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生きる為に必要なもの(アンビバレンス)

生きる為に必要なモノ(前編)

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その隠された扉を見つけた時、アンタは嬉しそうに笑って俺を見た。
心から信頼を寄せている者に向けられる純真な双眸。
俺はそれに薄く笑って応えた。

「あった……本当にあったよ……園田……。」

「だな。」

「これで僕はやっと彼らから開放される……。」

感涙に目元を赤くする。
その涙がどういった類のものかなんて、俺にはわからなかった。

俺とて嬉しくない訳ではない。
やっと見つけた、名門旧家小園家の隠し財宝の扉だ。

制度の廃止によって地位を失い、財を奪われ没落の一途を辿った小園家。
そんな中でも少ない財産を巡り醜い骨肉の争いが起こる。
そしてそうなってしまえば、本家だの分家だの家督だの跡取りだの関係ない。
大人しいものはただ奪われ、蔑まれ、利用され、踏みにじられる。

コイツもそんな一人だ。
跡取りとして何不自由なく蝶よ華よと、生きる為に僅かな金品や食べ物の為にもがく事など知らずに、まるで穢のない桃源郷に暮らすよう有閑に生きてきた。

そして審判の時が訪れ、汚さや狡さすら知らぬこの阿呆は、時代に適応する為に狡猾な知恵を先につけていた身内にいい様に食い物にされ飼い殺された。

美しく極楽浄土の様な幼少期から一転、ハイエナ達に生き血を吸われ、生かさず殺さず、重い鎖につながれ光の届かない狭く汚い牢獄に閉じ込められ、反抗できないようストレスの捌け口として毎日、死なない程度に叩きのめされてきた。
美しかったカナリヤは、今や光の届かない炭坑でガスが出ていないか調べる為の人身御供に過ぎない。

「ありがとう……園田……。君に出逢えていなかったら、僕はこの先もずっと、暗い生き地獄の中を彷徨っていただろう……。」

「いや、別に……。それよりまだ安心するのは早いだろ?扉が見つかったからと言って、中はすでに持ち出されているって事だって考えられるんだからな。」

俺は務めて冷静にそう返した。
そう、旧家の跡取りのみが知る暗号に導かれてやってきたとはいえ、あの混乱の最中だ。
ごく僅かな限られた人間しか知らぬとはいえ、中を荒らしていないとは言い切れない。

「そうだね……。でも、僕にとったら、中がどうなっているかよりも、ここにたどり着くまでの道のりがかけがえのないものなんだ……。」

そいつはそう言ってじっと俺を見つめ、笑った。
これだけ人に裏切られ、利用され、手の平を返したように踏みにじられてきてもなお、そんな顔ができるお前に、俺はある種、尊敬の念すら覚えるよ。

「でもそうだね。きちんと中を確かめないとね……。」

アンタはそう言うと、子供の頃から教えこまれたという数え歌を歌いながら、固く閉ざされた封じられた扉を開けた。

その先は……薄暗いトンネルになっていた。

すぐに目的のモノが目の前とはいかないらしい。
俺もそいつもほうっと何度目かになる吐息を吐いた。

「……行こう。」

「俺が前を行く。何か罠があったら危ない。」

「ならなおさら僕が前を行くよ。」

「馬鹿。何の為にここまで苦労してきたんだよ?自由を手にするためだろうが?それに俺に何かあっても進むに困らないが、お前に何かあったら謎解きは進まないぞ?それを手にする為の知識は、お前しか持っていないんだからな。」

「とはいえどの暗号も、こうなるまでそれがそんな意味を持つ事を僕は知らなかったんだけどね。」

「だったら尚更だ。答えを持っていてもそれがそれとお前が知らなくても、答えも何も知らぬ俺とは全く違うのだからな。」

手持ちの明かりを灯し、俺はその暗いトンネルへと足を向けた。
アンタは何の疑いもなく、穏やかに微笑んで俺の後にひっついてくる。
それに俺は気づかれぬようにため息をついた。

