18 / 24
黒き風と生きる
いつか帰る空
しおりを挟む
あれから十年の時が過ぎた。
デルフトは街の隅にある集配所の窓から空を見つめる。
ここから見る空ももう見慣れた。
山よりも遠く見える空。
何年経とうと一度として山の空を忘れた事はない。
「よ!デルフト!」
「おやコートさん。早いお戻りで。」
コートは今でも俺達を気にかけてくれていた。
俺も大人になったし、コートが実は結構偉い人だと知ってからは、ちゃんと「コートさん」と呼ぶようにしていた。
でも昔と変わらず、あの頃より少し老け顔になったコートは男前に磨きがかかっただろうとか平気で言う様なおっさんだ。
特に依頼がある訳でもないのに、当然の様にドカッとカウンターの向かいの椅子に座る。
俺もいつもの事だと何も言わずにお茶を入れた。
「あんがとよ。でも茶より酒だともっと嬉しいんだがな。」
そう言いながら、内ポケットから携帯用のブランデーを取り出してお茶に混ぜる。
俺のにも入れようとするので、さっと手をかざして防いだ。
「何度も言ってるだろ?飲酒飛行は営業免許停止だって。」
「つまらんなぁ。お前が成人したら潰れるまで飲み明かそうと約束しただろうが。」
「はいはい。竜使いになった以上、叶わぬ夢だよ。」
「仕事が終わってんならいいじゃねぇか?!」
「残念ながら俺は緊急時通達特員でもあるからな。仕事が終わっても潰れるまでは飲めないね。」
「つまんねぇなぁ~。」
そうぶつぶつ言うコート。
いったいこのおっさんは何しに来たんだよ??
そうは言っても、本当の意味で自分の過去を知る唯一の人だ。
会えて嬉しくない訳ではない。
他愛もない今回の任務の話を聞き流しながらそんな事を思う。
「……そういや、新人任されたんだって?」
「ああ。」
「お前がねぇ~。大丈夫かよ??ラシャ相手だろ?!」
「案外、上手くやってる。」
「……マジか?!シクリ種の古代竜相手だぞ?!」
「俺もスカイが平和ボケした森竜のネーリヤ種って聞いた時は、三日と持たないだろうなって思ったんだけどさ~。ははっ!これがまた!意外と根性あるし肝っ玉座ってんだよ!!平気でチビに喧嘩売ってくるしさ~。」
「チビってお前なぁ~。」
そう言われてはっとする。
ついコートと話していたので、名付ける前のあだ名で呼んでしまった。
「昔はちゃんと小さかっただろ?」
「いや、確かに今よりは小さかったけどよ?昔も普通にそこいらの子竜より大きかったぞ?!」
「古代竜の中では小型だろうが。」
「比べるもんがちげぇだろ。」
俺の言葉にコートは飽きれたようにため息をつく。
まぁ俺も、よくアレを「チビ」なんて呼んでたなぁと思うよ。
「…………。まさかお前が宅配業務部とはな……。」
「古代竜としての防御力や攻撃力より、シクリ種としての速さを全面的に押したからな。竜使いの竜で、ラシャより速い竜はいない。まぁそのせいで、緊急時通達特員っていう余計な肩書きつけられたんだけどさ。」
「仕方ないだろ。ラシャにはお前以外乗れないんだからよ。」
俺以外乗れないというのは、二通りの意味がある。
一つは絆があるのが俺だけで、気難しい古代竜はほぼ同乗すら許さないという意味だ。
そしてもう一つは、普通の人はシクリ種のトップスピードに体がついていかないのだ。
どんなにベテランの竜使いでも、トップスピードに入る前に息が吸えなくなって気絶する。
高速系の竜を操る竜使いが呼吸補助具をつけていても駄目だった。
俺は生まれ育ちが標高の高い山の上だったせいか、それに耐えられる。
流石にトップスピードで長時間というのは呼吸補助具をつけていないと無理だが、何故か俺はシクリ種の飛行に耐えられるのだ。
「……まぁ、選ばれるべくして選ばれたパートナーって事だよな。」
「いや?チビは絶対そこまで考えてない。」
「お前な……せっかく美談的に話をまとめたのによ~。」
いい話的にしみじみ言ったコート。
俺はそれをへし折った。
だって考えてもみてくれ。
あんなお馬鹿なチビだぞ?
