菜の花散華

了本 羊

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本編

第19話 妃奈という人間③

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久しぶりに日本でのパーティーの招待を受けた。


パーティーとは言っても、園遊会で断ろうかとも思ったが、暁が参加すると知って、行くことを決めた。
あたしは世界で充分に認められ、暁の妻として申し分ないほどになったと自負している。
 暁も三年も経ったのだから、日月さんへの罪悪感も薄れているだろう。
 意気揚々と向かった日本でのその日、あたしは反対に打ちのめされた。




 何人かの招待客と挨拶を交わしつつ、あたしは暁を探した。
 暁の姿を見付けて、嬉しくて傍に奔り寄ろうとした時、暁の視線が釘付けになっている方向へあたしも目を向け、言葉を失った。


 桜の大木の下に鎮座している岩に腰掛ける一人の女性。日月さんだった。
この数年は、あたしや暁だけではなく、日月さんも成長していたのだと、まざまざとその姿を見て実感させられた。
 長い髪が風で舞わないように手で止める仕草は精練された女性そのもので、儚い雰囲気の中に、目の離せない美しさを湛えているその姿は、昨今の芸能業界にも存在しない逸材的なものであった。
 更にあたしを愕然とさせたのは、暁が日月さんに向ける眼差しだった。
その眼差しには覚えがある。だって、あたし自身が暁に向けてきた眼差しなのだから。




 呆然としていたあたしは暁がその場から去っても動けずにいた。
すると、日月さんと楽しそうに談笑していた悠生君の視線があたしを捉え、背筋が震えたが、悠生君は何をするわけでも口にするわけでもなく、ただ口元に笑みを浮かべた。
その笑みを見て、あたしは瞬時に悟った。
この園遊会に招待されたのは偶然ではなく、悠生君の差し金だったのだと。
 怒りに震えたあたしはその場を早々に辞し、何とか暁に会えないか模索した。
けれど、以前よりもマネージャーの対応が強過ぎて、会うことは叶わない。
そんな苛々した時間を二ヶ月ほど過ごしたある日、ある報せがあたしの耳に届いた。



 「日月さんが海外旅行中に行方不明になった」



それを聞いた瞬間、あたしは思った。


 神様からのプレゼントだと! 


でも、今度は本当に慎重に行動しなければならない。
 暁のお父さんやお母さん、悠生君や友香さんが日月さんの心配をしている内に、暁の心を慰めなくては。
 会うのにもタイミングが必要だ。
 意気揚々と計画を練っていたある日、あたしは隠れたオファーで、海外の富豪達が集う場に、華要因として参加することになった。
 社交の一貫でもあるので、あたしは自分のパトロンを見付けて力にしよう、と思った。


 当日、踊り子のような衣装を着させられたあたしは、富豪達すべての視線を集めていた。
 他に集められた女性達は悔しそうな表情であたしを見ていることがまたあたしの優越感を高める。



あたしは絶対に、欲しいものを諦めたりなんてしないわッ!



そんな中、あたしは富豪の中でも最高クラスの人達からのお呼びかかかり、お酒の接待のようなことをした。
 世界クラスの金持ち達の考えることは意味不明だ、と思いながら、笑顔でお酒を酌み交わした。
 特にあたしに熱い視線を送ってきているのは、アラブ系統の大富豪で、四十歳を過ぎているとは思えない美丈夫だ。
あたしは殊更愛想を良くし、談笑した。






いつの間に眠ってしまったのか、あたしは目覚めると宴をしていたのとは違う豪勢な部屋にいて、ベッドに寝かされていた。
お酒を飲み過ぎてしまったのかもしれない。
 眩暈を抑えて起き上がろうとしたあたしの目に映ったのは、お風呂からバスローブ姿で出てきたあのアラブ系の美丈夫だった。


そこから先はあっという間だった。
ベッドに押し付けられ、身体中を弄られ、抵抗すると、



 『既に君の事務所の社長やスポンサー達には、多額の寄付と共に了承を得ている』



 金額は、世界でモデルとして活躍しているあたしの年収の五倍だった。
それでも、両親があたしが行方不明になったら騒ぎ立てる、と最後の悪足掻きをしてみても、鼻で笑われただけだった。



 『富豪に見初められて、今は花嫁修業の最中です、と言ったら、涙を流して喜んでいたぞ』



あたしはこの時ほど、両親に今も暁を想い続けていることを伝えていなかったことを後悔し、絶望した。






 男は女性の扱いにとても慣れていて、抵抗するあたしをものともせずにそのテクニックで何度も絶頂に追いやられ、避妊もせずに何度も中に精を吐き出された。



 『初めて画像で見た時から、欲しいと思っていた』



そんな情熱的な台詞を言ってもらいたい人は別にいる。
あたしはその後気を失い、気が付くと男の豪邸に連れ込まれ、閉じ込められた。あたしが妊娠してしまえば、早いと男は言っていた。



 嫌だッ! あたしが産みたいのは暁の子どもだ!
どうしてこんなことになってしまったのッ?! 助けてッ、助けてッ! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて! 助けて!



 暁ッ! 助けて!!!




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