ルサールカ

ねぎ(ポン酢)

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託されし者

ルサールカ〜託されし者

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 「ルサールカ」水辺の妖精。水難で死んだ女や洗礼を受けず死んだ幼子がなると言う。

 俺が「ルサルカ」を追ってたどり着いたのは胡散臭い老人だった。
 「ドモヴォーイ」 家を守護する老人の妖精の名だ。
 それが件のジジイの通名だった。ルサールカが女・子どもなら、今度はジジイ。全く反吐が出る。
 だが、ルサルカないしルサールカを紐解く為の重要人物だ。この機を逃す訳にはいかない。

 「ルサルカ」。
 それは俺が追っている麻薬の名だ。

 「ルサールカ」の事を「ルサルカ」とも呼ぶ事で情報が混乱したが、事件上、「ルサールカ」と「ルサルカ」は別物を指し、ルサルカは麻薬の名で、ルサールカはそれを流通させている大元組織の名のようだとわかった。

「何だって妖精の名ばかりなんだ?!全員イカれてんのか?!」

 俺は苛々しながら短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。忌々しい。俺は嫌悪感を募らせ唾を吐き捨てた。

「とはいえ、まだかよ?」

 待ち合わせているドモヴォーイは、妖精ジジイと言うだけあって、その姿を見た者は少ない。彼は常にどこかに潜んで姿を表さず、協力する相手の為に秘密裏に動く。そして得た情報を協力者に託す。そういう都市伝説みたいな探偵ないし情報屋の爺だった。

 俺がドモヴォーイの存在を知ったのは捜査努力の賜物と言いたいが、単なる悲劇的な偶然だ。元々都市伝説的に語られていたけれど、まさか実在するとも生きているとも思わなかった。 しかしルサルカを追っている間、協力者として組んでいた私立探偵の若者がドモヴォーイと繋がっていた。

 彼はドモヴォーイが援助している子どもたちの一人だった。

 仕事上、どうしようもない身の上の子どもを見つける事がある。俺の場合は保護して上司に報告。後は政府に任せる。
 だが個人で探偵をしているような場合は、手続きが面倒だったり保護している間に情が湧いたりと、違う道を辿る者もいる。
 子どもを見つけた個人探偵の中には、正式登録のない事から売買してしまう者もいるが、ドモヴォーイに発見された彼はきちんとした施設で学歴をつけ、ドモヴォーイの手足となる為に私立探偵となった。

 だが彼は死んだ。

 ルサルカの有力情報を掴んだ彼と合流しようとした際、俺の目の前で狙撃された。
 間一髪、反射的に即死部位を反らせた彼は、残された僅かな時間で全てを俺に託した。ルサルカとルサールカの違い、ドモヴォーイとの接触方法、そして一冊の暗号メモ。

「考えてみりゃ「ジン」も精霊だな。ずっと酒の名だと思ってたのによ……。」

 彼は有能だった。経験を積めば俺みたいな泥臭い刑事などよりよほど腕の立つ探偵になっていた。
 何故、可能性あふれる若者が死に、何の役にも立たないくたびれた大人の俺が生き残ってしまったのだろう。

「……………………。」

 煙草を咥え、火をつける前に箱に戻した。彼を思い出し吸う気が失せたからだ。無視し続けてきたやるせなさが胸を焼いた。
 何故、子どもや若者が先に死ぬ?俺などいつ死んだって構わないのに。思い出したやり切れない思いが、胸の奥に厳重にしまった想いを揺さぶる。

 息子が生きていたら、ジンと同い年だった。

 生まれてすぐ、気の狂った宗教団体が「妖精王の生まれ変わりの一つ」と言って攫い、息子を守ろうとした妻はその時、死んだ。血眼になって探したが、見つかったのは息子と同じように攫われたたくさんの赤子の切り刻まれた遺体の山だった。

 いつの間にか夜を包んだ霧雨が前髪を濡らす。約束の時間は過ぎた。

 今日は現れないのだなと俺はため息をつく。ドモヴォーイは警戒心が強い。そう簡単には会えないのだろう。
 ジンが死んだ事も、俺がその場に居合わせた事も、ルサルカを共に調べていた事も、彼はすでに知っているだろう。だが、だからといって簡単に接触はしてこない。今夜はこちらの様子を観察していたのだろう。俺はホテルに戻ろうと路地裏を出た。

 そしてその時、聞いたのだ。
 すすり泣くような声を。

 それは妙に耳に残った。

 歩きながらぼんやりと考える。

 「ドモヴォーイ」
 滅多に姿を表さず、物陰からボソボソと話しかけてくる妖精だが、それがすすり泣いた時は気をつけなければならない。

 それは不幸の前触れだ。

「……………………。」

 ピタリ、と足が止まった。そして直感に従いに元の場所に駆け戻る。

 霧雨の中、意識を集中し音を探す。すすり泣くような浅い呼吸音。それを探す。

「ドモヴォーイ!」

 そして見つけた。まるで悪魔祓いのように胸に杭を打たれた瀕死の老人を。

 もう助からない。

 その姿を見て俺は悟った。彼もそれを理解しているようだった。
 窪んだドモヴォーイの眼が俺を見つめ、微かに唇を動かす。弱った枝のような指先が懸命に動く。
 特殊な手話と特殊な言語。

 その組み合わせを俺は知っていた。

 苦々しい顔をした俺にドモヴォーイは頷く。俺は奥歯を噛み締め、彼に頷き返した。
 彼は俺が理解した事を読み取ると少しだけ微笑み、震える指で十字を切った。そして二度と目を開かなかった。

「……そんな事が、あるのか……。」

 俺が何故ドモヴォーイの言葉を理解できたのか……。それは息子の事件に絡んでくる。

 つまり、ルサールカは息子を奪った奴らと繋がりがある。

 運命とは?

 俺は自分に問いかける。だが生きている以上、俺はそれに立ち向かう。ここにたどり着くまでに流れたたくさんの血を背負って。

 いつか託す側になるその日まで。
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