力で走るように」
「…………」
チェイルは両手を掲げて、ガッツポーズを決めた。
やる気満々だ。
俺はチェイルのがっしりとした肩に飛び乗り、前方を指差す。
チェイルは土煙を上げて爆走した。
これが、俺の考えた新たな移動方法である。
車のように運転する必要はなく、目撃されても「配下のゴーレムを移動手段に使っている」と言えばなんとか通せるだろう。少なくとも、装甲車や攻撃ヘリよりかは、この世界で納得されやすいはず。
「えっと、もうちょっと右かなー」
真昼の草原をチェイルは猛スピードで駆けている。
遭遇する魔物も勝手に殴り殺してくれるので、俺は肩に座っているだけでいい。劣悪すぎる乗り心地さえ無視できれば、非常に素晴らしい搭乗兵器だ。
そうして俺たちは、件のダンジョンに着いた。
チェイルから降りて外観を観察する。
(周りの景色は穏やかなんだけどなぁ……)
草原にぽつりと開いた不気味な大穴。
中を覗くと、ゆるやかな螺旋階段が地下に続いている。松明が設置されているのは、以前に訪れた冒険者によるものか。
チェイルをチート本に戻し、大穴に潜り込む。やはりこういう探検はスリルがあって胸が躍るね。いい暇潰しになりそうだ。
階段が終わると、前方に一本の道が延びていた。
目を凝らすと、そこからさらに複数の道に分かれているのが窺える。
ここは立体迷路のようになっているらしい。
油断すればあっという間に迷ってしまいそうだ。
気を引き締めつつ、俺はチート本から適当な武器を選ぶ。
【〈鬼の金棒〉を引用しました】
今回使うのは全長一メートル越えの金属製の鈍器である。
握りの部分以外には、鋭利な突起が不規則に生えていて強そうだ。敵が出てきたら、これで応戦すれば大丈夫だろう。
念のために、リボルバー式の拳銃も持ち、俺はダンジョンを進んだ。
感知系スキルが警鐘を鳴らしたのは、数分後のことである。
「さっそくお出ましかな」
俺は拳銃の撃鉄に触れ、いつでも撃てるように構える。
曲がり角からのっそりと現れたのは、鼻息の荒い一頭のバッファローだった。
巨躯を支える四肢は発達した筋肉で構成され、頭部の角はまっすぐこちらを向いている。
今にも跳びかからんばかりだった。
そう判断した俺は、撃鉄を起こして射撃した。
弾丸がバッファローの額に弾かれる。
怒り狂ったバッファローは、咆哮を上げて突撃してきた。
「ったく、鉄板でも埋め込んでるのか?」
銃撃が効かないと悟り、俺は悪態混じりに拳銃を捨てる。
そして片手に握った金棒を後ろに引き、腰をしっかりと落とした。
鉛玉が駄目なら、こいつで仕留めてやる。
異世界で得たこの〈神製の体〉なら、それすらも容易だ。
バッファローが俺の間合いに入ったのを見計らい、俺は金棒を突き出す。
「はーい、牛肉ミンチ一丁ッ」
一瞬の硬い手応えもそこそこに、視界が真っ赤に染まった。
金棒の先端がバッファローの顔面にぶち当たり、胴体まで深々とめり込む。潰れた肉が飛び散って通路を汚した。力不足どころか、少々やり過ぎたようだ。
頭部の消失したバッファローを見下ろし、俺は苦笑を漏らす。
雄々しい外見とは裏腹に、あまり強くなかったな。突進しか能がないなら簡単に殺せる。
魔物図鑑で調べてみると、バッファローは「突撃水牛」という名前だった。
集団で生活せず、攻撃方法は先ほどの突撃しかないらしい。未熟な冒険者パーティだと、こいつに陣形を崩されてしまい、防御の薄い後衛が轢き殺されるそうだ。なんとも凄まじいパワーアタッカーである。
肉塊と化した突撃水牛を収容し、俺は移動を再開した。真っ赤な金棒を肩に担ぎ、咄嗟に捨ててしまった拳銃を仕舞う。
それからは、実にスムーズだった。
遭遇するのは突撃水牛ばかりだったので、大した危険はない。
むしろ中途半端に頑丈な奴らなので、存分に遊んでやった。
金棒で叩き潰したり、鉈で首を斬り落としたり、チェーンソーで解体したり、グレネード弾で木端微塵に吹き飛ばしたり。
