1 / 10
託されし者
ルサールカ〜託されし者
しおりを挟む「ルサールカ」水辺の妖精。水難で死んだ女や洗礼を受けず死んだ幼子がなると言う。
俺が「ルサルカ」を追ってたどり着いたのは胡散臭い老人だった。
「ドモヴォーイ」 家を守護する老人の妖精の名だ。
それが件のジジイの通名だった。ルサールカが女・子どもなら、今度はジジイ。全く反吐が出る。
だが、ルサルカないしルサールカを紐解く為の重要人物だ。この機を逃す訳にはいかない。
「ルサルカ」。
それは俺が追っている麻薬の名だ。
「ルサールカ」の事を「ルサルカ」とも呼ぶ事で情報が混乱したが、事件上、「ルサールカ」と「ルサルカ」は別物を指し、ルサルカは麻薬の名で、ルサールカはそれを流通させている大元組織の名のようだとわかった。
「何だって妖精の名ばかりなんだ?!全員イカれてんのか?!」
俺は苛々しながら短くなった煙草を携帯灰皿に押し込んだ。忌々しい。俺は嫌悪感を募らせ唾を吐き捨てた。
「とはいえ、まだかよ?」
待ち合わせているドモヴォーイは、妖精ジジイと言うだけあって、その姿を見た者は少ない。彼は常にどこかに潜んで姿を表さず、協力する相手の為に秘密裏に動く。そして得た情報を協力者に託す。そういう都市伝説みたいな探偵ないし情報屋の爺だった。
俺がドモヴォーイの存在を知ったのは捜査努力の賜物と言いたいが、単なる悲劇的な偶然だ。元々都市伝説的に語られていたけれど、まさか実在するとも生きているとも思わなかった。 しかしルサルカを追っている間、協力者として組んでいた私立探偵の若者がドモヴォーイと繋がっていた。
彼はドモヴォーイが援助している子どもたちの一人だった。
仕事上、どうしようもない身の上の子どもを見つける事がある。俺の場合は保護して上司に報告。後は政府に任せる。
だが個人で探偵をしているような場合は、手続きが面倒だったり保護している間に情が湧いたりと、違う道を辿る者もいる。
子どもを見つけた個人探偵の中には、正式登録のない事から売買してしまう者もいるが、ドモヴォーイに発見された彼はきちんとした施設で学歴をつけ、ドモヴォーイの手足となる為に私立探偵となった。
だが彼は死んだ。
ルサルカの有力情報を掴んだ彼と合流しようとした際、俺の目の前で狙撃された。
間一髪、反射的に即死部位を反らせた彼は、残された僅かな時間で全てを俺に託した。ルサルカとルサールカの違い、ドモヴォーイとの接触方法、そして一冊の暗号メモ。
「考えてみりゃ「ジン」も精霊だな。ずっと酒の名だと思ってたのによ……。」
彼は有能だった。経験を積めば俺みたいな泥臭い刑事などよりよほど腕の立つ探偵になっていた。
何故、可能性あふれる若者が死に、何の役にも立たないくたびれた大人の俺が生き残ってしまったのだろう。
「……………………。」
煙草を咥え、火をつける前に箱に戻した。彼を思い出し吸う気が失せたからだ。無視し続けてきたやるせなさが胸を焼いた。
何故、子どもや若者が先に死ぬ?俺などいつ死んだって構わないのに。思い出したやり切れない思いが、胸の奥に厳重にしまった想いを揺さぶる。
息子が生きていたら、ジンと同い年だった。
生まれてすぐ、気の狂った宗教団体が「妖精王の生まれ変わりの一つ」と言って攫い、息子を守ろうとした妻はその時、死んだ。血眼になって探したが、見つかったのは息子と同じように攫われたたくさんの赤子の切り刻まれた遺体の山だった。
いつの間にか夜を包んだ霧雨が前髪を濡らす。約束の時間は過ぎた。
今日は現れないのだなと俺はため息をつく。ドモヴォーイは警戒心が強い。そう簡単には会えないのだろう。
ジンが死んだ事も、俺がその場に居合わせた事も、ルサルカを共に調べていた事も、彼はすでに知っているだろう。だが、だからといって簡単に接触はしてこない。今夜はこちらの様子を観察していたのだろう。俺はホテルに戻ろうと路地裏を出た。
そしてその時、聞いたのだ。
すすり泣くような声を。
それは妙に耳に残った。
歩きながらぼんやりと考える。
「ドモヴォーイ」
滅多に姿を表さず、物陰からボソボソと話しかけてくる妖精だが、それがすすり泣いた時は気をつけなければならない。
それは不幸の前触れだ。
「……………………。」
ピタリ、と足が止まった。そして直感に従いに元の場所に駆け戻る。
霧雨の中、意識を集中し音を探す。すすり泣くような浅い呼吸音。それを探す。
「ドモヴォーイ!」
そして見つけた。まるで悪魔祓いのように胸に杭を打たれた瀕死の老人を。
もう助からない。
その姿を見て俺は悟った。彼もそれを理解しているようだった。
窪んだドモヴォーイの眼が俺を見つめ、微かに唇を動かす。弱った枝のような指先が懸命に動く。
特殊な手話と特殊な言語。
その組み合わせを俺は知っていた。
苦々しい顔をした俺にドモヴォーイは頷く。俺は奥歯を噛み締め、彼に頷き返した。
彼は俺が理解した事を読み取ると少しだけ微笑み、震える指で十字を切った。そして二度と目を開かなかった。
「……そんな事が、あるのか……。」
俺が何故ドモヴォーイの言葉を理解できたのか……。それは息子の事件に絡んでくる。
つまり、ルサールカは息子を奪った奴らと繋がりがある。
運命とは?
俺は自分に問いかける。だが生きている以上、俺はそれに立ち向かう。ここにたどり着くまでに流れたたくさんの血を背負って。
いつか託す側になるその日まで。
10
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる