猛毒の子守唄【改稿版】

了本 羊

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第14唄

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ブルータは手元に数十枚の書類を引き寄せ、眼鏡を掛けて文字を確認していく。



「本来ならばロウヒ様とヒイシ様は政務等に関わりませんので、亡き前王陛下の妃であり、アトリア様とミスラ様の母君、ドーチェ様と同じで構わないところなのですが・・・」



書類に目を通しながら、ブルータは独り言には過ぎる声量で喋り、ため息を吐く。



「ミスラ様の伴侶となられるヒイシ様が、幽閉されていたとは云え、皇族教育を受けておられるのが不味いのです」



「アトリアとミスラに妻を宛がいたがっていた貴族が大勢いるからな。ミスラの結婚相手と比較して、アトリアの結婚相手を貶める姿が余裕で想像出来るな」



茶菓子を一口で飲み込んでお茶で流し込んでいたサイが、淡々とした口調でブルータの言葉の裏を補足する。



「・・・つまり、ロウヒがジルべスタンの貴族から集中攻撃されるのを避けなければならない、ということでしょうか?」



「ヒイシ様の仰る通りです。ジルべスタン国内だけでなく、ジルべスタンと繋がりを持ちたい他国の王族や貴族達からの護りも必須です」



考え込むように顎に手を添えて呟いたヒイシの言葉に、ナイが補足を伝えていく。



「ですが、前国王陛下も平民の女性を妃に、と望み、それでも国は安泰だったという実績がありますが」



「あ~・・・、それにつきましては・・・・・・」



「母上のことを貶めようと画策したりする者達は、悉く父上が排除していた」



ヒイシの言葉に、ナイがキチンと返答する前に、アトリアが事も無げに会話をぶった切った。



「あの者達はどうなったんだったかな?」



「爵位持ちは爵位剥奪、平民でも力のある者達は、揃って身包み剝がされていたと記憶していますが・・・」



ミスラとアトリアは、日常会話を交わすように物騒な発言を繰り広げる。

そんな2人を横目で見つつ、ブルータは疲れたような吐息を零す。



「・・・・・・実態はそんな生易しいものではありませんでしたがね」



ロウヒは思わず、といった感じでヒイシの手を握ってくるが、ヒイシは若干遠い目をしながらブルータから視線を逸らす。

目の前にいる双子の国王兄弟が誕生したのは、紛れもなく血筋なのだ、とヒイシは認識した。













「そこで、4ヶ月間、仮初的にロウヒ様には妃教育を受けていただきます。講師はヒイシ様と、此方で見繕い、厳選した者を揃えます。そして、4ヶ月後に、国内全土の貴族や豪商を集めた夜会を開催し、そこでロウヒ様とヒイシ様の正式なお披露目を行うこととします」



「夜会・・・」



ブルータの発言にロウヒがポツリ、と呟く。

ヒイシの脳内に流れ込んでくるものは、本の世界の中の絵を空想したようなものだ。



「そして、その更に4ヶ月後に、王都で行われる王宮内解放の市の開催にて、民達にもロウヒ様とヒイシ様のお披露目を行いたく思います」



ジルベスタン国内で開催される年に1度の市は王宮内の大通りまで解放して行う大掛かりなものだ。様々な催しが取り行われるが、目玉は王族達が市を見て回り、一般庶民の前に姿を見せることであろう。

王族も市を見、気に入った店で何かしら購入することがあれば、その店は後に長蛇の客だけではなく知名度も上がり、後見を得て、己の店を大きく出せるようになることも夢ではないのだ。



「ジルベスタンの市の見事さは私も聞き及んでおりますが、開催はもっと早い時期ではなかったでしょうか?」



記憶を掘り起こして知識を思い出すも、時期が全く嚙み合っていないことにヒイシは首を傾げる。



「ええ、本当は2ヶ月後に開催予定だったのですが、準備期間を大幅に延ばすこととなりました。陛下と閣下が揃って伴侶を迎え入れられたことは、耳聡い者達・・・庶民の耳にも入っております。ならば、市で大々的に庶民へもお披露目することが望ましいでしょう。実際、お2人のことが周知されれば、市は例年にない客数や収益を見越せますからね」