これがなかなか楽しい。知能が低いから馬鹿みたいに突っ込んできてくれる。おかげで気分は最高だ。
そうして突撃水牛を数十体ほど殺し、最下層らしき場所に辿り着いた。ここにボスがいるのだろう。
俺が両手に持つのは、僅かに変形したメイスと肉片塗れの大振りな戦斧。どちらも改造を施し、耐久性を強引に引き上げてある。魔物図鑑によれば、ミノタウロスは屈強な肉体を有するそうだからね。
入口の大扉を押し開き、俺は室内に身体を滑り込ませた。
周囲を見回した俺は呟く。
「おっと……随分といい趣味の部屋だねー」
一辺が百メートルはありそうな空間。
仄かな光を落とす天井はやけに高く、床には石が敷き詰められていた。それ以外に装飾はなく、どこも剥き出しの岩肌が覗くだけだ。
その大部屋の中央に怪物がいた。
二メートルを越す巨躯。牛のような頭部。暗闇で輝く赤い瞳は、獲物を探す捕食者そのものであった。
足元には原形を失った肉塊が散乱している。俺の前に挑んだ冒険者の末路か。
ミノタウロスだ。
異常に発達した筋肉から熱気を放つそいつは、戦槌を手に俺を凝視する。動けば殺す。無言の圧力が、本能的な危機感を煽るようだった。
しかし、俺は屈しない。これまで味わってきたプレッシャーに比べればちょろいものさ。このミノタウロスには、俺の戦闘訓練を手伝ってもらおうか。
牛頭の魔物は、地響きを立てながら俺を睨みつけた。
両手をだらりと下げたまま、俺は不敵な笑みを浮かべてミノタウロスを見返す。
「殺してやる」
「ブモオオォォォッ!」
奇しくも互いの声が重なり合う。
それが始まりの合図だった。
石畳を砕いてミノタウロスが接近してくる。数十メートルの距離は瞬時に詰められ、横薙ぎに戦槌が振り抜かれた。
空気を揺らすその一撃を避け、俺は素早く跳び上がる。そして反応する間も与えず、メイスをミノタウロスの側頭部に叩き付けた。
甲高い金属音。
無骨な鈍器は、柄の部分からぽっきりと圧し折れる。
血走った目がぎろりと動いた。
「チッ……」
ミノタウロスの鼻面を蹴って退避する。
少し遅れて、ミノタウロスの大きな手が突き出されて空を掴んだ。
一つ間違えれば、握り潰されていたかもしれない。
俺は壊れたメイスを捨て、片手の戦斧に魔力を注ぎ込む。青黒いオーラを纏った刃が、鈍色の輝きを灯した。せめてこちらの武器だけでも最後まで持ってほしい。
ミノタウロスの追撃をやり過ごしつつ、俺は戦斧を振り下ろした。
直撃した太い腕から鮮血が噴出し、ミノタウロスが吠える。
いくら頑丈でも、魔力を纏った斬撃ではダメージを与えられるらしい。
「へっへっへ、今のは痛かっただろおぉっと」
上体を反らすと同時に、眼前を戦槌が通過した。
風圧で前髪が乱れる。
危ない危ない、頭が噴き飛ばされるところだった。
すぐさま反撃して、ミノタウロスの右手首を斬り落とす。さらに繰り出された殴打をいなしつつ、バックステップで一旦離れた。奴の突進速度には目を見張るものがあったものの、細かな動作では俺に分があるようだ。
ミノタウロスは俺に切断された手首を掴むと、切断面にぐりぐりと押し付けた。すると、数秒もしないうちに手首は修復した。何度か確かめるように手を動かすと、平然と戦槌を拾い上げる。
悠然と戦槌を構え直すミノタウロスを見て、俺は肩を竦めた。
「はぁ、粘土細工か何かかな……?」
そんな簡単に修復できるなんて反則じゃないのか。俺も他人のことを言えない肉体だが、これでは地道に殺そうにも骨が折れそうだ。おまけにこちらは、一撃でも食らえば致命傷になりかねない。遠距離から雷撃をぶつけながら、俺はミノタウロスの能力を愚痴る。
それからは、互いの命を削り合う泥沼戦だった。
俺がいくら戦斧で斬り裂いても、ミノタウロスはすぐさま修復してしまう。疲れなど無縁かのように、がむしゃらに戦槌を振り回してくるのだ。