こいつを探し、見つけてからの事を思う。

こいつとは生まれた場所も育った環境も違う。
名のある旧家の元跡取りと自分には何の接点もなかった。

ただ、古びて黴臭い因果めいたものが微かにあっただけだ。

審判が下り、名家の多くが大混乱に陥っていたとしても、下々の者には関係なかった。
むしろいい気味だと言う風潮すらあった。
だがその風潮すら関係ないところで幼い俺は生きていた。

ある日、あちこちをたらい回しにされてきた、汚くて自分で動く事もできない爺さんがうちに押し付けられた。
口ばかり達者で偉そうな癖にふん尿を垂れ流すしか脳がない、少しばかり気の狂った爺さんだった。
なんでそんな見も知らぬ爺さんをいきなり預からねばならないのか、意味がわからなかった。

あちこちたらい回しにされ、後先そんなに長くないのだからと、ある程度の金を掴まされて渋々親が引き取ったのだ。
当然そんな爺さんの面倒など、誰もみたがらない。
そこで長男でもない穀潰しの幼い俺にそれを押し付けたのだ。

当然、爺さんとはいえ大人の男を幼い子どもが面倒見きれる訳がない。
しかも爺さんは癇癪持ちで気が狂っていて、常に恨み言を叫んでいた。
それでも爺さんの面倒を見ないと俺が飯をもらえないので、仕方なくやっていた。

ぶっちゃけてしまえば、この汚くて気が狂った爺さんが、小園家のご隠居さんの成れの果てだった訳だ。

何でも気が遠くなるほど遡った大昔、何かあって小園家から「園田」と言う名字をもらったと言う繋がりらしかった。
とはいえどこにあるのかすらよくわからない本家ならまだしも、名前だけの分家とも名乗れないようなうちにその御恩に対する奉公が求められるなんて思いもしなかった。
今時、御恩だの何だのなど絵空事だ。
単なる厄介払いのお鉢が末端にたどり着いたにすぎない。
そしてそれは家の中でも同じ事で、形だけの長男とは違い、穀潰しのその他の子供にその面倒が押し付けられる形になる。
ただ運が良かったのが、たまたま俺が爺さんの孫、つまりこの暗いトンネルを後ろから雛のようについてくるこいつと歳が近かった事で、爺さんが俺に気を許した事だ。

癇癪を起こしつつも毎日面倒を見ているうちに、爺さんは俺とこいつを重ねるようになってきた。
きっと孫もお前のように酷い扱いをされて暮らしているに違いないと涙する事もあった。
俺としては爺さんが孫と俺を重ねる事で癇癪を起こさなくなり、扱いやすくなったぐらいにしか思わなかった。

だが爺さんは違った。
俺を毎日見る事で、毎日、俺に世話をされる事で、諦めていた孫への想いが募っていった。

そして最期が近づいた頃、俺に言ったのだ。
孫を探して助けてやってくれと。

助けるも何も、俺自身、爺さんが死ねばここから追い出される身の上だった。
自分が生きていくのも危ういのに、他人なんか助けている余力はない。
そう伝えると、助ければ必ずお前は富を手にできると言った。

そして小園家の隠し財宝の事を知った。

そこに行き着くまでの知識は、跡取りとなるものだけが、幼い時よりそれとわからぬ形で受け継いでいるのだと。
だから孫を探し出し、共にそれを探し出せば、二人とも富を得られるはずだと。
爺さんは俺に孫を重ねすぎていて、涙ながらに俺の手を握ってそう言った。

「二人で協力して、どうかジジがいなくなっても、健やかに暮らしておくれ……。」

爺さんはなんだかんだ、幸せに死んだと思う。
俺と孫が協力して財宝を探し出し、幸せに暮らす事を夢に見ながら旅立ったのだから。

かくして爺さんが死んでしまえば、穀潰しで働ける程度に成長した俺など用無しだ。
家族はあっさりと俺を追い出した。

ビタ一文渡されずに追い出された俺は、まずは生きる為に何でもやった。
そして世知辛い世の中で生き残っていく為に必要な事を学んだ。
そうやって生きる術を手に入れ、なんとか生きていく算段を立てて、俺は爺さんの孫を探し始めた。

あまり期待はしていなかった。
何しろ生きているとは限らなかったのだから。
生きているにしたって、爺さんを見ればわかる。
蛆虫みたいにしか生かされていないだろう事が。
だから見つけられるとも思えなかった。

だが、古びて黴臭い因果は案外しっかりと俺達を結びつけていたらしい。

「園田?」

「なんだ?」

「いや、ずっと黙ってるからどうしたのかと思ってね。」

「別に。気が狂った糞爺の言ってた事がまさか本当だったなんてなと思ってな。」

「お祖父様をそんな言い方しないでおくれよ。」

「仕方ないだろう。俺が知ってんのはお前の知ってるお祖父様とは違って、本当に糞爺だったんだから。」

「わかってるよ。でもそんな言い方はよしてくれ。」

「はいはい。」

俺は淡々とそう返した。
見つけた時は爺さん同様、薄汚い廃人みたいになっていたってのに、お祖父様とかぬかすんだから育ちのよろしかった元跡取りご子息は理解できない。

「……園田。」

「あん?」

「ちょっと待ってくれ。何か思い出せそうだ……。」

その言葉に俺は足を止めて振り向いた。
アイツは考え込むように狭いトンネルの壁に手をつき、じっとその側面を眺めている。

「トンネルの話があったんだ……トンネルの……。」

一度はあまりの苦痛に全ての記憶を封じてしまったこいつは、こうやって財宝への道筋を追いながら、時よりそれを思い出す。
ここを見つけ開ける為の数え歌も、昨夜思い出したばかりだった。

いい傾向だ。
思い出す時は一つのことに引きずられ、他の事も思い出しやすくなっている。
俺は黙ってそれを見守った。

「……それを抜けるのは容易く……留まるのは難しい……。」

「あ、何かそれ、俺も知ってるかも。」

「え?」

「爺さんが何か言ってた。なんだっけ……信頼を示せ?だったかな?」

俺がそう言うと、アイツはハッとしたように目を見開いた。
そして縋るように俺に飛びついた。

「うわっ?!何だ?!」

「信頼だ!信頼がいるんだ!!」

「は??」

「僕一人じゃ答にならないんだ!!」

「……どういう事だ??」

「家督が独断で独占しないよう、もう一つの鍵が必要なんだ!!」

「なんだって?!」

それは寝耳に水だ。
こいつの知識だけじゃ駄目だとなったら、何の為に苦労してここまで来たというのか。
ここまで……財宝まで目と鼻の先まで来て、鍵が足りないとはどういう了見だ、あの糞爺。
俺はチッと舌を鳴らした。

「信頼って何だよ?誰の信頼だよ?!」

「……君だよ、由伸。」

その言葉に面食らう。
けれどアイツはじっと俺の顔を見つめる。
暗いトンネルの中、手に持つランタンの灯りがその顔に陰影を浮かび上がらせている。

「は??俺の信頼??」

「そうだよ……。お祖父様が僕ら二人で財宝を探せと言仰った意味がこれでわかった……。全てはこの為だったんだ……。」

「どういう事だ……。」

「僕らのどちらかが富の為に相手を裏切ったら、それは手に入らないようにできているんだ。人は一人では生きられない。一人で生きれば独りよがりな独裁者になる。だから一人で生きてはいけない。それが小園家の家訓だった。」

