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4巻

4-3

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 俺は屋敷の正門に目を向ける。
 さすがにためらっている場合ではないと気付いたのか、衛兵たちが敷地内に進入してきた。今更来たってもう遅いというのに。
 屋外の喧騒けんそうを背に、俺は暖炉の先にある隠し通路に入る。
 レンガ造りの通路には明かりがなく、息苦しかった。頭上でドタバタとうるさいのは、屋敷に踏み込んだ衛兵の足音か。俺が逃げおおせるまでに、彼らはこの隠し通路を見つけられるのやら。
 やがて声は聞こえなくなり、通路は平坦となった。敷地外に到達した気がするのだが。まあ、危険もなさそうなのでそのまま歩き続けてみる。

「おっ、出口かな」

 数百メートル先に小さな光が見えた。そこから冷たい風が吹き付けてくる。
 近付いてみると、やはり外だった。雰囲気からして町外れのスラム街といったところか。
 人がいないのを確かめてから外に出る。追手の気配はない。
 ガスマスクを外して深呼吸する。人を殺しまくったので、全身が血に染まっていた。どこかで血を落とした方がいいかもしれない。

「いやぁ、それにしても大収穫だったね。素晴らしい」

 小躍りしたい気分を抑え、俺は呟く。
 たった数時間で多大な利益があった。わずかな疲労の対価としては破格だろう。あとは、トエルたちの待つ宿屋に戻るだけである。戦利品の数々を披露したら、どんな反応を見せてくれるかな。
 そう考えて笑っていると、背後に気配が現れた。もう追手が来たのか。少々うんざりしながら振り返る。
 そこには、花飾り売りの少女の姿があった。
 笑顔になって、俺は問いかける。

「……んー、こんな時間に一人でいたらお母さんが心配するよ。君のおうちはどこかな?」

 少女は、ぽつりと答える。

「最初からお母さんなんていないし、おうちもないんだよ」
「え?」

 返ってきたのは奇妙な答え。一体どういう意味だろう。
 俺が首を傾げていると、少女は急に笑い出した。口端が裂けんばかりに吊り上がり、壊れた人形のように声が歪んでいく。

「クククッ、アハハハッハハハハハッハッハ!」

 少女の異変は止まらない。
 身体が不自然に成長し、瞬く間に大人の体格になった。さらに頭部から二本のつのえ、臀部でんぶには黒い尻尾しっぽが垂れ下がっている。彼女の体内から悪意と魔力がどっと溢れ出してきた。
 最後に羽根が広がったところで少女――いや、その女は言う。

「やっぱりあなたを選んでよかったわぁ。おかげで、こんなにも上手く伯爵を殺せたんだもの」
「お前は誰だ?」

 俺の問いに対し、女は傲慢ごうまんそうに答えた。

「あたし? 見ての通り魔族よ」

 やけにあっさりとしたカミングアウトだが、俺も大した驚きはない。
 それにしても、どうして今までこいつの悪意に気付けなかったのか。殺意や悪意には敏感に反応できる自信があったのに。
 俺が心の中で考えたことを読み取ったかのように、女は話し出した。

「魔族の中には特殊な能力を持つ個体がいるの。あたしの場合は、魂レベルで自分をいつわれる能力でね。ステータスを確認しても、絶対見抜けないのよ」

 答えを聞いてに落ちる。魔族という存在は、なかなか厄介な力を有しているらしい。
 俺は悔しがりながら、女に尋ねる。

「で、そんな魔族さんが俺に何の用だ」
「用事はすでに果たしたわ。伯爵を始末するという用事をね」
「へぇ……」

 要するに、俺を利用したわけか。
 なるほど、これは実に不愉快極まりない。さっきまで最高な気分だったのに、いきなり冷水ひやみずをかけられたような気分である。
 女はさらに説明を続ける。

