花粉の季節

秋彩

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1週間後、再びお見舞いに行った。一昨日熱を出したと聞いて不安だったが、祖母は車椅子に座ってにこにこしていた。車椅子を押す看護師が、
「熱はもうないですよ、元気です」
と言う。
「義母にこれを飲ませてもいいでしょうか」
と母がヤクルトに似た甘い何かを鞄から取り出す。祖父母はヤクルトが好きで、よく飲んでいた印象がある。私も祖父母の家に行った時は貰って飲んでいた。だが母が持っていたそれはヤクルトではない。
「なにそれ?」
と聞くと答えてくれたが、なんて名前か覚えていない。ヤクルトに味が似ていてとにかく甘くてカロリーがある飲み物らしい。
「どうぞ」
と看護師が言い、ストローを刺して祖母の口元に持っていく。すると祖母は飲み物をぐっと握り、中の飲み物がドピュッと飛び出た。液体は床にも零れてしまった。
「あっすみません、あんた飲ませてやって」
とベトベトになったパックを渡してきた。母と看護師は床に零れた飲み物を吹いている。
「おばあちゃん、飲める?」
とストローを口元に持っていく。きっとぎこちなかったのだろう、祖母はパックを持つ私の手を握って自分で口内にストローを入れて、飲んだ。
「飲めたね」
と言うと、祖母はにこにこ笑っていた。私はその姿に安心しつつ、違和感を感じていた。目の焦点が合わなくなっていて、私を認識してくれているのかわからなかった。
「今日はおばあちゃん調子いいね」
と言う母の言葉に賛同はできなかった。私だとわかってくれているのか不安だった。少なくともその目の中に私は映っていなさそうだった。くもりガラスで鏡は作らないだろう。私を鮮明に映した祖母の目はくもりガラスに変わってしまった。
「じゃあ、また来るね」
と部屋を出ていくときも、こちらを見てくれなかった。手についていた飲み物を舐めてみた。喉に刺さるほどの甘さで、きっと祖母はこれを美味しく感じていないだろうにと思った。祖母は薄味派だった。
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