対して俺の方は、手足を叩き潰され、回避すらおぼつかない場面もあった。それでも一部のスキルしか使わなかったのは、ひとえに戦闘訓練のためだ。この程度の魔物は容易に殺せなくてはいけない。帝都での魔族戦のように、手詰まりの窮地に陥るのはご免だった。
両腕を失ったミノタウロスが咆哮する。
「ブモオオオッ」
「はいはい、うるさいね」
斬り落とした両腕は炎で炭化させておいた。両肩の切断面の肉が蠢いているが、再生にはまだ時間がかかるだろう。
俺はミノタウロスの頭上まで跳躍し、戦斧を真上から振り下ろした。魔力を帯びた刃がミノタウロスの頭蓋を叩き割る。奇妙な声を漏らして、巨躯がふらふらと揺れた。
突き刺さった戦斧を掴んだまま、ミノタウロスにさらに体重をかける。
ミノタウロスは仰向けに倒れ込み、土煙を舞い上げた。
「ブッ、ブモォ……」
「遺言はそれだけかい?」
そう言って俺は、ミノタウロスの顔の横に立つ。そして、額から引き抜いた戦斧を再び振るう。斬撃は丸太のような首にめり込んだ。硬い感触は頸椎に触れたためか。頸動脈を切り裂いたようで、赤い血が凄まじい勢いで噴き出す。俺の全身が瞬く間に血で染まっていった。
さすがにためらっている場合ではないと気付いたのか、衛兵たちが敷地内に進入してきた。今更来たってもう遅いというのに。
屋外の喧騒を背に、俺は暖炉の先にある隠し通路に入る。
レンガ造りの通路には明かりがなく、息苦しかった。頭上でドタバタとうるさいのは、屋敷に踏み込んだ衛兵の足音か。俺が逃げおおせるまでに、彼らはこの隠し通路を見つけられるのやら。
やがて声は聞こえなくなり、通路は平坦となった。敷地外に到達した気がするのだが。まあ、危険もなさそうなのでそのまま歩き続けてみる。
「おっ、出口かな」
数百メートル先に小さな光が見えた。そこから冷たい風が吹き付けてくる。
近付いてみると、やはり外だった。雰囲気からして町外れのスラム街といったところか。
人がいないのを確かめてから外に出る。追手の気配はない。
ガスマスクを外して深呼吸する。人を殺しまくったので、全身が血に染まっていた。どこかで血を落とした方がいいかもしれない。
「いやぁ、それにしても大収穫だったね。素晴らしい」
小躍りしたい気分を抑え、俺は呟く。
たった数時間で多大な利益があった。僅かな疲労の対価としては破格だろう。あとは、トエルたちの待つ宿屋に戻るだけである。戦利品の数々を披露したら、どんな反応を見せてくれるかな。
そう考えて笑っていると、背後に気配が現れた。もう追手が来たのか。少々うんざりしながら振り返る。
そこには、花飾り売りの少女の姿があった。
笑顔になって、俺は問いかける。
「……んー、こんな時間に一人でいたらお母さんが心配するよ。君のお家はどこかな?」
少女は、ぽつりと答える。
「最初からお母さんなんていないし、お家もないんだよ」
「え?」
返ってきたのは奇妙な答え。一体どういう意味だろう。
俺が首を傾げていると、少女は急に笑い出した。口端が裂けんばかりに吊り上がり、壊れた人形のように声が歪んでいく。
「クククッ、アハハハッハハハハハッハッハ!」
少女の異変は止まらない。
身体が不自然に成長し、瞬く間に大人の体格になった。さらに頭部から二本の角が生え、臀部には黒い尻尾が垂れ下がっている。彼女の体内から悪意と魔力がどっと溢れ出してきた。
最後に羽根が広がったところで少女――いや、その女は言う。
「やっぱりあなたを選んでよかったわぁ。おかげで、こんなにも上手く伯爵を殺せたんだもの」
「お前は誰だ?」
俺の問いに対し、女は傲慢そうに答えた。
「あたし? 見ての通り魔族よ」
やけにあっさりとしたカミングアウトだが、俺も大した驚きはない。
それにしても、どうして今までこいつの悪意に気付けなかったのか。殺意や悪意には敏感に反応できる自信があったのに。
俺が心の中で考えたことを読み取ったかのように、女は話し出した。
