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忘れた頃に傷が痛む。
古傷の痛みはえぐるように身の内を蝕む。

それに気づいた時には既に遅い。
グズグズに化膿した不快感と痒み、そして重い頭痛のような長引く痛み。
その傷は既に治っているはずなのに、重く重く幻覚痛に苛まされる。

そうなったらもう仕方がない。
黙ってそれが過ぎ去るまで、身を丸めて耐えるしかない。

古傷というのは不思議な事に、何故か似たような場所に怪我を負う事が多い。

その時に比べたらかすり傷程度だったり近くをかすめただけだったりするのだが、一度深い傷を負っているが為に、物凄く機敏に全身が反応する。

そしてふと古傷が痛むのとは違い、新たな浅い傷が古傷をえぐり黒々とした血を噴き出させ、その痛みに幻覚痛が重なってエライ事になる。

こうなると仕方がないでは済まない。
声にならない叫びを上げて、誰にも気づかれないように物陰に蹲ってやり過ごすしかない。

そしてそれが治っても、ふとした時に古傷が痛むのだ。
浅い傷にえぐられた痛みもプラスされ、ろくでもない幻覚痛に黙って耐えるしかない。

周りに言ったって仕方がない。
何故なら古傷だから、今はもう、そこに傷なんかない。
どんなにのたうったとしても、それは幻覚痛に過ぎないのだ。

だが、幻覚痛だろうとなんだろうと、感じているこっちは痛いのだ。

何度も、忘れた頃に古傷が痛む。
繰り返し、繰り返し痛む。

だが、新たな傷にえぐられない限りは、その感覚はほんの半歩ずつだったとしても感じない時間は長くなっていく。
その傷に苛まれる時間は減っていく。

痛い時は仕方がない。
蹲って口汚く何かを罵り呪うこともある。
ただ一人、耐えてやり過ごす。

だが、ほんの半歩ずつだったとしても、それに苛まれる時間は減っていく。

だから大丈夫。
痛い時は仕方がなくとも、そうでない時はまともに生きていける。

だから痛みが和らいで顔が上げられたら、ただ前を睨めばいい。

古傷は古傷だ。
ただの過去の幻覚痛だ。

今に負ける痛みよりは、幾分マシだ。
痛みが引いたならそんなものに構っている暇はない。

大丈夫、まだ戦える。
まだ、自分は生きている。

痛みを感じるって事は、まだ、生きているって事だ。
だから古傷に構っている暇はない。

大丈夫。

私はもう、過去ではなくここに居る。
今、ここに居る。
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