「伯爵の死により、競売会に混乱が起きるはず。それに乗じて、私たちは争いの火種ひだねを忍ばせるの。競売会はきっと楽しくなるはずよ」

 意図はイマイチ分からないが、良からぬことを企てているようだ。まったく、こいつらはわざわいしかもたらさないな。
 さりげなく懐の銃に手を伸ばしつつ、俺は笑う。

「ペラペラと喋ってくれてありがとう。で、もう終わりでいいのかな?」
「えぇ、終わりよ……あなたを奴隷どれいにしてねっ!」

 そう言って女は、カッと目を見開く。
 赤い光で覆われ、ほんの一瞬だけ俺の肉体が硬直する。石化攻撃かと思ったが、それっきりで何も起きない。
 すぐさまステータスを確かめてみたものの、状態異常もなかった。
 赤い目をした女は急に焦り始める。

「ど、どうして魅了が効かないの……?」

 なるほど、妙な魔法で俺を操り人形に仕立て上げようとしたらしい。
 まあ、耐性スキルのある俺には効果がなかったようだけどね。
 狼狽うろたえる女を嘲笑あざわらいながら、俺は拳銃を引き抜いた。

「ははっ、形勢逆転だな」

 そう言って発砲し、女の両膝を破壊。痛みにひるんだ隙を突いて一気に距離を詰める。至近距離になればこちらのものだ。

「こ、この……!」
「だから無駄だって」

 魔法を使おうとしてきたので、口に銃を突っ込んで詠唱を妨害してやった。
 このに及んでまだ足掻くとは、愉快を通り越して白けてしまう。
 憎々にくにくしげに見上げてくる女に、俺は銃の引き金に力を込めた。

「それじゃ、さようなら」

 飛沫しぶきが跳ね、女はぐるりと白目を剥く。人間ならこれで終わりだが、相手は魔族だ。念には念を入れておく必要がある。
 傍らに落ちていた廃材を手に取り、女の頭部へ振り下ろす。頭蓋が音を立てて弾け、脳漿のうしょうが飛び散った。か細い手足が何かを求めるように痙攣けいれんする。
 それでも俺は構わずに、何度も何度も廃材を叩き付けて女の肉体を壊した。
 頭部を丹念にり潰し、心臓を原形がなくなるまで掻き混ぜる。四肢を引き千切って炭化するまで燃やした。滅茶苦茶に変形した胴体をペースト状になるまで廃材で殴打する。俺を駒として利用した罰だ。徹底的にやらせてもらう。
 ようやく腹の虫が収まった頃には、女の痕跡など残っていなかった。あるのは足元に転がる肉の絨毯と骨片のみ。
 女の残骸から目を外し、俺は溜め息を吐く。


【称号〈夢魔むま殺し〉を獲得しました】


 人間に化けた魔族を殺したのはこれで二度目だ。帝都でもこんな状況があった。魔族は人間社会にひっそりと潜り込み、厄介な事件を引き起こそうとしているのかもしれない。
 競売会は魔族に襲撃されるだろうが、説明するのが面倒なので運営に報告する気はない。
 まあ、俺はどんな事態が起きても対処できる自信はある。魔族が現れたら、この前手に入れた勇者の称号の力で殺せば済む話だ。
 散らばった諸々をまとめてチート本に収容し、宿に戻った。




 4 牛頭ごずの迷宮


 翌朝。
 窓の向こうから、通りの喧騒が聞こえてくる。
 重たい身体を起こし、俺は大きく欠伸あくびを漏らした。
 太陽はすでに高く昇っている。どうやら寝過ごしたようだ。昨晩は斧を振り回しまくったから、疲れていたのかもしれない。
 やれやれと頭を掻きながら、俺は机の上にメモを見つける。


『アルさんと一緒にギルドに行きます。明日の昼には帰ってきますね』

 トエルからの伝言だ。
 我がパーティメンバーは、本当に自由行動が多いな。まあ、ギルドでの依頼をこなすのはいいことだろうし、ダラダラと過ごされるよりはいいか。
 俺はぐっと伸びをしてから、いつものロングコートを羽織はおった。就寝前に水拭きしたのに血の臭いが落ちていない気がするけど、まぁいいか。
 食事は部屋で食べた。あんかけチャーハンと唐揚げ。引用で出したものだ。
 腹が膨れたところで、今日の予定を考える。

