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短編(1話完結)

ならばもらおう ※

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勝って嬉しいはないちもんめ
負けて悔しいはないちもんめ
隣のおばさんちょっと来ておくれ
鬼がいるから行かれない

あの子が欲しい
あの子じゃ分からん
この子が欲しい
この子じゃ分からん

相談しよう
そうしよう




昼下がり。
開け放たれた窓からそんな声が聞こえた。

「……今時、花いちもんめなんてやるんだ……。」

それが一番始めに出た感想だった。
懐かしいとか微笑ましいとか、そういうものではなく。

私はふぅ、と重い息を吐き捨てた。

数年ぶりに訪れた実家は埃が溜まり、長い間閉じ込められた古い空気の匂いがした。
臭いとも違うその匂い。
表現するなら「重い」だろう。
それが自分に侵食してくるようで嫌だった。

この家は俗に言う「空き家」だ。
かつてマイホームを持つのが当たり前だった時代に取り残された、負の遺産だ。

それでもまだ、周辺で遊ぶ子供がいる程度の場所なのだからマシな部類だ。
売っても買い叩かれるだろうが、売ろうと思えば売れる事を思えばまだマシだろう。
最も、売るなら取り壊してからと言う条件がつくだろうが。

長年、無人だった家。
時を止めた家具たち。
それがどこか薄ら寒い。


勝って嬉しいはないちもんめ
負けて悔しいはないちもんめ


また子供の声が聞こえた。
どうやら1ターン目が終わったようだ。
繰り返されるその先を思い、私はまたため息をついた。

あまり好きな唄じゃない。
あまり好きな遊びじゃない。

それでも当時は子供が集まるとやっていた。

くすくすと含み笑う無邪気な子どもたち。
悪気などない。
ただ純粋に楽しんでいた。

必死に逃げ惑う蟻を踏み躙って笑うように……。

だいたいはターゲットが決まっていた。
その子がいないうちに、それとなく皆が言うのだ。
もしくは暗黙の了解。
誰かが途中でそれを決める。

私はいつもどぎまぎしていた。
いつ自分がターゲットにされるかと。
そうならなかった日は安堵して周りに従った。
ターゲットになった時は、表面上は共に笑い、次はならないよう皆の機嫌を損ねないよう気を配った。

「……嫌な遊びだよね、本当。」

歌の意味も嫌いだ。
人買いの歌だから。

子供心にそれに気づきながら、皆、気づかぬふりをして遊んでいた。

見てみぬふりをするのは大人だからじゃない。
子供の時から、私達はそれを知っている。
そうやって立ち回っていかなければならないのだと。

「何なんだろ?人間の本能にあるものなのかな?」

不思議な感覚だ。
見てみぬふりをする。
嫌な事だと思いながらも、自分がそうなりたくないから何も気づかないふりをする。





勝って嬉しいはないちもんめ
負けて悔しいはないちもんめ

あの子が欲しい
あの子じゃ分からん
この子が欲しい
この子じゃ分からん
相談しよう
そうしよう



選ばれるのはいつも同じ子。
欲しがられるのはいつも同じ子。

皆がこの子がいい、この子がいいとちやほやする。

選ばれないのはいつも同じ子。
誰も欲しがらないのはいつも同じ子。

そこに居ようと居まいと、誰もその子を見ない。

それに気づいても誰もが見てみぬふりをする。
自分がそうなる事を恐れ、見てみぬふりをする。

だからその子はいないのと同じだ。
空気と同じだ。





はっと目が覚めた。

そして真っ暗な部屋の中、自分がどこにいるのかわからず混乱する。
そしてそれがずっと昔に住んでいた実家の天井だと思い出し、大きく息を吐き出した。

嫌な夢を見た。

全身が汗だくだ。
内容はよく覚えていないが子供の頃の夢だ。

私は重だるい体を起こした。
電気と水道は通っているが冷蔵庫はない。
買っておいたペットボトルのぬるいお茶を数口飲んだ。

ここにはあまりいい思い出がない。

私は家でも外でも空気だった。
そこにいるのに誰も見ない。
面倒事の時だけ、何故か頭数に入れられる存在。

この家の始末も同じだ。
利となる事には都合よく誰も私を思い出さないけれど、負となる事には直ぐに私の名前を上げる。

「……この家の処分が終わったら、全部終わるのかな……。今度こそ開放されるのかな……私……。」

しかしそうはならないだろうとどこかでわかっていた。
家がなくなっても法事や墓の事がある。
都合の悪い事は全部私に回ってくるだろう。

「……勝って嬉しいはないちもんめ、負けて悔しいはないちもんめ……。」

昼に聞いたわらべ唄。
好きじゃないと思いながらも口ずさむ。

「……あの子はいらぬ、あの子じゃ分からん。この子はいらぬ、この子じゃ分からん。……相談……する必要もない……だって、いらない子だもの……。」

真っ暗な部屋。

古びた家具が昔のままそこに居座っている。
無言で止まった時の中、冷ややかな目で私を見ている。

見てはいるが、何も言わない。
昔と変わらず見てみぬふりをしているのだ。


「……何時だって、誰も欲しがらない……。」


あの頃のまま時を止めた実家。
その中で嫌な夢を見た私は思わず呟いた。






「な ら 貰 お う か」





耳元でそんな声がした。

ゾッとして辺りを見渡す。





「誰もいらないなら、貰おうか……。」





男とも女とも、若いのか年老いているのかもわからない声。

意味がわからなかった。


「誰?!」


暗い闇の中。
声はするけれど何も見えない。

恐怖で身が竦む。
浅い呼吸を繰り返し、カタカタと震える。

何?!誰?!

実家にいい思い出はないが、こういった事など起こった事はない。
何故、今、そんな事が起こるのか意味がわからなかった。



「なら貰おうか……。」



声の聞こえた方に反射的に顔を向けた。
それは真上から聞こえた。


「っ!!!!」


闇が私を見ていた。

まっすぐに私を見ていた。
そして無邪気に、にや……と笑った。

なんの悪気もなく虫を楽しげに殺す子供のように……。




勝って嬉しいはないちもんめ
負けて悔しいはないちもんめ

あの子が欲しい
あの子じゃ分からん
この子が欲しい
この子じゃ分からん

相談しよう
そうしよう
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