それでも人は恋に落ちる。〜【恋愛未満系短編集】

ねぎ(ポン酢)

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季節・イベント【冬】

僕らのチョコレート戦争〜ラブコメver.

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刻々とあの日が近づいてくる。

某製菓メーカーによって作られた、悪しき習慣。
特にまだ精神的に成熟しきっていない若い人々の心の隙間に入り込み、購買意欲を掻き立てる呪いの日。
その日の為に、主に女性は出費を強いられ、また手作りの強迫観念に付きまとわれ、世の中から無言の圧力を受ける。
自分に向けられた視線に、それを求められているのではないかと気が休まらない日々を過ごさねばならなくなる。
そして主に男性は、その日に自分は何か手にできるであろうかと不安に苛まれる。
全く何も手にできなかった時の自分の存在を否定されたような絶望感。
母親からのみ渡されたそれに感謝と共に抱く虚無感。
逆に何か手にした時も恐ろしい…。
1ヶ月後に「お返し」と言う未知のゾーンに入らなければならないのだ。
1ヶ月だ。
猶予として1ヶ月もの時間が与えられてしまうのだ。
次の日にお礼を言って何か渡せばいいと言うものではない。
1ヶ月……。
下手な相手に下手なものを「お返し」する事ほど恐ろしい事はない。
1ヶ月もあったのに、コレだよ?!等と噂やSNSに上げられたら終わりだ。

まだ、金の有り余る大人ならいい。
だがこの悪しき習慣は、金のない若い世代に物凄い影響力を持つ。
精神的にも基盤がしっかりしていない若い世代は、この重圧に毎年、有無を言わさず晒されるのだ。

元は製菓メーカーの営業戦略なのだ。
なのに何故、我々は毎年、無抵抗にそれに耐えねばならないのか?!


立ち上がれ!!
若い世代よ!!

無抵抗はやめて、その悪しき習慣に立ち向かうのだ!!


「2/14に自由を!!」


それをスローガンに立ち上がった若者達がいた。
彼らはまだ、社会的に何の力もない。
経済力もない。
だが、何もしなければこのまま今年の2/14も悪しき習慣に埋め尽くされていまう。
たとえ小さくても、反旗を翻さなければならない。

そこで彼らは考えた。
その日、決して「チョコレート」に関わらない事を……。

あげず、もらわず、買わず、食べない。

たった一日の事だ。
失敗する訳がない。

その小さな抵抗が、まさかあんな大事になるとはメンバーの誰一人としてその日が来るまで考えもしていなかった……。




『僕らのチョコレート戦争』





「うわあぁぁぁぁ!!」

昼飯を食べようと奥田が包みを解くと、そこにそれはあった。
油断した。
思わぬ伏兵に悲鳴をあげる。

「どったのぉ?奥田ぁ??この世の終わりみたいな声出してぇ~??」

近くで飯島と狭山とダベっていたチャラ系女子の中川がのらりくらりと近づいてくる。
前の席の小笠原も振り返った。

「うわっ!!お前、母ちゃんに伝えてなかったのかよ?!」

「言ったって!!うわあぁぁぁぁ!!俺!半日、これをカバンに入れてたのかよ?!」

「ふふっ。多分、奥田のお母さん、強がり言ってるんだと思って気を利かせてくれたんだね~。」

中川の後から飯田と狭山もついてきて苦笑いする。
どうすればいいんだ?!これ?!
俺は弁当が食いたかっただけなのに!!
こんな予想打にしない爆弾はやめろよ!母ちゃん!!
固まる俺の頭を、誰かがバシッと叩いた。

「奥田ぁ~!!何、チョコレート持ってきてんだぁ?!あぁんっ?!」

ちょっとヤンキー風味の和泉が俺にのしかかりながら因縁つけてくる。
俺のせいじゃないだろう?!これは?!
俺の前には弁当箱……の上に置いてある、小さなラッピングされた包み。
しかもスーパーかコンビニで買い物ついでに買ったのか、箱は透明で中のチョコレートが丸見えの代物だった。
俺に寄りかかりながらそれを確認し、和泉が顔を顰める。