「魔族の中には特殊な能力を持つ個体がいるの。あたしの場合は、魂レベルで自分を偽れる能力でね。ステータスを確認しても、絶対見抜けないのよ」
答えを聞いて腑に落ちる。魔族という存在は、なかなか厄介な力を有しているらしい。
俺は悔しがりながら、女に尋ねる。
「で、そんな魔族さんが俺に何の用だ」
「用事はすでに果たしたわ。伯爵を始末するという用事をね」
「へぇ……」
要するに、俺を利用したわけか。
なるほど、これは実に不愉快極まりない。さっきまで最高な気分だったのに、いきなり冷水をかけられたような気分である。
女はさらに説明を続ける。
「伯爵の死により、競売会に混乱が起きるはず。それに乗じて、私たちは争いの火種を忍ばせるの。競売会はきっと楽しくなるはずよ」
意図はイマイチ分からないが、良からぬことを企てているようだ。まったく、こいつらは災いしかもたらさないな。
さりげなく懐の銃に手を伸ばしつつ、俺は笑う。
「ペラペラと喋ってくれてありがとう。で、もう終わりでいいのかな?」
「えぇ、終わりよ……あなたを奴隷にしてねっ!」
そう言って女は、カッと目を見開く。
赤い光で覆われ、ほんの一瞬だけ俺の肉体が硬直する。石化攻撃かと思ったが、それっきりで何も起きない。
すぐさまステータスを確かめてみたものの、状態異常もなかった。
赤い目をした女は急に焦り始める。
「ど、どうして魅了が効かないの……?」
なるほど、妙な魔法で俺を操り人形に仕立て上げようとしたらしい。
まあ、耐性スキルのある俺には効果がなかったようだけどね。
狼狽える女を嘲笑いながら、俺は拳銃を引き抜いた。
「ははっ、形勢逆転だな」
そう言って発砲し、女の両膝を破壊。痛みに怯んだ隙を突いて一気に距離を詰める。至近距離になればこちらのものだ。
「こ、この……!」
「だから無駄だって」
魔法を使おうとしてきたので、口に銃を突っ込んで詠唱を妨害してやった。
この期に及んでまだ足掻くとは、愉快を通り越して白けてしまう。
憎々しげに見上げてくる女に、俺は銃の引き金に力を込めた。
「それじゃ、さようなら」
血飛沫が跳ね、女はぐるりと白目を剥く。人間ならこれで終わりだが、相手は魔族だ。念には念を入れておく必要がある。
傍らに落ちていた廃材を手に取り、女の頭部へ振り下ろす。頭蓋が音を立てて弾け、脳漿が飛び散った。か細い手足が何かを求めるように痙攣する。
それでも俺は構わずに、何度も何度も廃材を叩き付けて女の肉体を壊した。
頭部を丹念に磨り潰し、心臓を原形がなくなるまで掻き混ぜる。四肢を引き千切って炭化するまで燃やした。滅茶苦茶に変形した胴体をペースト状になるまで廃材で殴打する。俺を駒として利用した罰だ。徹底的にやらせてもらう。
ようやく腹の虫が収まった頃には、女の痕跡など残っていなかった。あるのは足元に転がる肉の絨毯と骨片のみ。
女の残骸から目を外し、俺は溜め息を吐く。
【称号〈夢魔殺し〉を獲得しました】
人間に化けた魔族を殺したのはこれで二度目だ。帝都でもこんな状況があった。魔族は人間社会にひっそりと潜り込み、厄介な事件を引き起こそうとしているのかもしれない。
競売会は魔族に襲撃されるだろうが、説明するのが面倒なので運営に報告する気はない。
まあ、俺はどんな事態が起きても対処できる自信はある。魔族が現れたら、この前手に入れた勇者の称号の力で殺せば済む話だ。
散らばった諸々をまとめてチート本に収容し、宿に戻った。
4 牛頭の迷宮
翌朝。
窓の向こうから、通りの喧騒が聞こえてくる。
重たい身体を起こし、俺は大きく欠伸を漏らした。
太陽はすでに高く昇っている。どうやら寝過ごしたようだ。昨晩は斧を振り回しまくったから、疲れていたのかもしれない。
やれやれと頭を掻きながら、俺は机の上にメモを見つける。
『アルさんと一緒にギルドに行きます。明日の昼には帰ってきますね』
トエルからの伝言だ。
我がパーティメンバーは、本当に自由行動が多いな。まあ、ギルドでの依頼をこなすのはいいことだろうし、ダラダラと過ごされるよりはいいか。
俺はぐっと伸びをしてから、いつものロングコートを羽織った。就寝前に水拭きしたのに血の臭いが落ちていない気がするけど、まぁいいか。
食事は部屋で食べた。餡かけチャーハンと唐揚げ。引用で出したものだ。
腹が膨れたところで、今日の予定を考える。
「……俺もギルドに行くか」
特に行きたいところもなかったので、無難な結論に行きついた。
武闘大会以降、あまり冒険者らしいことをしていない。せっかく剣と魔法の世界に生きているのだ。たまにはファンタジーな経験もしておきたかった。
武装を整えてから、俺は宿屋を出てギルドに向かう。
改めて通りを歩いてみた感想として、このブリードという町には冒険者が少ない。いや、正確には商人や富裕層の人間が多いというべきか。
チート本に描いた地図を頼りに歩き回り、少し迷ってからギルドに到着した。
すぐさま掲示板を確認してみる。さっそく気になる依頼を見つけた。
それを剥がし、ざっと目を通す。
(ほうほう、ボスクラスの討伐かー。報酬も高めだし面白そうだね)
郊外の地下ダンジョン。その最下層に生息するミノタウロスから角を採取する。安い賃金で楽なクエストをこなすよりも、遥かに刺激的だ。
さっそく受付に依頼用紙を渡す。
職員のお姉さんが、少し怪訝そうに尋ねてきた。
「……お一人での受注ですか?」
「そのつもりですけど、何かまずかったですかね」
職員さんはさりげなく俺を観察し、苦笑気味に答える。
「いえ、特に問題はありません。ただ、難易度の高い迷宮ですので、複数人での挑戦を推奨しますよ」
俺のことを気遣ってくれていたらしい。身の程知らずな冒険者に実力相応な依頼を宛てがうのも、ギルド職員の仕事なのかもしれない。
無論このまま引き下がるはずもなく、俺はへらりと笑って言葉を返す。
「あー、別に大丈夫です。修練の一環ですから」
「そこまで言うなら止めませんが……くれぐれも気を付けてくださいね」
「はーい、ありがとうございますー」
最後まで心配してくれた職員さんに礼を言って、俺はギルドを後にする。
なお、ダンジョンの場所は、依頼用紙で確認してあるので問題ない。
町の正門を抜けて人目がないのを確認してから、チェイルを取り出した。
黒い全身鎧に身を包んだゴーレムの彼が、嬉しそうに辺りを見回している。出番が来るのを待っていたのだろう。
そわそわしているチェイルに、俺は淡々と命令する。
「よし、方角は指示するから、全力で走るように」
「…………」
チェイルは両手を掲げて、ガッツポーズを決めた。
やる気満々だ。
俺はチェイルのがっしりとした肩に飛び乗り、前方を指差す。
チェイルは土煙を上げて爆走した。
これが、俺の考えた新たな移動方法である。
車のように運転する必要はなく、目撃されても「配下のゴーレムを移動手段に使っている」と言えばなんとか通せるだろう。少なくとも、装甲車や攻撃ヘリよりかは、この世界で納得されやすいはず。
「えっと、もうちょっと右かなー」
真昼の草原をチェイルは猛スピードで駆けている。
遭遇する魔物も勝手に殴り殺してくれるので、俺は肩に座っているだけでいい。劣悪すぎる乗り心地さえ無視できれば、非常に素晴らしい搭乗兵器だ。
そうして俺たちは、件のダンジョンに着いた。
チェイルから降りて外観を観察する。
(周りの景色は穏やかなんだけどなぁ……)
草原にぽつりと開いた不気味な大穴。
中を覗くと、ゆるやかな螺旋階段が地下に続いている。松明が設置されているのは、以前に訪れた冒険者によるものか。
チェイルをチート本に戻し、大穴に潜り込む。やはりこういう探検はスリルがあって胸が躍るね。いい暇潰しになりそうだ。
階段が終わると、前方に一本の道が延びていた。
