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前回のお見舞いから1ヶ月ほど経った。私は教育実習が始まったばかりだった。統合失調症と教育実習は相性が悪い、私は精神的にズタボロになっていた。
そんな中、祖母の具合が悪く休日もお見舞いに行けるということになった。私と母は教育実習期間の最初の土曜日にお見舞いに行った。私は祖母に会うのが怖かった。前回見た少し元気そうな祖母のイメージがまだあって、変化を恐れていた。痩せこけていたらどうしよう、目が合わなかったらどうしようと。
だが、祖母は変わらなかった。看護師が言うには、昨日までは熱があったが今日は大丈夫だという。私は相変わらず何も話さなかった。母に、
「何か話しなさいよ」
と言われても、話さなかった。
「何を話せばいいの」
「教育実習の話とかさ」
母はデリカシーがないのだ。実習1週目にして耐えられず、薬を1日5回も飲んでいるのに、その話なんてできるものか。辛すぎて毎日栄養ドリンクと薬が手放せない生活を送っているのに、楽しげに話せるものか。祖母が知る私は元気な私でいいのだ。「調子が悪い」のはMだけでいいのだ。母がしびれを切らして、
「今教育実習に行ってるんだよ、それでもう疲れたってさ。まだ1週目なのにね」
と祖母に言う。祖母は笑った。それでいい、弱音を吐く私は笑われて当然で、傷ついて病み続ける私はいけないのだ。
そうしているうちに、祖父がやってきた。
「ばあさん、元気そうでよかったなぁ。来てくれたよ」
と祖母のおでこや髪を撫でた。
「ふっくらしてシワも全然ないだろう」
「眉毛まで白かったのが全部抜けて、黒いのが生えてきてるんだ」
「白髪だったけど根元黒いだろう」
全部祖父に言われて気付いた。毎日お見舞いに行っている祖父だからこそ気付くのだろう。痩せてはいないなと思っていた。だが、眉毛や髪の毛の色まで気にしていなかった。祖母はまだ戻れるのかもしれないと思って、少し嬉しくなった。
祖母はよく笑っていた。声は出せないけれど、笑顔で祖父と戯れている。手を握って、祖父が祖母の腕を上げて祖父の顔を撫でさせる。何か話をするときも祖母の手をよく撫でている。祖父がいる時が1番嬉しそうだ。夫婦の絆は絶たれない。祖母が戻ってくれることを祈りながら二人を見ていた。
「手出してみろ」
と祖父に言われた。私は慌てて祖母の手の元に私の手を持っていく。すると、弱々しくはあったが離さないように握ってきた。水仕事でガサガサしていて、思わず無香料のハンドクリームをあげたレベルで荒れていた祖母の手は、すべすべで別人のもののようだった。私はゾッとしてしまったが、環境変化によって手の触り心地くらい変わってしまうものだと自分に言い聞かせた。
面会開始時刻から来ていたが、どうやらもう終了時刻のようだ。
「明日は兄ちゃんが来るってよ」
と祖父が祖母に言い聞かせた。いつも通り頷いていた。兄ちゃんとは父のことだ。父は日曜日は仕事が休みだから久しぶりに行くらしい。
「また来るね」
と私と母はそれぞれ祖母に言った。すると、
「いつ来るの」
と祖母が言った。はっきり口を動かして言った。私はびっくりして、
「また、ね。来るよ」
と言った。祖母が入院してから初めての祖母との会話だった。それは幻聴ではない。
そんな中、祖母の具合が悪く休日もお見舞いに行けるということになった。私と母は教育実習期間の最初の土曜日にお見舞いに行った。私は祖母に会うのが怖かった。前回見た少し元気そうな祖母のイメージがまだあって、変化を恐れていた。痩せこけていたらどうしよう、目が合わなかったらどうしようと。
だが、祖母は変わらなかった。看護師が言うには、昨日までは熱があったが今日は大丈夫だという。私は相変わらず何も話さなかった。母に、
「何か話しなさいよ」
と言われても、話さなかった。
「何を話せばいいの」
「教育実習の話とかさ」
母はデリカシーがないのだ。実習1週目にして耐えられず、薬を1日5回も飲んでいるのに、その話なんてできるものか。辛すぎて毎日栄養ドリンクと薬が手放せない生活を送っているのに、楽しげに話せるものか。祖母が知る私は元気な私でいいのだ。「調子が悪い」のはMだけでいいのだ。母がしびれを切らして、
「今教育実習に行ってるんだよ、それでもう疲れたってさ。まだ1週目なのにね」
と祖母に言う。祖母は笑った。それでいい、弱音を吐く私は笑われて当然で、傷ついて病み続ける私はいけないのだ。
そうしているうちに、祖父がやってきた。
「ばあさん、元気そうでよかったなぁ。来てくれたよ」
と祖母のおでこや髪を撫でた。
「ふっくらしてシワも全然ないだろう」
「眉毛まで白かったのが全部抜けて、黒いのが生えてきてるんだ」
「白髪だったけど根元黒いだろう」
全部祖父に言われて気付いた。毎日お見舞いに行っている祖父だからこそ気付くのだろう。痩せてはいないなと思っていた。だが、眉毛や髪の毛の色まで気にしていなかった。祖母はまだ戻れるのかもしれないと思って、少し嬉しくなった。
祖母はよく笑っていた。声は出せないけれど、笑顔で祖父と戯れている。手を握って、祖父が祖母の腕を上げて祖父の顔を撫でさせる。何か話をするときも祖母の手をよく撫でている。祖父がいる時が1番嬉しそうだ。夫婦の絆は絶たれない。祖母が戻ってくれることを祈りながら二人を見ていた。
「手出してみろ」
と祖父に言われた。私は慌てて祖母の手の元に私の手を持っていく。すると、弱々しくはあったが離さないように握ってきた。水仕事でガサガサしていて、思わず無香料のハンドクリームをあげたレベルで荒れていた祖母の手は、すべすべで別人のもののようだった。私はゾッとしてしまったが、環境変化によって手の触り心地くらい変わってしまうものだと自分に言い聞かせた。
面会開始時刻から来ていたが、どうやらもう終了時刻のようだ。
「明日は兄ちゃんが来るってよ」
と祖父が祖母に言い聞かせた。いつも通り頷いていた。兄ちゃんとは父のことだ。父は日曜日は仕事が休みだから久しぶりに行くらしい。
「また来るね」
と私と母はそれぞれ祖母に言った。すると、
「いつ来るの」
と祖母が言った。はっきり口を動かして言った。私はびっくりして、
「また、ね。来るよ」
と言った。祖母が入院してから初めての祖母との会話だった。それは幻聴ではない。
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