「それで?それがどう繋がるんだ?」

「つまり、いくら家督を継ぐものであっても、それを秘密裏に独占して利用する事はできないようになっているんだ。そこには……信頼が必要なんだ……。」

真剣に語るそいつの顔は、すでに無き小園家の家長の顔をしていた。

腐っても鯛。
没落してもその血は生きているのか……。

細く、生きているのか死んでいるのかすらわからなかった小さなその男は今、ここに小園家の主として凛と存在していた。
その顔を俺はじっと見つめた。

「信頼が必要ってどういう意味だ?」

「君の信頼がいるんだ、由伸。」

「意味がわからん。」

「お祖父様は君を相手に選んだ。僕が独断に走らないようブレーキ役として君を選んだ……。だから君にお祖父様は信頼を預けたはずなんだ……。」

真剣な眼差し。
しかし俺には訳がわからない。

「信頼を預けたって何だよ?」

「僕にもわからない。」

「は??」

「でもこれだけは言える。君の信頼がなければ、財宝は見つける事ができないようになっている。君の許しがなければ、それは僕に見つけられないようになっているんだ。」

言葉を失う。
まさか最後の最後にそんなオチをあの糞爺が用意しているとは思わなかった。

どちらかが裏切ったら、手に入れられない。
そう仕組まれていた。

そして最後に必要なのは、俺の信頼。

はっきり言って、あの数え歌の扉を見つけた時、これで全て終わったと思った。
おそらくそれも仕組まれたものなのだろう。
もしも独裁的な家長だったなら、そこまで手助けした者がいても、財宝を目の前にすれば口封じする事も考えられる。
同じく家長をそそのかして財宝を手に入れようとした者なら、あの扉を開けた時点で主を始末する事も考えられる。
だが最後の試練は、互いがいなければ答えがわからないようになっている。

俺は驚きと事の重大さに脂汗を流した。

ただの気まぐれだった。
別に糞爺の言葉を真に受けたりもしていない。
捕らぬ狸の皮算用ほど、生きていくのに無意味なものはない。
そんなものに縋るより、汚い手を使ってでも確実にその糧を得た方が生きながらえられる事を俺は知っている。
だからもしもそんなものがあって手に入ったらラッキーだなぐらいの心持ちでこいつを探し、この宝探しにも付き合った。

「思い出してくれ、由伸……。お祖父様はおそらく君に託した。」

「そんな事……言われても……わからねぇ……。」

それまで手助けはしても、謎を解くのは小園の坊っちゃんの役目だった。
俺はそれをあまり期待せず見守っていればよかった。
なのにいきなり、その鍵の片方を自分が持っていると言われても全く身に覚えがない。

ここまで来てこれかよ?!糞爺?!

俺はこころの中で悪態をついた。
テメェの垂れ流す糞尿の世話をしてやったってのに、最後の最後にこれかよ?!
ちゃんとテメェの可愛いお孫ちゃんを探し出し、廃人から普通の状態にまで回復させ、財宝のところまで連れてきてやったじゃねぇか?!

「由伸……。」

「わかんねえっつってんだろう?!」

「違うよ、僕を見て。」

「……は??」

「さっき言っただろう?僕はね、本当は財宝なんかどうでもいいんだ。あろうとなかろうと……。」

「何言ってんだ……。」

「僕にとってかけがえのないもの……財宝は君だ、由伸。地獄から僕を引き上げて、人として生かしてくれた君だ。」

「……気色悪い事を言うな、光輝。」

思わずゾッとして距離を取ると、そいつは笑った。
その名の通り、光り輝くように。

「……帰ろう、由伸。宝探しはもう終わりにしよう。」

「終えてどうする。」

「コツコツやるさ。幸い、君が生きる為に必要な事は教えてくれたからね。」

「そうかい。」

財宝まで目の前だというのに、そいつはあっさりとそう言った。
だが今、ここにいてもどうにもできないのは確かだ。

俺は爺さんから何か託されてなどいないのだから。

だらんと垂れた俺の手から灯りを取ると、そいつは何事もなかったようにもと来た道を戻り始めた。
その足取りに迷いはない。

全く、これでは俺の方が未練があるようだ。
期待せず見守って、もしもあったならあったでおこぼれを貰えればラッキーぐらいのつもりだったのに……。

俺はその後ろをのそのそとついて歩いた。
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