ひっくり返って駄々こねるようなチビだぞ?
ワガママ放題だったあのチビだぞ??
そんな運命的な美談になる訳がない。
「だったら、何でお前が絆の相手に選ばれたんだよ?デルフト?」
「単に生まれた時、そこにいたってだけだ。」
「なら、生まれた時にお前がそこにいたのが運命だったんだろ。」
その言葉に俺は何も言えなかった。
チビが生まれた時、俺は確かにそこにいた。
村の皆の死。
黒き風。
そしてチビは生まれた。
それは運命だったのだろうか?
俺にはわからない。
ただわかっている事が一つだけある。
コートが帰った後、俺は世話をしに厩舎に向かった。
チビは今や、余裕で俺を乗せて飛べるほど大きくなった。
あの時見た、黒き風と同じ様に……。
我儘でひっくり返って駄々こねていた面影などなく、立派な「黒き風」に成長した。
動作や感情も、すっかり大人びている。
でも……。
「ギューッギュッ!!」
「はいはい、わかったわかった。駄々こねんな。」
俺に対しては今でもたまにそういう顔を見せる。
投げてやる肉のスピードが遅かったのか、途端に不機嫌になってダンダン足を踏み鳴らす。
流石にガキみたいにひっくり返ったりギャーギャー騒いだりはしなくなったが、相変わらず文句の多い奴だ。
「そんな我儘言ってると、スカイに笑われんぞ?」
こんな姿、組合の皆や新人のカディスが見たら、びっくりしすぎて腰を抜かすんじゃないかと思う。
「ギュギュッ?!」
「……別に誰にも言わねぇよ。言ったところで誰も信じないだろうし。」
古代竜のプライドなのか、外面だけは硬派なんだよな、コイツ……。
昔コートがおっかないと言っていたアレも、単なる外面だったんじゃないかと思う。
食事を終え一息ついたのか、珍しく顔を寄せて甘えてきた。
コートに会ったせいで、頭の中でチビと呼び名が戻っていた事もあり、俺もそれを寛容に受け止める。
「……いつか……帰ろう……。あの山に……黒き風のいる場所に……俺達の山に……。」
互いの額を合わせる。
今はラシャと呼んでいる俺の大きなチビは、何も言わずに頭を俺に擦り付けて甘えていた。
デルフトは街の隅にある集配所の窓から空を見つめる。
ここから見る空ももう見慣れた。
山よりも遠く見える空。
何年経とうと一度として山の空を忘れた事はない。
「よ!デルフト!」
「おやコートさん。早いお戻りで。」
コートは今でも俺達を気にかけてくれていた。
俺も大人になったし、コートが実は結構偉い人だと知ってからは、ちゃんと「コートさん」と呼ぶようにしていた。
でも昔と変わらず、あの頃より少し老け顔になったコートは男前に磨きがかかっただろうとか平気で言う様なおっさんだ。
特に依頼がある訳でもないのに、当然の様にドカッとカウンターの向かいの椅子に座る。
俺もいつもの事だと何も言わずにお茶を入れた。
「あんがとよ。でも茶より酒だともっと嬉しいんだがな。」
そう言いながら、内ポケットから携帯用のブランデーを取り出してお茶に混ぜる。
俺のにも入れようとするので、さっと手をかざして防いだ。
「何度も言ってるだろ?飲酒飛行は営業免許停止だって。」
「つまらんなぁ。お前が成人したら潰れるまで飲み明かそうと約束しただろうが。」
「はいはい。竜使いになった以上、叶わぬ夢だよ。」
「仕事が終わってんならいいじゃねぇか?!」
「残念ながら俺は緊急時通達特員でもあるからな。仕事が終わっても潰れるまでは飲めないね。」
「つまんねぇなぁ~。」
そうぶつぶつ言うコート。
いったいこのおっさんは何しに来たんだよ??