「俺らの誓いを忘れたんか?!テメェ?!」

そう、俺ら6人。
某製菓メーカーに仕組まれたバレンタインデーと言うイベントに歯向かう為に、男子、奥田・小笠原・和泉、女子、中川・飯田・狭山は、「2/14、バレンタインデーに抵抗を試み、1日、チョコレートに関わらない」と言う誓いを立てた。

確かにそれを言われるとこの状況はアウトだ。
だが、小突いてきた和泉に俺は意義を申し立てる。

「これは不可抗力だろ?!そんな事言ったら!!和泉なんかロッカーとか色んなとこにチョコ置かれてんじゃんかよ?!」

「でも俺、触ってねぇもん。」

そう言った和泉は何故か上履きではなく来賓用のスリッパを勝手に履いている。
朝来て下駄箱にそれらしき物体を認め、上履きをそのまま放置したらしい。
授業も机もロッカーも触れないもんだから、教科書なんかはいちいち人に借りに行っている。
ヤンキー風味の割に、結構真面目なのだ、和泉は。
そして何故、悪っぽい奴はいつの時代も軽くモテるのか……。

「どうすんだ?奥田?これ??」

前の席の小笠原は冷静だ。
そこにちょっと堅物そうな女子、狭山が事件現場でも鑑識するようにジロジロと机の上を見てくる。

「……入ってたいのは、奥田君も知らなかった事で仕方ないと思います……。和泉君もロッカーとかにある物に気づいて触らなかった訳ですから、撤去すればセーフとみなして良いかと私は思います。どうです?」

「まぁ……知らなかったのは奥田が悪りぃ訳じゃねぇし……。いいんじゃね?!」

真面目な狭山の意見に和泉はちょっと分が悪そうにそう言った。
そりゃな?!和泉は触ってないだけでチョコレートもらってるのバレてるし。

「て言うか、どうやって撤去するの??触ったらアウトなんでしょ??」

ボーイッシュな飯田がそう言った。
だよね?!触らないでどうやって退かせばいいの?!これ?!
弁当抜きとか勘弁してくれよ?!
眉を八の字にして困る俺に、小笠原が深くため息をついた。

「ちょっと待ってろ。」

そう言うと前を向き、そして振り返った。
その手には小笠原の物と思われる箸が握られていた。

「なるほど。箸で持ち上げて撤去すれば触らないですね。」

感心したように狭山が言った。
そして小笠原は俺に箸を突きつけてくる。

「え?!取ってくれるんじゃないのかよ?!」

「なんで俺がお前の為に危険を侵さなきゃならないんだよ??もし取り落として自分に当たったらアウトじゃんか。」

しれっとそう言う。
そうだよな、小笠原だもんな……。
手立ては考えてくれても、自らに危険が及ぶような事はしない。
仕方なく箸を受け取り、俺は慎重にリボンの結び目の部分に箸を引っ掛けて持ち上げた。

「……それ、持ち上げた後、どうすんだよ??お前??」

とりあえず弁当から離れた事で安心してしまった俺に、和泉が不思議そうに聞いてきた。
しまった!と思う。
駄目と伝えたのに入れてきた母ちゃんが悪いとはいえ、流石にこのままゴミ箱に投げ込む訳にはいかない。

「あ!うわ?!どうしよう?!」

「待って?!ウチ、いいものあるし!!」

慌てふためく俺に、それまで面白がって状況を見守っていた中川が一緒に慌てながら席に戻ると飛んで帰ってきた。
その手には小さめのエコバッグがあった。

「貸し一つ!!」

「うわ?!サンキュー?!」

「待って?!こっち近づけんなし!!」

「なら!広げてそこ置いて!!」

「おけ!!」

まるで危険物でも取り扱うかのように大騒ぎしながら、中川のエコバッグに小さなチョコレートの包みを何とか入れる事に成功した。

「やったぁ~!!」

「ありがとう!中川!!」

「いいってことよぉ~!!」

やり遂げて盛り上がる俺と中川を、他の連中は普段通りに見つめている。
なんか冷たいよなぁ、こいつら。
それに比べて中川は良い奴だ。
袋持ってきてくれたし、手伝ってくれたし。
チャラ系女子だけど、実は共働きの両親に変わって兄弟の面倒を見たり家事を手伝ったりしている良い奴なんだよ、中川は。