「……俺もギルドに行くか」

 特に行きたいところもなかったので、無難な結論に行きついた。
 武闘大会以降、あまり冒険者らしいことをしていない。せっかく剣と魔法の世界に生きているのだ。たまにはファンタジーな経験もしておきたかった。
 武装を整えてから、俺は宿屋を出てギルドに向かう。
 改めて通りを歩いてみた感想として、このブリードという町には冒険者が少ない。いや、正確には商人や富裕層の人間が多いというべきか。
 チート本に描いた地図を頼りに歩き回り、少し迷ってからギルドに到着した。
 すぐさま掲示板を確認してみる。さっそく気になる依頼を見つけた。
 それを剥がし、ざっと目を通す。

(ほうほう、ボスクラスの討伐かー。報酬も高めだし面白そうだね)

 郊外の地下ダンジョン。その最下層に生息するミノタウロスから角を採取する。安い賃金で楽なクエストをこなすよりも、遥かに刺激的だ。
 さっそく受付に依頼用紙を渡す。
 職員のお姉さんが、少し怪訝けげんそうに尋ねてきた。

「……お一人での受注ですか?」
「そのつもりですけど、何かまずかったですかね」

 職員さんはさりげなく俺を観察し、苦笑気味に答える。

「いえ、特に問題はありません。ただ、難易度の高い迷宮ですので、複数人での挑戦を推奨すいしょうしますよ」

 俺のことを気遣ってくれていたらしい。身の程知らずな冒険者に実力相応な依頼をてがうのも、ギルド職員の仕事なのかもしれない。
 無論このまま引き下がるはずもなく、俺はへらりと笑って言葉を返す。

「あー、別に大丈夫です。修練の一環ですから」
「そこまで言うなら止めませんが……くれぐれも気を付けてくださいね」
「はーい、ありがとうございますー」

 最後まで心配してくれた職員さんに礼を言って、俺はギルドを後にする。
 なお、ダンジョンの場所は、依頼用紙で確認してあるので問題ない。
 町の正門を抜けて人目がないのを確認してから、チェイルを取り出した。
 黒い全身鎧ぜんしんよろいに身を包んだゴーレムの彼が、嬉しそうに辺りを見回している。出番が来るのを待っていたのだろう。
 そわそわしているチェイルに、俺は淡々と命令する。

「よし、方角は指示するから、全力で走るように」
「…………」

 チェイルは両手を掲げて、ガッツポーズを決めた。
 やる気満々だ。
 俺はチェイルのがっしりとした肩に飛び乗り、前方を指差す。
 チェイルは土煙を上げて爆走した。
 これが、俺の考えた新たな移動方法である。
 車のように運転する必要はなく、目撃されても「配下はいかのゴーレムを移動手段に使っている」と言えばなんとか通せるだろう。少なくとも、装甲車や攻撃ヘリよりかは、この世界で納得されやすいはず。

「えっと、もうちょっと右かなー」

 真昼の草原をチェイルは猛スピードで駆けている。
 遭遇する魔物も勝手に殴り殺してくれるので、俺は肩に座っているだけでいい。劣悪すぎる乗り心地さえ無視できれば、非常に素晴らしい搭乗兵器だ。
 そうして俺たちは、くだんのダンジョンに着いた。
 チェイルから降りて外観を観察する。

(周りの景色は穏やかなんだけどなぁ……)

 草原にぽつりと開いた不気味な大穴。
 中を覗くと、ゆるやかな螺旋らせん階段が地下に続いている。松明たいまつが設置されているのは、以前に訪れた冒険者によるものか。
 チェイルをチート本に戻し、大穴に潜り込む。やはりこういう探検はスリルがあって胸がおどるね。いい暇潰しになりそうだ。
 階段が終わると、前方に一本の道が延びていた。
 目をらすと、そこからさらに複数の道に分かれているのがうかがえる。
 ここは立体迷路のようになっているらしい。
 油断すればあっという間に迷ってしまいそうだ。
 気を引き締めつつ、俺はチート本から適当な武器を選ぶ。


【〈鬼の金棒かなぼう〉を引用しました】


 今回使うのは全長一メートル越えの金属製の鈍器である。
 握りの部分以外には、鋭利な突起が不規則に生えていて強そうだ。敵が出てきたら、これで応戦すれば大丈夫だろう。
 念のために、リボルバー式の拳銃も持ち、俺はダンジョンを進んだ。
 感知系スキルが警鐘を鳴らしたのは、数分後のことである。

