猛毒の子守唄【改稿版】

了本 羊

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序章

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子守唄~序章~





この物語をお聞きなさい。



この物語をかたりなさい。



この物語をお聞きなさい。



この物語をかたりなさい。









むかし狂った男がおりました。



男はなにももとめずにほしがらずに



ただ生きておりました。



もとめるものなどなにもない。



ほしいものなどなにもない。



さびしさもない男は毎日そう言っていました。









けれど、ある日、男はもとめるものができたのです。



ほしいものができたのです。



それは太陽にあいされてかがやくひとりの少女。









笑顔をしらなかった男は笑うことをしりました。



楽しさをしらなかった男は楽しいということをおぼえました。



男は少女に愛をささやきました。



はじめはこまっていた少女も男のまえでは笑顔になるようになりました。



いっしょにいてほしいとさしだした手を、少女はとりました。









狂った男は、もう狂ってはいませんでした。



少女がいれば狂わない。



だからこそ男はおそれました。



少女がいなくなったときを。



でも、少女はどこにもいきませんでした。



ずっとずっと男のそばにいたのです。



男のそばにいつづけたのです。









この物語をお聞きなさい。



この物語をかたりなさい。



この物語をわすれなさい。





















『作者 不明』










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この唄を初めて聴いたのはいつだったのか・・・・・・。



何故か耳に残り、どうしてか涙が流れてきて、父と母をとても困惑させてしまった覚えがある。

『この物語を聞きなさい、語りなさい』と歌うのに、どうして最後は『忘れなさい』なのか・・・。

今思い起こしても不思議なことではあるのだが、私はその言葉に苦しさを覚えたのだ。



「この唄はね、後世に伝えられるために残されたものではないんだよ」



「それでも今も語り継がれているのは・・・・・・、業ごうなのだろうね」



「忘れたくなかったら忘れなくてもいい」



「歌いたかったら、歌えばいい」



「後世の遺したくないのならば、誰かに聞かせなければいい」



「とても矛盾しているのだから、自分の好きなように行動していんだよ」



そんな風に、優しく頭を撫で、話してくれた父は、横で微笑んでいる母と一緒に、数ヶ月後、還らぬ人となった。







ふと、夢から醒め、椅子から立ち上がり、窓の外を見る。

小さな小さな窓から見える景色でも、煙が辺り一面に広がっていることがわかる。

この国はもう時期、終焉を迎えるだろう。

大陸一の古い年月を頂いてきた王国も、無能が頂点に君臨すれば、遅かれ早かれこうなってしまうのはわかりきっていたことだ。



これからどうなるのか・・・。

そんなことは少女の年代を超え、女性への年齢へと変貌を遂げた己にはわからぬことだ。

興味がない。

この国も、親族の王族も、自分自身すらも。

ただ一つ望むのならば・・・、再び両親の腕かいなに抱かれること。

亡き祖父にも乳母にも、頭を撫でてもらいたい。

まあ、それを抜きにしても、あの伯父一家と一緒に場所には死んでからでも行きたくはないな。

そう独り言ちて、壁に背中を預けて目を閉じる。







この時、少女ヒイシは何も知らずにいた。

自身が無知であることは承知していても、未来を知る術は誰にもないことをわかっていなかった。

これから先に待つ出逢いを、自身の人生がどう変貌していくのかも。

そして、亡き愛する者達の先にある、とある出来事への真実も――――。







そろそろか、と思い、ヒイシは身体を起こす。

どんなに遠くても、ヒイシにはその足音は必ず聞こえる。

伯父一家が捕縛されたようだ。

悪足掻きしないところは立派だが、クーデターを先導している国の王族が恐ろしいだけなのが滑稽で、その小心さが、より一層己を小物の悪党と認識させていることに気付かない愚鈍さは、ある意味でとても尊敬してしまう。

欲をかかなければ、普通の暮らしが出来ただろうに、と思うものの、あの《・・》伯父は普通の暮らしなど絶対に出来ないし、そんな穏やかな幸せを享受する人間でもないな、と思い直す。

刺激と享楽を求めることに対して何も口を挟むつもりはないが、いずれの未来、必ず破綻することが目に見えているとわからずに手を出す頭の弱さは、亡き祖父が偲ばれるほどだ。



武装した足音が近付いてくる。

自分がこれからどうなろうとも、一般に暮らしている者達の生活に何等支障はない。

そうやって世界が廻り、人間は生きているだけに過ぎないのだから。





ふと、思い立ち、本棚から本を一冊抜き取る。

ページを開き、栞代わりにしていた薄い髪留めを手に取る。

母の唯一の形見で、これだけは取り上げられなかった物だ。

まあ、興味がなかっただけだろうが。

髪をかき上げ、何の装飾もない、銀の髪留めを留める。

これぐらいならば、取り上げられたりはしないだろう。







バン!!

そんな大きな音をたてて、兵士達がヒイシの部屋に突入してくる。

鍵は早々に、伯父が明け渡したのだろう。

兵士達は暗闇に目が慣れず、部屋に差し込む光で部屋を見渡す。

その目がヒイシに固定されると、兵士達は驚愕に目を大きくさせた。







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