「で??その袋はどうすんだ??」

そんな俺達に和泉は怪訝そうに声をかけてきた。
さっきまで達成感に盛り上がっていた俺と中川は、その言葉にハッとして固まったのだった…。




中川の袋を借りたまま、俺はそれをロッカーに投げ込んだ。
ああ、やっと弁当が食べられる…。
何気に半日の間で「2/14にチョコレートに関わらずに過ごす事が難しい」と言う事を実感する。

「お~い、和泉~?!2組の澤田が呼んでるぜ~。」

俺がやっとこさ弁当の蓋を開けると、入り口の方からそんな声がかかる。
皆、何となく察して、茶化す声が上がった。
俺はちらりと和泉を見上げる。
奴は心なし頬を赤らめていた。

皆がそれとなく視線を合わせる。

これまでは勝手にロッカーやらに突っ込んである系だったが、午後に入り、本気モードの女子達に火がつき始めた。
直接手渡しという大胆な手法に変わってきたのだ。
これはいよいよ逃げ場がない。

「澤田か~……澤田かよ……。」

和泉は困ったように額を押さえた。
まぁ、去年、一緒のクラスで仲良かったもんな。
ハキハキした感じの可愛い子だ。
和泉としても無難に流したかった相手なのだろう。
とは言え、直接渡しに来る勇気に対して、のらりくらりとするのも格好がつかない。
どうするんだろうと様子を伺っていると、和泉は意を決した様にドア口に声をかけた。

「俺はお菓子メーカーの企みには乗らない!チョコなら悪いが受け取れないって伝えてくれ!!」

悩んだ末の和泉の英断に、おおっというざわめきが起こる。
クラスの皆が、面白い事が起き出したと興味心身だ。

和泉はフンッと強がっているが、心中は穏やかではないだろう。
何しろこれがギャルゲーだったなら、澤田ルートはここで閉じてしまう可能性が高いのだから。

ところがである。

「和泉~、チョコじゃないってさ~。」

その言葉に俺達はギョッとした。
6人全員が「何ですと?!」とドアの方を振り返った。
そして顔を見合わせる。

そうだ、盲点だった。

バレンタインは製菓メーカーの戦略から始まっている。
それに抵抗する為に俺達は「2/14はチョコレートに関わらない」という取り決めをしたのだ。
だが、確かにきっかけは製菓メーカーの戦略だったかもしれないが、贈り物はチョコに限らないのだ。
確かに学生のうちはチョコぐらいが精一杯だったりする。
だが、本気モードとなれば、それなりの物を用意する奴だって出てくるのだ。

「か、菓子類は……。」

「食いもんじゃないってよ!!」

和泉、絶句。
そしてちらりと狭山を見た。

「どうすんのぉ~?和泉ぃ~?!」

「うっせ!中川は黙ってろよ!!」

「でも…盲点ですね…。この計画は製菓メーカーの目論見に踊らされないための物であって、私達の決まりはチョコに関わらないですからね……。菓子類、もとい食べ物ですらないのでしたら……。決まりに反する訳ではないと言えます……。」

淡々と堅物の狭山が状況を分析する。
それに密かに和泉はため息をついていた。

「でも、製菓メーカーの戦略がきっかけでこの日に主に女子から男子になんかやるんだろ?!それが学生の懐事情に響くってのが問題なんだから、食いもんでなくても駄目じゃね??」

そこに小笠原の分析が入る。
まぁ確かにそういう事なんだよな。
しかしそこに女子が噛み付く。

「あーね?!でも女子がそれなりの物用意して、直接、頑張って来た訳じゃん!!」

「そうだよね……。この日にってありったけの勇気を振り絞った訳だし……。」

「それそれぇ~!ウチらの主張はウチらのだけどさぁ~。勇気振り絞った女の子か邪険にされたら、ちょっとぴえん~。」

いや、それ言われちゃったら、この誓約は全く意味がなくなるんだけど?!
俺はどぎまぎしながら弁当を掻き込んだ。
さっきのチョコの件といい、なんかもう、味もわからない。

「とりあえず、あまり待たせるのは申し訳ないですし、ひとまず会ってきたらどうでしょう?私達の誓約としてはチョコに関わらなければ一応筋は通りますので。」

サクッと狭山にまとめられ、和泉は若干、肩を落として廊下に向かった。
その通りなんだけどさぁ…和泉の心中を思うとちょっと胸が痛かった。

そもそもだ。
こんな馬鹿な事をクソ真面目にやっているこのメンバー。
そのうちの数人には別の理由がある事を俺は気づいていた。
その一人が和泉だったりする。
案の定、和泉は澤田から何も受け取らずに帰ってきた。
流石に凹んだらしく、その後はイヤホンを耳に突っ込んで机に突っ伏してしまった。
その様子に俺達は顔を見合わせ、やるせないため息をついた。

「和泉君…あんなに落ち込むなら受け取ってよかったのに……。」

「いや、あんたがそれ言っちゃ駄目だからね?!狭山?!」

「何故ですか??」

不思議がる狭山を中川と飯田がやんわりと諭して受け流す。
どうやら和泉の事は俺以外の奴も勘付いている様だった。
むしろ狭山以外はわかってそうだ。
狭山以外は。(ここがポイント)

とりあえず和泉の件は、俺達も無事何事もなく帰れるよう協力する事で話がついた。
モテるってのも大変なんだなぁと遠い目をする。
ちょうど最後の授業は体育なので、和泉には教室に戻らずそのまま更衣室で待機してもらって、鞄を届けて裏口から帰ってもらう事にした。
スリッパだし、ちょうどいいよなって事で。








「……えっ?!」

「おまたせしました!和泉君!!」

和泉が更衣室前で帰る為に鞄を待っていると、何故か狭山がそれを持って現れた。
思わぬ展開に気持ちが追いつかず、和泉はわたわたしてしまった。

「和泉君??」

「あ~、いや、ワリィ……。てっきり奥田か小笠原が来ると思ってたから……。」

そう言って鞄を受け取り、ボリボリと頭を掻いた。
でないと恥ずかしくて叫びそうだった。

「奥田君と小笠原君が和泉君の鞄を持ってると、待ち合わせているのがバレてつけられるからって言ってました。」

「なるほど??」

「スリッパはその辺に置いておいてください。後で中川さんが片付けてくれるそうです。」

丁寧に靴まで持ってきてくれた狭山にモゴモゴとお礼を言うと、靴自体は飯田が取って来てくれたのだと言われた。
何だ??この連携……。
まさか……バレてるのか?!
いや、まさかな……。
俺みたいなのか真面目な狭山にとか……思わねぇよな?!

「……なんか、ワリィ。皆に迷惑かけて……。」

「いいんですよ!さ、行きましょう!!」

そう促され、和泉は目を白黒させた。

「え?!」

「和泉君を無事に送り届けるよう!皆からミッションを受けました!!非力ながら頑張ってお守りしますね!!」

そう言って笑う狭山はおそらく単にクソ真面目なだけだ。
皆に頼まれた=任務を遂行する、と言うだけだ。
だが和泉の心中はもうパニックだ。
まさかこんな形で狭山と一緒に帰る日が突然訪れるとは思わなかったのだ。
しかもそれが2/14だなんて、あの馬鹿な誓約をふざけてした日には思いもしなかった。

和泉がこの誓約に積極的だったのは、その日、バレンタインの話をしていた中川と飯田の話を聞いていて、「自分も誰かにあげてみようかな」と狭山が呟いたからだ。
狭山は真面目な堅物で、今時珍しいタイプだ。
だから友チョコでないバレンタインなどやってみようってタイプではなかったから完全に気を抜いていた。
しかもそれを聞いた中川と飯田が、イイね!と言って持ち上げ、協力的だったのだ。
聞き耳を立てていれば本命と言うような本命はいないようだが、軽く憧れていて感謝を伝えたい相手はいるらしい。
和泉は焦った。
このままでは馬鹿真面目な狭山は二人のアドバイス通りに誰かにチョコをあげてしまう。
そう思った時、数日前に小笠原が「バレンタインは製菓メーカーの販売戦略だ」とウンチクを話していたのを思い出したのだ。
で、なんか盛り上がったしノリと勢いでその場にいた6人で誓約を決めた。

まさかそのせいで2/14がこんな大変な1日になるとは思わなかったのだ。
何より、狭山と一緒に帰るキッカケになるなんて思わなかった。

(あ~、どうしようどうしようどうしようどうしようどうしよう……。何話せばいいんだ?!これ?!)

和泉は緊張のあまり無言になり、そのヤンキー風味の外観とも相まって、めちゃくちゃ機嫌の悪い人の様になっていた。

「……すみません。和泉君。私と一緒なんて、恥ずかしいですよね……。」

「ひゃっ?!……え?…え?!……ち、違う!!別に怒ってねぇし!!嫌じゃねぇし!!」

しどろもどろになる和泉に、狭山は少し眉を下げて笑った。

「お気遣いありがとうございます。和泉君て、やっぱり真面目だし、優しいですよね。私なんかにも気を使ってくれて。そりゃモテますよ。」

「ふぁい?!」

真面目?!優しい?!俺が?!
狭山の口から出た言葉に、和泉は間の抜けた声を出した。
そう言ったちょこんと小さめな狭山をまじまじと見つめる。

「え?だって、和泉君、成績悪くないでしょ?歴史とか常に私よりテストの順位上ですし。努力されてるんだなって思ってました。」

「それは…その……。」

「それに…和泉君は覚えてないと思うんですけど、新入生オリエンテーションの時、自分の班の集合場所がわからなくなって困っていた私に声をかけてくれたじゃないですか。班が違うのにそこまで案内してくれて……。」

そういえばそんな事があった。
その時から狭山はちっこくて真面目で、すいませんすいませんって言ってた。
そんな小さな事を覚えていてもらっているとは思わず和泉は赤くなった。
しかしそこは天邪鬼。
フンッと悪態をつく様に不貞腐れる。

「……そんなのたまたま気が向いただけだし、覚えてねぇし……。……でも、狭山だって野毛ゴリラが俺の事バカだの何だの悪く言ってた時、俺は馬鹿じゃないって言ってくれたじゃんかよ……。」

あの場でまさか真面目な堅物の狭山が俺を擁護するとは思わなかったらしく、野毛 (教師)は反応できずに狼狽えていた。
皆が、特に教師が自分の見た目で判断して色々言ってきたりするのには慣れていたが、教師に同調しそうな真面目な狭山がそうでなかった事にとても驚いたし、何より嬉しかったのだ。

「え??だってそれは本当の事じゃないですか??提出物も基本いつも出してくれますし??」

「だから、その……。」

きょとんとした顔の狭山に、和泉はただただ赤くなる。
素なのだ、狭山は。
自分に好意があって色眼鏡で見て擁護してくれたんじゃない。
素でそう思ったからそのまま言っただけなのだ。
それが何より和泉には嬉しかった。
そしてそんな狭山を目で追うようになり、真面目ゆえの不器用さを可愛いと思うようになったのだ。
そんな和泉を狭山は眩しそうに見つめる。

「和泉君を送ってあげてって言われた時、どうして私なのか聞いたんです。そしたら一番一緒にいるイメージがないからって言われて……。そりゃそうだよなって、私も思っちゃいました。」

「……アイツらそんな事言ったのかよ?!」

「でも事実ですし。私もオリエンテーション以降、和泉君と関わる事なんてないんだろうなぁって思ってました。……ちゃんとお礼を言えてないのに……。」

「お礼って、そんな大した事でもねぇじゃん?!昔の事だし。」

そう言った和泉を狭山は見上げ、困ったように笑った。

「このバレンタインまでの間、皆と…和泉君とも秘密が共有できて、たまにお話したりできて嬉しかったし、とても楽しかったです。」

「お、おう……。」

「だから大変だった和泉君には悪いけど、今日が終わってしまうのが少し寂しいです。」

狭山に別れの挨拶のようにそう言われ、和泉はびっくりして狭山の顔をまじまじと見つめた。
和泉としては、これをキッカケに仲良くなれると期待していたからだ。
なのに狭山の方はそう思っていない。
これは期間限定の仲良しだったのだと思いこんでいる。

……ここで言わなきゃ、勇気持って来てくれたのに断った澤田に顔向けできねぇ…っ!!

和泉は覚悟を決めた。
準備なんて何もできていなかったけれど、今言わなかったら、一生後悔すると思った。

「あ、あのな!!狭山……っ!!」

「あ!!和泉先輩!見つかった!!良かった~!!」

「和泉!!探したんだからね!!」

和泉が意を決したと同時に、二人の女子生徒に見つかった。
なんでこのタイミングなんだよと心の中で悪態をつく。
狭山も駆け寄ってくる二人に気づいた。

「和泉君!逃げてください!!」

「は?!狭山は?!」

「できるだけ足止めします!!頑張ります!!」

「頑張るって……。」

そのちっこいなりと若干鈍くさい動きで、ガチ恋中の女子を止められるとマジで思ってんのか?!コイツ?!
恋する乙女は、バーゲンセールのオバチャン並に戦闘力が高いんだからな?!ナメんなよ?!
和泉はそう思うと、さっと狭山の手を掴み走り出した。

「え??え?!和泉君?!」

「ワリィけどちょっと付き合って!!俺、絶対に今日、狭山に言わないとなんない事があるんだよ!!」

頭にたくさんの疑問符を浮かべている狭山の手を握り、和泉は走った。
走りながらだんだん笑ってしまった。







「おぉ~!!最後の最後に根性見せたよぉ~!!和泉ぃ~!!行けぇ~!!」

校舎の窓から二人が無事に裏門を出るのを見届けようと待ち構えていた奥田と中川はその様子を見守った。
しかし懸念もある。

「うっわ、置いてったの、噂好きの里蔵じゃね?!ヤバくないか?!」

明日にはある事ない事言われてそうだ。
クソ真面目な堅物の狭山が太刀打ちできる相手でない事は目に見えてる。

「そこはウチらに任せてぇ~?!」

いつの間にか中川はスマホでポチポチ凄い速さで何か打っている。
こう言うのは女子同士で納めてもらう方が良いだろうと奥田は作業が終わるのを待っていた。

「……うっし!これで多分、大丈夫!!しばらく絡まれるかもしれないけど、その辺は和泉とウチらでフォローすれば問題ないっしょ!!」

にこにこと屈託なく笑う中川を、奥田はちょっと眩しそうに見つめる。
そんな奥田に気づかないのか、中川は窓にだらんと寄り掛かった。

「でもいいなぁ~、狭山~。ウチも青春したい~!!」

「……それって、相手は俺でもいい訳??」

「へっ?!」

それとなく奥田が言うと、中川はびっくりしたように固まった。
そのままじわじわと顔が真っ赤になる。

「へ?!へ?!……それ、ウチに言ってる?!」

「他に誰がいるんだよ……。」

「へっ?!で、でも……ウチ、頭悪いよ?!」

「俺も別に頭よくないし。嫌なら別に……。」

「嫌じゃないよ?!でも、ウチ?!」

「……中川のチャラい様で、凄く気遣いできる所とか、今みたいに友達の為に一生懸命になれる所とか、友達の事を自分の事みたいに素直に喜べるとことか……いいなってずっと思ってた。友達のままでも別に良いんだけど……、中川が誰かと付き合ってたらヤダなって、今、思った。それって、友達じゃ嫌なんだって事だと思ったんだよ。俺。」

「……奥田ぁ~。」

奥田は恥ずかしくて中川を直視できなかった。
ずっと明後日の方を見て話していた。
だがスンスンという声を聞いていて、ギョッとしてしまう。

「え?!何泣いて?!そんなに嫌だった?!」

「逆だよ!馬鹿ぁ~っ!!」

中川はそう言うと、ガバッと奥田に抱きついた。
奥田はそうなるとは思っておらず、そのまま硬直してしまった。
しかしどぎまぎしながら、そっとその背に腕を回した。












ピロン、と音がして飯田はスマホを見た。
中川から写真とメッセージが送られてきて、くすっと笑う。

「何だって??」

「上手くいったみたい。ただ里蔵に見つかって二人で裏門から走って逃げたみたいだから、ちょっと変な噂が出るかも……。」

「あ~、面倒なのに見つかったなぁ……。」

正門近くのコンビニで、二人が出てきたら追手をガードしようと待っていた小笠原と飯田はホッと息を吐き出した後、少し顔を顰めた。

「あ、でも中川、グループラインの方にも軽く情報流してる。まだ確定してないからあんまり広がって欲しくないけど、先手は打ったって感じかな?」

「なるほどな。」

女子の情報網の事は詳しくはわからないが、中川の対応に飯田は満足しているようなので大丈夫だろう。
製菓メーカーの戦略に反抗して始まった事が、まさか和泉と狭山の青春を見守る羽目になるとは思わなかった。
はぁ……と二人はため息をついた。