そうは言っても、本当の意味で自分の過去を知る唯一の人だ。
会えて嬉しくない訳ではない。
他愛もない今回の任務の話を聞き流しながらそんな事を思う。
「……そういや、新人任されたんだって?」
「ああ。」
「お前がねぇ~。大丈夫かよ??ラシャ相手だろ?!」
「案外、上手くやってる。」
「……マジか?!シクリ種の古代竜相手だぞ?!」
「俺もスカイが平和ボケした森竜のネーリヤ種って聞いた時は、三日と持たないだろうなって思ったんだけどさ~。ははっ!これがまた!意外と根性あるし肝っ玉座ってんだよ!!平気でチビに喧嘩売ってくるしさ~。」
「チビってお前なぁ~。」
そう言われてはっとする。
ついコートと話していたので、名付ける前のあだ名で呼んでしまった。
「昔はちゃんと小さかっただろ?」
「いや、確かに今よりは小さかったけどよ?昔も普通にそこいらの子竜より大きかったぞ?!」
「古代竜の中では小型だろうが。」
「比べるもんがちげぇだろ。」
俺の言葉にコートは飽きれたようにため息をつく。
まぁ俺も、よくアレを「チビ」なんて呼んでたなぁと思うよ。
「…………。まさかお前が宅配業務部とはな……。」
「古代竜としての防御力や攻撃力より、シクリ種としての速さを全面的に押したからな。竜使いの竜で、ラシャより速い竜はいない。まぁそのせいで、緊急時通達特員っていう余計な肩書きつけられたんだけどさ。」
「仕方ないだろ。ラシャにはお前以外乗れないんだからよ。」
俺以外乗れないというのは、二通りの意味がある。
一つは絆があるのが俺だけで、気難しい古代竜はほぼ同乗すら許さないという意味だ。
そしてもう一つは、普通の人はシクリ種のトップスピードに体がついていかないのだ。
どんなにベテランの竜使いでも、トップスピードに入る前に息が吸えなくなって気絶する。
高速系の竜を操る竜使いが呼吸補助具をつけていても駄目だった。
俺は生まれ育ちが標高の高い山の上だったせいか、それに耐えられる。
流石にトップスピードで長時間というのは呼吸補助具をつけていないと無理だが、何故か俺はシクリ種の飛行に耐えられるのだ。
「……まぁ、選ばれるべくして選ばれたパートナーって事だよな。」
「いや?チビは絶対そこまで考えてない。」
「お前な……せっかく美談的に話をまとめたのによ~。」
いい話的にしみじみ言ったコート。
俺はそれをへし折った。
だって考えてもみてくれ。
あんなお馬鹿なチビだぞ?
ひっくり返って駄々こねるようなチビだぞ?
ワガママ放題だったあのチビだぞ??
そんな運命的な美談になる訳がない。
「だったら、何でお前が絆の相手に選ばれたんだよ?デルフト?」
「単に生まれた時、そこにいたってだけだ。」
「なら、生まれた時にお前がそこにいたのが運命だったんだろ。」
その言葉に俺は何も言えなかった。
チビが生まれた時、俺は確かにそこにいた。
村の皆の死。
黒き風。
そしてチビは生まれた。
それは運命だったのだろうか?