目を凝らすと、そこからさらに複数の道に分かれているのが窺える。
ここは立体迷路のようになっているらしい。
油断すればあっという間に迷ってしまいそうだ。
気を引き締めつつ、俺はチート本から適当な武器を選ぶ。
【〈鬼の金棒〉を引用しました】
今回使うのは全長一メートル越えの金属製の鈍器である。
握りの部分以外には、鋭利な突起が不規則に生えていて強そうだ。敵が出てきたら、これで応戦すれば大丈夫だろう。
念のために、リボルバー式の拳銃も持ち、俺はダンジョンを進んだ。
感知系スキルが警鐘を鳴らしたのは、数分後のことである。
「さっそくお出ましかな」
俺は拳銃の撃鉄に触れ、いつでも撃てるように構える。
曲がり角からのっそりと現れたのは、鼻息の荒い一頭のバッファローだった。
巨躯を支える四肢は発達した筋肉で構成され、頭部の角はまっすぐこちらを向いている。
今にも跳びかからんばかりだった。
そう判断した俺は、撃鉄を起こして射撃した。
弾丸がバッファローの額に弾かれる。
怒り狂ったバッファローは、咆哮を上げて突撃してきた。
「ったく、鉄板でも埋め込んでるのか?」
銃撃が効かないと悟り、俺は悪態混じりに拳銃を捨てる。
そして片手に握った金棒を後ろに引き、腰をしっかりと落とした。
鉛玉が駄目なら、こいつで仕留めてやる。
異世界で得たこの〈神製の体〉なら、それすらも容易だ。
バッファローが俺の間合いに入ったのを見計らい、俺は金棒を突き出す。
「はーい、牛肉ミンチ一丁ッ」
一瞬の硬い手応えもそこそこに、視界が真っ赤に染まった。
金棒の先端がバッファローの顔面にぶち当たり、胴体まで深々とめり込む。潰れた肉が飛び散って通路を汚した。力不足どころか、少々やり過ぎたようだ。
頭部の消失したバッファローを見下ろし、俺は苦笑を漏らす。
雄々しい外見とは裏腹に、あまり強くなかったな。突進しか能がないなら簡単に殺せる。
魔物図鑑で調べてみると、バッファローは「突撃水牛」という名前だった。
集団で生活せず、攻撃方法は先ほどの突撃しかないらしい。未熟な冒険者パーティだと、こいつに陣形を崩されてしまい、防御の薄い後衛が轢き殺されるそうだ。なんとも凄まじいパワーアタッカーである。
肉塊と化した突撃水牛を収容し、俺は移動を再開した。真っ赤な金棒を肩に担ぎ、咄嗟に捨ててしまった拳銃を仕舞う。
それからは、実にスムーズだった。
遭遇するのは突撃水牛ばかりだったので、大した危険はない。
むしろ中途半端に頑丈な奴らなので、存分に遊んでやった。
金棒で叩き潰したり、鉈で首を斬り落としたり、チェーンソーで解体したり、グレネード弾で木端微塵に吹き飛ばしたり。
これがなかなか楽しい。知能が低いから馬鹿みたいに突っ込んできてくれる。おかげで気分は最高だ。
そうして突撃水牛を数十体ほど殺し、最下層らしき場所に辿り着いた。ここにボスがいるのだろう。
俺が両手に持つのは、僅かに変形したメイスと肉片塗れの大振りな戦斧。どちらも改造を施し、耐久性を強引に引き上げてある。魔物図鑑によれば、ミノタウロスは屈強な肉体を有するそうだからね。
入口の大扉を押し開き、俺は室内に身体を滑り込ませた。
周囲を見回した俺は呟く。
「おっと……随分といい趣味の部屋だねー」
一辺が百メートルはありそうな空間。
仄かな光を落とす天井はやけに高く、床には石が敷き詰められていた。それ以外に装飾はなく、どこも剥き出しの岩肌が覗くだけだ。
その大部屋の中央に怪物がいた。
二メートルを越す巨躯。牛のような頭部。暗闇で輝く赤い瞳は、獲物を探す捕食者そのものであった。
足元には原形を失った肉塊が散乱している。俺の前に挑んだ冒険者の末路か。
ミノタウロスだ。
異常に発達した筋肉から熱気を放つそいつは、戦槌を手に俺を凝視する。動けば殺す。無言の圧力が、本能的な危機感を煽るようだった。