「さっそくお出ましかな」

 俺は拳銃の撃鉄げきてつに触れ、いつでも撃てるように構える。
 曲がり角からのっそりと現れたのは、鼻息の荒い一頭のバッファローだった。
 巨躯きょくを支える四肢は発達した筋肉で構成され、頭部の角はまっすぐこちらを向いている。
 今にも跳びかからんばかりだった。
 そう判断した俺は、撃鉄を起こして射撃した。
 弾丸がバッファローの額に弾かれる。
 怒り狂ったバッファローは、咆哮ほうこうを上げて突撃してきた。

「ったく、鉄板でも埋め込んでるのか?」

 銃撃が効かないと悟り、俺は悪態あくたい混じりに拳銃を捨てる。
 そして片手に握った金棒を後ろに引き、腰をしっかりと落とした。
 鉛玉なまりだまが駄目なら、こいつで仕留めてやる。
 異世界で得たこの〈神製の体〉なら、それすらも容易だ。
 バッファローが俺の間合いに入ったのを見計らい、俺は金棒を突き出す。

「はーい、牛肉ミンチ一丁ッ」

 一瞬の硬い手応えもそこそこに、視界が真っ赤に染まった。
 金棒の先端がバッファローの顔面にぶち当たり、胴体まで深々とめり込む。潰れた肉が飛び散って通路を汚した。力不足どころか、少々やり過ぎたようだ。
 頭部の消失したバッファローを見下ろし、俺は苦笑を漏らす。
 雄々おおしい外見とは裏腹に、あまり強くなかったな。突進しか能がないなら簡単に殺せる。
 魔物図鑑で調べてみると、バッファローは「突撃水牛」という名前だった。
 集団で生活せず、攻撃方法は先ほどの突撃しかないらしい。未熟な冒険者パーティだと、こいつに陣形を崩されてしまい、防御の薄い後衛がき殺されるそうだ。なんとも凄まじいパワーアタッカーである。
 肉塊と化した突撃水牛を収容し、俺は移動を再開した。真っ赤な金棒を肩に担ぎ、咄嗟とっさに捨ててしまった拳銃を仕舞う。
 それからは、実にスムーズだった。
 遭遇するのは突撃水牛ばかりだったので、大した危険はない。
 むしろ中途半端に頑丈な奴らなので、存分に遊んでやった。
 金棒で叩き潰したり、なたで首を斬り落としたり、チェーンソーで解体したり、グレネード弾で木端微塵こっぱみじんに吹き飛ばしたり。
 これがなかなか楽しい。知能が低いから馬鹿みたいに突っ込んできてくれる。おかげで気分は最高だ。
 そうして突撃水牛を数十体ほど殺し、最下層らしき場所に辿り着いた。ここにボスがいるのだろう。
 俺が両手に持つのは、僅かに変形したメイスと肉片まみれの大振りな戦斧せんぷ。どちらも改造を施し、耐久性を強引に引き上げてある。魔物図鑑によれば、ミノタウロスは屈強な肉体を有するそうだからね。
 入口の大扉を押し開き、俺は室内に身体を滑り込ませた。
 周囲を見回した俺は呟く。

「おっと……随分といい趣味の部屋だねー」

 一辺が百メートルはありそうな空間。
 ほのかな光を落とす天井はやけに高く、床には石が敷き詰められていた。それ以外に装飾はなく、どこも剥き出しの岩肌が覗くだけだ。
 その大部屋の中央に怪物がいた。
 二メートルを越す巨躯。牛のような頭部。暗闇で輝く赤い瞳は、獲物を探す捕食者そのものであった。
 足元には原形を失った肉塊が散乱している。俺の前に挑んだ冒険者の末路か。
 ミノタウロスだ。
 異常に発達した筋肉から熱気を放つそいつは、戦槌せんついを手に俺を凝視する。動けば殺す。無言の圧力が、本能的な危機感をあおるようだった。
 しかし、俺はくっしない。これまで味わってきたプレッシャーに比べればちょろいものさ。このミノタウロスには、俺の戦闘訓練を手伝ってもらおうか。
 牛頭の魔物は、地響きを立てながら俺を睨みつけた。
 両手をだらりと下げたまま、俺は不敵な笑みを浮かべてミノタウロスを見返す。