俺にはわからない。
ただわかっている事が一つだけある。
コートが帰った後、俺は世話をしに厩舎に向かった。
チビは今や、余裕で俺を乗せて飛べるほど大きくなった。
あの時見た、黒き風と同じ様に……。
我儘でひっくり返って駄々こねていた面影などなく、立派な「黒き風」に成長した。
動作や感情も、すっかり大人びている。
でも……。
「ギューッギュッ!!」
「はいはい、わかったわかった。駄々こねんな。」
俺に対しては今でもたまにそういう顔を見せる。
投げてやる肉のスピードが遅かったのか、途端に不機嫌になってダンダン足を踏み鳴らす。
流石にガキみたいにひっくり返ったりギャーギャー騒いだりはしなくなったが、相変わらず文句の多い奴だ。
「そんな我儘言ってると、スカイに笑われんぞ?」
こんな姿、組合の皆や新人のカディスが見たら、びっくりしすぎて腰を抜かすんじゃないかと思う。
「ギュギュッ?!」
「……別に誰にも言わねぇよ。言ったところで誰も信じないだろうし。」
古代竜のプライドなのか、外面だけは硬派なんだよな、コイツ……。
昔コートがおっかないと言っていたアレも、単なる外面だったんじゃないかと思う。
食事を終え一息ついたのか、珍しく顔を寄せて甘えてきた。
コートに会ったせいで、頭の中でチビと呼び名が戻っていた事もあり、俺もそれを寛容に受け止める。
「……いつか……帰ろう……。あの山に……黒き風のいる場所に……俺達の山に……。」
互いの額を合わせる。
今はラシャと呼んでいる俺の大きなチビは、何も言わずに頭を俺に擦り付けて甘えていた。
10
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
公爵令嬢は結婚式当日に死んだ
白雲八鈴
恋愛
今日はとある公爵令嬢の結婚式だ。幸せいっぱいの公爵令嬢の前に婚約者のレイモンドが現れる。
「今日の結婚式は俺と番であるナタリーの結婚式に変更だ!そのドレスをナタリーに渡せ!」
突然のことに公爵令嬢は何を言われたのか理解できなかった。いや、したくなかった。
婚約者のレイモンドは番という運命に出逢ってしまったという。
そして、真っ白な花嫁衣装を脱がされ、そのドレスは番だという女性に着させられる。周りの者達はめでたいと大喜びだ。
その場所に居ることが出来ず公爵令嬢は外に飛び出し……
生まれ変わった令嬢は復讐を誓ったのだった。
婚約者とその番という女性に
『一発ぐらい思いっきり殴ってもいいですわね?』
そして、つがいという者に囚われた者の存在が現れる。
*タグ注意
*不快であれば閉じてください。
さようならの定型文~身勝手なあなたへ
宵森みなと
恋愛
「好きな女がいる。君とは“白い結婚”を——」
――それは、夢にまで見た結婚式の初夜。
額に誓いのキスを受けた“その夜”、彼はそう言った。
涙すら出なかった。
なぜなら私は、その直前に“前世の記憶”を思い出したから。
……よりによって、元・男の人生を。
夫には白い結婚宣言、恋も砕け、初夜で絶望と救済で、目覚めたのは皮肉にも、“現実”と“前世”の自分だった。
「さようなら」
だって、もう誰かに振り回されるなんて嫌。
慰謝料もらって悠々自適なシングルライフ。
別居、自立して、左団扇の人生送ってみせますわ。
だけど元・夫も、従兄も、世間も――私を放ってはくれないみたい?
「……何それ、私の人生、まだ波乱あるの?」
はい、あります。盛りだくさんで。
元・男、今・女。
“白い結婚からの離縁”から始まる、人生劇場ここに開幕。
-----『白い結婚の行方』シリーズ -----
『白い結婚の行方』の物語が始まる、前のお話です。
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
覚悟は良いですか、お父様? ―虐げられた娘はお家乗っ取りを企んだ婿の父とその愛人の娘である異母妹をまとめて追い出す―
Erin
恋愛
【完結済・全3話】伯爵令嬢のカメリアは母が死んだ直後に、父が屋敷に連れ込んだ愛人とその子に虐げられていた。その挙句、カメリアが十六歳の成人後に継ぐ予定の伯爵家から追い出し、伯爵家の血を一滴も引かない異母妹に継がせると言い出す。後を継がないカメリアには嗜虐趣味のある男に嫁がられることになった。絶対に父たちの言いなりになりたくないカメリアは家を出て復讐することにした。7/6に最終話投稿予定。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる