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短編(1話完結)

麗らかな春の単線電車

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カタン……コトン……カタン……コトン……。

心地よい揺れに身を預け微睡みの中から目を開いた。
ぼんやりと辺りを眺め、ここはどこだろうと考えた。

窓から見えるのは一面の瑞々しい緑。
空いた窓から吹き込む風は暖かい。
菜の花の鮮やかな黄色の絨毯。
田んぼに広がるレンゲの花。
淡い桜の雲が木々の枝に漂う。

「ふわぁ……。」

私はアクビをした。
添えた手がやけに小さく見える。
妙に不思議に感じて握ったり開いたり。
それを横の誰かがふふふと笑った。

「よぉ寝取ったねぇ、ゆみちゃん。」

「おばあちゃん!」

それが誰かわかって、私はその膝の上に飛びついた。
大好きなおばあちゃん。
膝に乗せた私の頭を、おばあちゃんの細い手が優しく撫でてくれる。

「もう少し寝かせてあげたいけどねぇ、ゆみちゃん、そろそろ降りる駅だから。」

そう言われて顔を起こして辺りを見渡す。

ああ、これ、おばあちゃん家に行く最後の電車だ。
帰りは最初の電車になるけれど、私にとってはこの電車に乗ればもうすぐおばあちゃん家に行けるとワクワクした大好きな電車だ。

それに、小さくて可愛い。
2両しかない電車は細い線路をカタコト走る。
線路は1本しかなくて、たまに駅で向かいの電車とすれ違う。

運転手さんが持ってる大きな輪っか。
「あれは何?」とおばあちゃんに聞いたら、運転手さんが使う秘密の鍵なんだと教えられ、恥ずかしながらずっとそうなんだと信じていた。

電車が駅に止まる。
誰もいない無人駅。

隣の車両に乗っていたおじさんが一人、のんびり降りて行った。
私はおばあちゃんと手を繋ぎ、少し足をパタパタさせながら麗らかな春の光景を眺める。

緑が瑞々しく芽生え、暖かな風には花の匂いが混じっている。
何の音もない静けさの中に、カサカサ、さやさや、命の音がする。

「ゆみね~、おばあちゃん家に来るの、春が一番好き。」

「そうなの?」

「うん。葉っぱがね、柔らかそうで美味しそうだし、ピカピカして綺麗なの。後ね~、お花の匂いがする~。」

話したい言葉が後から後から出てきて、それをおばあちゃんはにこにこ笑って聞いてくれる。
いくら私が話しても、「そうなの」「凄い」と言ってくれる。
嫌な顔なんか絶対にしない。
いつもにこにこ楽しそうに、私のとりとめもない言葉をいくらでも聞いてくれる。

その顔を見ると安心する。

私はおばあちゃんが大好き。
おばあちゃんも私が大好き。

言葉にした事は少ないけれど、こうしている中にその言葉は溢れている。
時よりおばあちゃんが私の握っている手を、反対の手でぽんぽんと撫でてくれる。

電車がのんびりとまた動き出す。
その間も私のおしゃべりは止まらない。
おばあちゃんはにこにこと嬉しそうにそれを聞いていた。

「………………あれ??」

私ははたと気がついた。
凄く凄くたくさん話したのに、何を話していたのか忘れてしまった。

「どうしたの?ゆみちゃん?」

「何か、何話してたか忘れちゃった。」

えへへと笑っておばあちゃんの方を見る。
そして妙な感覚に囚われた。

見つめたおばあちゃん。
さっきまで見上げていたのに、今は見下ろしてる。

「…………え?」

おばあちゃんは静かに笑って、私の握っている手を反対の手で優しくぽんぽんと叩いた。

「名残惜しいけど、ゆみちゃん。降りる駅だよ?」

電車が止まる。
私は振り向いて外を見た。

そこに見えたのは……普段、私が通勤に使っている駅だった。

緑も何もない、幾何学的で無駄のない、音に溢れた忙しい駅。
驚いておばあちゃんを見る。
おばあちゃんは何も言わず、ただ繋いでいた手をぽんぽんと撫でながら頷いた。


「………………おばあちゃん……っ!!」


クシャッと自分の顔が歪んだのがわかった。
目からぼろぼろと涙が溢れる。

私は通勤用のスーツを着て、通勤カバンを持って座っていた。
そんな私をおばあちゃんは眩しそうに見ながら頭を撫でてくれた。


「ゆみちゃん。どこにいても、おばあちゃんはゆみちゃんの味方だからね。忘れないでね。」


後から後から、涙が溢れる。
大好きだよって言いたかったのに、言葉にならなかった。



発車時刻を知らせるように、スマホのアラームが鳴った。

無人駅ではこんな音はしないのにって、変な事を思いながら目を開ける。
その目からはやはりとめどなく涙が溢れて止まらなかった。

おばあちゃん家に行く、あの小さな単線の電車は今はもうない。
だから麗らかな春の無人駅にも、車で行かなければ今はもうたどり着けない。
運転手さんが秘密の鍵を下げているのを見る事もない。

それでも、あの春の麗らかな電車は、今でも私の胸の中で走り続けている。
隣に座ったおばあちゃんの優しい笑顔と共に、これからもずっと私の心の中で走り続ける。

「……おばあちゃん、大好きだよ。」

夢の中で伝えられなかった言葉を口にしてみる。
優しい手がふわりと頭を撫でてくれた気がした。
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