なるほど、とヒイシが納得していると、腕を引かれ、そちらを見る。



「市≪いち≫ってなあに?」



ロウヒがヒイシを見ながら首を傾げていた。

叔父がもし生きていたとしても、ロウヒは外の大きな世界を知らない。ジルベスタン王城に入った際も、混乱を回避する為に深夜の行動だったと聞いている。

ロウヒは人の多さに圧巻されたことがこれまでないのだ。



「お祭りは知ってる?」



「うん」



「そのお祭りをもっと大きくしたような感じで、国で運営される催し」



「お祭りをもっと大きく?」



ヒイシの説明に首を傾げるロウヒに、ナイが補足するように口を開く。



「普通のお祭りとは違いますが、国が後援し、屋台などが所狭しと立ち並び、普通のお祭りよりも多く人が来ることを見越して賑やかに準備が行われるものです」



ナイの嚙み砕いた説明が解りやすかったのだろう、ロウヒは頷きながら聞き入っている。



「屋台の種類は千差万別です。食べ物、装飾品、日用品等々。他にも見世物を興行しに来る者達もおりますね」



「みせもの?」



「芸や歌を披露したり、集団で行ったりもします。所謂大道芸です」



「大道芸・・・。昔、本で読んだ・・・・・・」



ロウヒがホワホワと想像している見世物だったが、ヒイシが素早く身体を縮め、手を口で塞いで俯く。ヒイシの身体が小刻みに震えている為、体調不良かと思われそうだが・・・。



「ロ・・・、ロウ、ヒッ・・・!」



何とか言葉をヒイシは発しようとしているが、それは叶っていない。



「ん? 私、ヒイシが笑いを堪えるほど可笑しな想像してるの?」



ヒイシの震える状態を看破したロウヒが首を傾げ、それにコクコクと頷くことで何とか意志表示を行うヒイシ。想像は頭の中のことなのだから払える筈がないのに、両手でパタパタと頭上を払っているロウヒは、完全に無意識化の行動をしているのだろう。

そこに言葉を落としたのはアトリアである。



「待て。ヒイシ姫はロウヒの思考は視えないのではなかったか?」



ヒイシとロウヒのお茶会の報告をキチンと受け取っていたのだろう。

室内に居る全員の視線がヒイシとロウヒに集まると、ロウヒは今もって顔を上げられずに腹筋が引き攣るのを堪えているヒイシの背中を擦りつつ、あっけらかんとした様子で口を開く。



「最初はそうだったみたいなんですけど、私がヒイシを信頼?、したから全部は視ることは出来なくても、何となく考えていることのイメージは伝わってくるんだそうです」













あの日、ヒイシとロウヒが初めて邂逅し、握手をした瞬間、ガラスのようなものが罅割れて落ちる音をヒイシは確かに耳で聞かずとも、その心が感じた。

それがどんな事象を表しているのか、当初はヒイシもわからなかったが、ロウヒとの交流を重ね、その事象の意味に辿り着くことが出来た。

自身よりも力が上か、同等の異能者の心は視通せないと思っていたが、相手がヒイシに全幅の信頼を寄せてくれるようになれば、全て、とはいかずともその者が何を想像しているのかくらいは解るらしい。