「殺してやる」
「ブモオオォォォッ!」

 しくも互いの声が重なり合う。
 それが始まりの合図だった。
 石畳を砕いてミノタウロスが接近してくる。数十メートルの距離は瞬時に詰められ、横薙ぎに戦槌が振り抜かれた。
 空気を揺らすその一撃を避け、俺は素早く跳び上がる。そして反応する間も与えず、メイスをミノタウロスの側頭部に叩き付けた。
 甲高い金属音。
 無骨ぶこつな鈍器は、柄の部分からぽっきりとし折れる。
 血走った目がぎろりと動いた。

「チッ……」

 ミノタウロスの鼻面を蹴って退避する。
 少し遅れて、ミノタウロスの大きな手が突き出されて空を掴んだ。
 一つ間違えれば、握り潰されていたかもしれない。
 俺は壊れたメイスを捨て、片手の戦斧に魔力を注ぎ込む。青黒いオーラをまとった刃が、鈍色にびいろの輝きを灯した。せめてこちらの武器だけでも最後まで持ってほしい。
 ミノタウロスの追撃をやり過ごしつつ、俺は戦斧を振り下ろした。
 直撃した太い腕から鮮血が噴出し、ミノタウロスが吠える。
 いくら頑丈でも、魔力を纏った斬撃ではダメージを与えられるらしい。

「へっへっへ、今のは痛かっただろおぉっと」

 上体を反らすと同時に、眼前を戦槌が通過した。
 風圧で前髪が乱れる。
 危ない危ない、頭が噴き飛ばされるところだった。
 すぐさま反撃して、ミノタウロスの右手首を斬り落とす。さらに繰り出された殴打をいなしつつ、バックステップで一旦離れた。奴の突進速度には目を見張るものがあったものの、細かな動作では俺にがあるようだ。
 ミノタウロスは俺に切断された手首を掴むと、切断面にぐりぐりと押し付けた。すると、数秒もしないうちに手首は修復した。何度か確かめるように手を動かすと、平然と戦槌を拾い上げる。
 悠然ゆうぜんと戦槌を構え直すミノタウロスを見て、俺は肩を竦めた。

「はぁ、粘土細工か何かかな……?」

 そんな簡単に修復できるなんて反則じゃないのか。俺も他人のことを言えない肉体だが、これでは地道に殺そうにも骨が折れそうだ。おまけにこちらは、一撃でも食らえば致命傷になりかねない。遠距離から雷撃をぶつけながら、俺はミノタウロスの能力を愚痴る。
 それからは、互いの命を削り合う泥沼どろぬませんだった。
 俺がいくら戦斧で斬り裂いても、ミノタウロスはすぐさま修復してしまう。疲れなど無縁かのように、がむしゃらに戦槌を振り回してくるのだ。
 対して俺の方は、手足を叩き潰され、回避すらおぼつかない場面もあった。それでも一部のスキルしか使わなかったのは、ひとえに戦闘訓練のためだ。この程度の魔物は容易に殺せなくてはいけない。帝都での魔族戦のように、手詰まりの窮地きゅうちに陥るのはご免だった。
 両腕を失ったミノタウロスが咆哮する。

「ブモオオオッ」
「はいはい、うるさいね」

 斬り落とした両腕は炎で炭化させておいた。両肩の切断面の肉がうごめいているが、再生にはまだ時間がかかるだろう。
 俺はミノタウロスの頭上まで跳躍し、戦斧を真上から振り下ろした。魔力を帯びた刃がミノタウロスの頭蓋を叩き割る。奇妙な声を漏らして、巨躯がふらふらと揺れた。
 突き刺さった戦斧を掴んだまま、ミノタウロスにさらに体重をかける。
 ミノタウロスは仰向けに倒れ込み、土煙を舞い上げた。

「ブッ、ブモォ……」
「遺言はそれだけかい?」

 そう言って俺は、ミノタウロスの顔の横に立つ。そして、額から引き抜いた戦斧を再び振るう。斬撃は丸太のような首にめり込んだ。硬い感触は頸椎けいついに触れたためか。頸動脈を切り裂いたようで、赤い血が凄まじい勢いで噴き出す。俺の全身が瞬く間に血で染まっていった。


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