しかし、俺は屈しない。これまで味わってきたプレッシャーに比べればちょろいものさ。このミノタウロスには、俺の戦闘訓練を手伝ってもらおうか。
牛頭の魔物は、地響きを立てながら俺を睨みつけた。
両手をだらりと下げたまま、俺は不敵な笑みを浮かべてミノタウロスを見返す。
「殺してやる」
「ブモオオォォォッ!」
奇しくも互いの声が重なり合う。
それが始まりの合図だった。
石畳を砕いてミノタウロスが接近してくる。数十メートルの距離は瞬時に詰められ、横薙ぎに戦槌が振り抜かれた。
空気を揺らすその一撃を避け、俺は素早く跳び上がる。そして反応する間も与えず、メイスをミノタウロスの側頭部に叩き付けた。
甲高い金属音。
無骨な鈍器は、柄の部分からぽっきりと圧し折れる。
血走った目がぎろりと動いた。
「チッ……」
ミノタウロスの鼻面を蹴って退避する。
少し遅れて、ミノタウロスの大きな手が突き出されて空を掴んだ。
一つ間違えれば、握り潰されていたかもしれない。
俺は壊れたメイスを捨て、片手の戦斧に魔力を注ぎ込む。青黒いオーラを纏った刃が、鈍色の輝きを灯した。せめてこちらの武器だけでも最後まで持ってほしい。
ミノタウロスの追撃をやり過ごしつつ、俺は戦斧を振り下ろした。
直撃した太い腕から鮮血が噴出し、ミノタウロスが吠える。
いくら頑丈でも、魔力を纏った斬撃ではダメージを与えられるらしい。
「へっへっへ、今のは痛かっただろおぉっと」
上体を反らすと同時に、眼前を戦槌が通過した。
風圧で前髪が乱れる。
危ない危ない、頭が噴き飛ばされるところだった。
すぐさま反撃して、ミノタウロスの右手首を斬り落とす。さらに繰り出された殴打をいなしつつ、バックステップで一旦離れた。奴の突進速度には目を見張るものがあったものの、細かな動作では俺に分があるようだ。
ミノタウロスは俺に切断された手首を掴むと、切断面にぐりぐりと押し付けた。すると、数秒もしないうちに手首は修復した。何度か確かめるように手を動かすと、平然と戦槌を拾い上げる。
悠然と戦槌を構え直すミノタウロスを見て、俺は肩を竦めた。
「はぁ、粘土細工か何かかな……?」
そんな簡単に修復できるなんて反則じゃないのか。俺も他人のことを言えない肉体だが、これでは地道に殺そうにも骨が折れそうだ。おまけにこちらは、一撃でも食らえば致命傷になりかねない。遠距離から雷撃をぶつけながら、俺はミノタウロスの能力を愚痴る。
それからは、互いの命を削り合う泥沼戦だった。
俺がいくら戦斧で斬り裂いても、ミノタウロスはすぐさま修復してしまう。疲れなど無縁かのように、がむしゃらに戦槌を振り回してくるのだ。
対して俺の方は、手足を叩き潰され、回避すらおぼつかない場面もあった。それでも一部のスキルしか使わなかったのは、ひとえに戦闘訓練のためだ。この程度の魔物は容易に殺せなくてはいけない。帝都での魔族戦のように、手詰まりの窮地に陥るのはご免だった。
両腕を失ったミノタウロスが咆哮する。
「ブモオオオッ」
「はいはい、うるさいね」
斬り落とした両腕は炎で炭化させておいた。両肩の切断面の肉が蠢いているが、再生にはまだ時間がかかるだろう。
俺はミノタウロスの頭上まで跳躍し、戦斧を真上から振り下ろした。魔力を帯びた刃がミノタウロスの頭蓋を叩き割る。奇妙な声を漏らして、巨躯がふらふらと揺れた。
突き刺さった戦斧を掴んだまま、ミノタウロスにさらに体重をかける。
ミノタウロスは仰向けに倒れ込み、土煙を舞い上げた。
「ブッ、ブモォ……」
「遺言はそれだけかい?」
そう言って俺は、ミノタウロスの顔の横に立つ。そして、額から引き抜いた戦斧を再び振るう。斬撃は丸太のような首にめり込んだ。硬い感触は頸椎に触れたためか。頸動脈を切り裂いたようで、赤い血が凄まじい勢いで噴き出す。俺の全身が瞬く間に血で染まっていった。
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