初めて知った己の異能の新たな発見に、ヒイシはただただ驚いた。



けれど、どこかそのことを嬉しく感じる自身にもヒイシは気付いた。

ジルべスタンにやって来た時はただただ死を望んでいた。

それが、今は知らなかった世界で目の前が溢れている。

戒めの言葉は未だ自分を繋いでいても、そのことを喜びと捉える感情が存在している。



『人を変えてくれるのは出会いなのよ。それがどんな出会いであれ、良くも悪くも、人間は変わっていくの』



生前、亡き母が口にしていた言葉が頭の中に過った。













自身の感傷には触れずに、ヒイシは事実だけをロウヒ以外の室内に居る者達に告げた。



「なるほど。私と陛下も異能がなければ、そうなれていたかもしれませんね」



ミスラが微笑んでそう口にした。



「「「「いや、それはない(でしょう)(な)」」」」



が、間髪入れずにヒイシを含む、サイ、ナイ、ブルータの言葉が重なった。



「・・・そこまでハッキリと言い切られるとな」



アトリアは苦笑を浮かべているが、実際問題、ミスラとアトリアの双子が完全に他者を心から信頼するなんて事態は想像が出来ない。

サイ、ナイ、ブルータの側近3名のことは信用していても、心を許しているわけではないのだろう。

きっと、ミスラとアトリアが生涯に渡って心を許し合うのはお互いの兄弟だけ。

それは何となくヒイシにもわかる。



「話は変わりますが、それならばヒイシ様はロウヒ様の異能の力がわかりますかな?」



ブルータの問いに、ヒイシは少し眉を寄せて難しい表情になる。



「流石にそこまでは・・・」



ヒイシの言葉にブルータは気にしなくてもよい、という風な笑みを返す。



「ブルータ様、そこまでは期待し過ぎでしょう」



ナイが苦言を呈するが、ブルータは首を振る。



「他者の異能が判別出来る異能持ちは呼び寄せておりますが、少しでも何か情報を得られるならばそのほうがいい」



それは確かに、とヒイシとロウヒは同時に思う。



「・・・まあ、前王陛下の時のようなことは避けたいしな」



サイがボソリ、と呟いた言葉で、ヒイシは一気に体調が悪くなったような気がして、手を口元に当てて頭を伏せる。



「ヒイシ、どこか体調が良くないの?」



ロウヒが心配そうに声を掛けてくるのを、軽く手を上げることで意思表示を返す。



「ヒイシ様の異能の力の強さを見誤っておりましたな。申し訳ございません」



ブルータがサイと一緒になって頭を下げるのを、ヒイシは若干青い顔色で眺めて首を横に振りつつ、お茶を飲んで気持ちを落ち着かせる。





サイの言葉と共にヒイシの中に流れ込んできたのは、前王陛下の時の記憶であった。

当時、ミスラとアトリアの双子の側には、サイとナイの兄弟も控えていた。ミスラとアトリアの異能を判別する際も。

しかし、ミスラとアトリアには異能全般が効力を持たない。

どうすれば良いのか、と話し合うブルータ達重鎮を横目に、前王は口を開いた。



「力の『制限』を外す方法を知っている。決断次第だが、成功した暁には望みのものを褒美としよう」



前王は知識の塊のような人間でもあったと聞くから、そういったことも調べていたのだろう。

異能者は悩んだが、やはり前王の言葉の魅力には抗えなかった。

前王は異能者だけに異能の『制限』を外す方法を教え、異能者は実行した。

それがどんな方法なのかは当人達にしかわからない。





結果、ミスラとアトリアの異能の詳細は判明した。

しかし、異能者が喜んだのも束の間だった。

突然、異能者はミスラとアトリアを見て震え始め、奇声を発した。

王族を護ろうとする者達の意志とは真逆に、異能者は窓から身を投げてしまった。8階の小規模な謁見室からの飛び降りで、生きていられるはずもない。

前王は狼狽えも動揺もせず、言葉を漏らした。



「無理矢理『制限』を取り外すとこのようになるのか・・・。気を付けねばな」













以上が、ヒイシがサイから得た情報である。

子が子なら、その親も親だな、とヒイシは思わざる負えない。

適当なお菓子を口に入れ、お茶を飲み、ヒイシは大きなため息を吐く。



「・・・・・・確証はないですが、恐らく・・・、と思われるロウヒの異能の根源は何となくわかります」



ヒイシの言葉に、室内中の視線が一斉に浴びせられる。

そのことを気に留めるでもなく、ヒイシは淡々と答える。



「声、に起因するものではないでしょうか?」



「声・・・、ですか?」



ミスラの呟きにヒイシは頷くことで肯定を返す。



「いつも何となく、ロウヒの声に違和感を感じるのです」



「私、歌うことは好きだけど、何か特別な力なんてないよ?」



「歌うことが好きなの?」



「うん、小さい頃から。でも、何も起こったことがないし」



ヒイシとロウヒの会話を聞いていたブルータが、考え込むように顎に手を添え、眉間に皺を寄せる。



「・・・・・・そういえば、ロウヒ様が生まれ育った島は珍しい果実を特産品としております。とても育成の難しい果実で、何故かその島だけが育成を成功させたと・・・」



ブルータの言葉に、室内の視線が今度は一斉にロウヒに集まるが、ロウヒは首を傾げるばかりであった。











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