「なんか、どっと疲れたね……。」

「カフェラテでも飲むか?」

「そうだね~。」

イートインスペースがあったので、そこに荷物を置いてレジ前に移動する。
するとじっと飯田が中華まんの棚を眺めていた。

「……小腹空かない??」

「空いたと言えば空いたな。」

「これなら奢ってあげる。」

そう言って指差したモノを小笠原は確認し、驚いて飯田の顔を見つめた。
飯田は素知らぬフリをしている。
でもそのボーイッシュな横顔は軽く赤みを帯びていた。
それを見て、小笠原はもう一度中華まんの棚を見た。
それはバレンタイン限定商品だった。

「……俺の記憶が正しければ、ショコラってチョコだよな??」

「そうね。」

「まぁ、もういいか、面倒くさいしな。」

「そうね。」

「ならお言葉に甘えて奢ってもらうわ。」

「わかった。」

先に小笠原がカフェラテを買って、その後、飯田がココアとショコラまんを2つ買った。
飯田が買っている間に、何故かまた小笠原がレジに並んでいた。

「どうしたの?何買ったの?」

椅子に座り尋ねると、小笠原は飯田の前にコトリと小さな小瓶を置いた。

「!!」

「ラッピング無しなのはおあいこって事で。」

「……えっ?!」

驚いて真っ赤になる飯田を他所に、小笠原は奢ってもらったショコラまんを齧る。
今日一日、絶対に食べてはいけなかったはずのそれはやけに美味しく感じた。

「え?!なんで……?!」

「前に中川達と雑誌見てて、欲しがってただろ??違ったっけ??」

まだ固まっている飯田に小笠原は何でもない事のように言った。
飯田の前に置かれたのはマニキュアの小瓶。
ちょっと大人びた、ビターなピンクベージュ。

「ありがとう……でも…私…部活があるから爪も短いし…可愛いマニキュアなんか塗っても……。」

「あ、そっか。リムーバも必要か。」

「違う違う!!そういう意味じゃなくて……。」

そこまで言って飯田は俯いてしまった。
スポーツをしているから他の女子より背が高い。
髪も短くてボーイッシュだ。
でもそこが可愛いと小笠原は思った。
こんな風に可愛いものに憧れたりする所とか、とても可愛いと思う。
でも本人は、ボーイッシュな自分が可愛いものに憧れたりつけたりするのは恥ずかし事だと思っている様だった。

「……飯田は可愛いよ。可愛いと思ったからそれにしたんだし。似合うと思ったからそれにしたんだし。」

「……ウソ。」

「飯田、俺は嘘とか似非科学とか、フェイクニュースとか、そういった物は大嫌いだ。」

「知ってる。ウンチク大好きだもんね。」

「ウンチクって言うけど、事実しか言ってないぞ。まぁ、煙たがられるけどな。」

「面倒くさい奴だよね、小笠原は。」

「放っとけ。」

「……でも、そういう所も含めて……好き。」

「知ってる。」

「何それ?!酷くない?!」

言ってスッキリしたのか、飯田はけらけら笑った後、遠慮なく自分のショコラまんに齧りついた。

「ん~!!美味しい~!!禁断の味~!!」

「確かに。」

「て言うか、何でマニキュアくれたの??」

「バレンタインは海外では普通、男性から女性に贈り物をする日だぞ?!」

「出た出た!ウンチク!!」

「……本命にしか贈らないんだよ、海外では。愛の日って言うくらいだからな。」

「何それ、草…っ。」

そう言いながらショコラまんを頬張る飯田の横顔は耳まで真っ赤になっていて、やっぱり可愛いと小笠原は思った。




Happy Valentine!!

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「短編集(SF・不思議・現代・その他)」にこの話の「わちゃわちゃENDver.」があります。
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この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

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