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ルサールカ

ルサールカ〜父と精霊の名の元に①

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「お前、いくつだ?」

こちらの事をあまり快く思っていなそうな彼は、苛立たしげにそう聞いた。
それにビジネスライクに微笑んで答えると目を丸くする。
意外な表情がなんとなく愛らしく親しみを感じた。

「探偵業は学生時代に起業してましたから。今時、珍しくもないでしょう?」

私はてっきり彼が、大学卒業年と探偵事務所の起業年が合わない事に疑問を持ったのだと思ってしまった。
そういう事は今までもあったから、そうだと思いこんでしまった。

あの時、気付くべきだった。
いや、気づきたかった。

どうして彼がそんな顔をしたのか。

そうしたら、もっと長く「父さん」と呼ばせてもらえたのに……。

でも私は、最期にあなたに会えて。
最期にあなたを「父さん」と呼ばせてもらえて。

私は幸せでした。

あなたは私の本当の父親ではない。
それはわかっている。

でも、ほんの僅かな時間でも、あなたの「息子」の代わりになれた事がとても嬉しかった。







彼に接触したのは、ドモヴォーイの指示だった。

それが何故かなど疑問を持つ必要はない。
ドモヴォーイは私の「神」だ。
彼がそうしろと言うなら、私はそれに従うだけ。

ドモヴォーイに出会ったのは、薄暗い掠れた記憶の中。

どこかの施設の実験体だった私を彼が見つけた。
そして彼の庇護の元、私は健全な施設に移され、勉学に励んだ。
ドモヴォーイはそういう私達をいつもどこかから見ていて、そして選別していた。

私はアルバイト先として何人かの私立探偵を紹介され、そこでアシスタントを始めた。
そこで技術や知識を身に着け、学生時代にアシスタントを辞め、個人事務所を開いた。
はじめはアシスタント時代の先輩たちの手伝いや回してもらった仕事をこなした。
次第に私個人として依頼も入るようになった。

おそらく、向いていたのだと思う。
それを「神」ははじめから見抜かれていたようだった。

事務所が軌道に乗り始めると、ドモヴォーイがどこからともなく現れて私に言った。

『自分の過去を知る覚悟はあるか』と。

何かの実験体だった自分。
その過去は今でも私を時より悪夢の中に落とし込む。

向き合うのは正直怖い。
忘れて生きる道もあると「神」は言ったが、私は目を逸らしていては、いつまで経っても悪夢から逃れられない事を知っていた。

だから答えた。
私はそれが何であれ、過去に決着をつけたいと。

数日後、デスクにいつの間にか封筒が置かれていた。

それは私の過去についての資料の一部だった。
「ルサルカ」という麻薬の情報。
そしてある訓練施設のパンフレットだった。

私は暫くバカンスに出るという名目で事務所を一時的に閉じ、その訓練施設の門を叩いた。
そこは表向きはボディーガード養成所で、訓練を経て適性ありと判断された者は、特殊訓練に進む事ができる。
特殊訓練、すなわちスパイ養成プログラムだ。
私はそこで短期プログラムを受けた。
長期プログラムを打診されたが断った。

ドモヴォーイは訓練所の情報と共に「ルサルカ」の情報を同時に渡していた。
それは同時に進めなければならない仕事だからだ。

訓練を受けながらある程度の情報収集をし、短期プログラムが終わったら本格的にそれを調べ始めた。
まだ主流ではないが、警察が今、一番警戒している新種の麻薬。

それが「ルサルカ」だった。

何故、ルサルカを警察がマークしているかと言えば、若い世代への浸透が早かったからだ。
そしてオーバードーズ等の被害よりも、行方不明者が多い。
いなくなった子どもの捜索をしていたら、その影にルサルカの情報が上がってくると言う事が続いていたからだ。

実際、以前アルバイトで助手をしていた探偵事務所でも、行方不明になった子どもの捜索をしていて、朧気なルサルカの情報にたどり着く事が多くなっていた。

そう、ルサルカは新種の麻薬であると同時に、未成年誘拐の引き金になっていると警察は考えていた。
幼く無知な年代に薬をばら撒き、それを餌に彼らを誘拐する。

だが、ルサルカの出処を掴む作業は、警察側でも探偵業界でも難航していた。

はじめはアジア地域の人身売買グループが関与しているのだろうと思われていた。
だが、彼らとの接点は見いだせない。
むしろ彼らもまた、ルサルカを流通させる「何か」を追っていた。

私は短期プログラムで得たスパイ知識を用い、彼らに接触した。
そしてわかったのは、彼らの「商品」を、ルサルカを流通させる何者かがかすめ取っているという事実だった。

ルサルカを流通させている「組織」は、子どもを集めている。

それは疑いようのない事実だった。
ルサルカという麻薬など、彼らにとっては重要ではないのだ。

彼らにとって重要なのは「子ども」。

ルサルカはそれを得る為の手段でしかないのだ。

ゾクッと背筋が凍った。
自分の過去が、物陰の闇の中から蠢き出し、私を引き込もうとする。

自分の過去。
その忘れたくても忘れられない、思い出そうとしても思い出せない矛盾が、チリチリと私の脳神経を焼いた。

怖い……。

だが知らなくてはならない……。

自分はその道を選択した。
知らずに生きる道もあると「神」に言われたのに、私は知る事を選択したのだ。

大丈夫だと思っていた。

もう大人と呼べる歳になった。
知識も得た。
探偵として様々な事を割り切っても来た。
だから大丈夫だと思っていたのだ。

けれど私の過去は黒く黒く、私を闇の中に誘う。

迷いの生まれた私の前に、ドモヴォーイは再び現れた。
そしてもう一度私に問うた。

ここで手を引くのも勇気だと。
それでも、知る事を選ぶならこの封筒を受け取れと。

私は縋るように、私の「神」を見つめた。
ドモヴォーイは何も変わらなかった。

ただ、出会った時と何も変わらず、あるがままそこにいた。

私は彼が何者なのか知らない。
神が何者かなど、考えても仕方がないからだ。

私は彼の前に跪いた。

「父と子と聖霊の御名によって。アーメン」

そして祈りを捧げる。
ドモヴォーイの節くれだった細い指が頭に置かれる。

ボソボソと聞き取りにくい声で彼もまた、祈っていた。

そして顔を上げた時、既にドモヴォーイの姿はなかった。
代わりに封筒だけが残されていた。

『望むなら開けよ』

そう、書かれていた。

私はそれを開けた。
そこには一人の男の写真と簡単なプロフィールが添えられていた。

プロフィールによれば、彼は刑事のようだ。
確かに警察側の情報も得られれば、もっと見えてくるものがあるだろう。

気難しそうな、人を寄せ付けない雰囲気の男。

何故、わざわざこんな取り入りにくそうな男をドモヴォーイは選んだのだろう?
だが、そんな疑問を持っても仕方がない。

「神」が「彼」を示した。

私はそれに従えばよかった。
ドモヴォーイの指示がマイナスに働いた事は一度もない。
私は「神」の手駒でいればいい。

その意志がどこにあろうとも……。



そして私は出会う。

偽りと言えど「父さん」と呼ぶ事になる彼に……。
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