猛毒の子守唄【改稿版】

了本 羊

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第18唄

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その日、ソファで、ヒイシとロウヒはグッタリと身体を沈ませていた。

常ならばそんなことはヒイシはしないのだが、先程のやり取りでとても疲れてしまい、ロウヒと共に、だらしない、という言葉を頭に浮かべる余地もなく、疲労を逃すことに注視している。



「・・・・・・貴族の女性って、こんなに服装選びに力を入れるものなの?」



「・・・まあね。私は興味なかったから、ここまで疲れるものだとは思っていなかったけど。それを趣味にしている女性陣もいるみたいだし」



「・・・気持ちがわからない・・・」



ロウヒの言葉にヒイシの頭の中で、伯母と従妹の顔がすぐに浮かんで消えていった。

今日は夜会でヒイシとロウヒが着用する為の装飾品及び、お色直し用のドレスを選んでいた。

夜会も後半月までに迫り、本着用するドレスは2ヶ月前にジルべスタンでも今一番人気で実力も飛び抜けているデザイナーがヒイシとロウヒに面通しし、創作意欲を途轍もなく刺激されたらしく、ヒイシとロウヒのドレスを最優先で製作しているらしい。

他の小物を選ぶことが、今日行われたのだ。





ソファに沈んでいる2人に、副侍女長が苦笑しながら声をかける。



「お疲れ様でございます。夜は以前からお伝えしていた晩餐会なので、それまでゆっくりお休み下さい」



「・・・! 美味しい食事を皆と食べれる!!」



グッタリしていたはずのロウヒが、目をキラキラさせながらソファから飛び上がる勢いで起き上がるのを、周囲は微笑ましい目で見ている。







ジルべスタンは昔から、夜会や茶会などの大掛かりな催しを行う際、その前に、催しの裏方を担当する者達を労うパーティーのようなものを行う。

催しほど大掛かりではないが、広い城のホールを使用して、騎士、侍女、侍従、コック達、催しに必要な物を揃えてくれる商人や業者など、多岐に渡る。

料理や飲み物は以前から外注し、取り寄せて士気を高めるのだ。

催しの開催者達も、本番では飲食などほぼ出来ない為、勿論ヒイシやロウヒ、ミスラやアトリアも参加する。城に来てからは豪華な食事を食べているとは云え、1人の食事に慣れてしまっていたヒイシとロウヒは、現在2人で食事を共にし、仕事の合間を縫ってミスラやアトリアも参加することもある。

一緒に食べず共、給仕や侍女、護衛達は控えており、ヒイシやロウヒの話に時折相槌をうってくれる。

そういったことに慣れてしまうと、流石に1人だけの食事は味気なくなってしまうものだ。



今回は気心の知れた者達同士、バズも花の納品者の為に参加するので、ロウヒは楽しみにしていたのだ。

ヒイシはそういったことを「楽しい」、とは感じないが、夜会の後で冷めた料理を食べるよりはずっと良いと感じている。









夕方近くになり、ジルべスタン恒例の慰労祝賀会の前倒しが行われた。

ヒイシとロウヒ、ミスラとアトリアは用意された椅子に座り、当人達が指定した料理を取って来てもらう、という形だった。

他の者達は全員が立食形式で食べている中で、流石に居心地が悪い、とロウヒは訴えていたが、王族は昔からそうなのだ、と色々な人達に諭されては、王族の伴侶たるロウヒは抗えず、渋々頷くこととなった。

それでも、気軽に立食している者達がミスラとアトリアに話している姿を見て安心したのか、ロウヒは楽しそうに好きな食べ物を皿に取り分けている。



「ヒイシ! 私の故郷の料理も出てるんだよ。 食べてみて!」



ロウヒが皿に取り分けた料理を、ヒイシに薦めてくる。

ロウヒがヒイシに取り分けた料理は、島民ならではの料理で魚料理が多く、知識で知るだけの、生の魚料理もある。

幽閉生活での食事事情に比べれば、食べられる、ということ自体が有難いので、一口大に切られた生魚を特性のタレに付けて口に運ぶ。



「・・・美味しい」



別に感想を口にするつもり等なかったのに、その言葉はスルリと口から出てきた。

ロウヒは嬉しそうにニコニコしている。



「やはり生魚は青魚のほうが良いな」



「そうですね」



そんなミスラとアトリアの会話が聞こえてくるが、確か青魚は鮮度が短く、運搬に非常に気を使わなければならなかったはず・・・・・・。

そこまで考えて、ヒイシは考えるのを放棄した。

ミスラとアトリアとは、生まれも育ちも違うのだから、幾ら性格に多大な難があろうとも、大国の王族として食の好みはヒイシやロウヒと大きく異なるだろう。



「こっちの料理は何?」



「それはサラダとソースを合せたカルパッチョって言うの。そのままが駄目な人でも、サラダと一緒に食べると美味しいって言ってた」



ミスラとアトリアのことは思考の隅に追いやり、ヒイシはロウヒに料理の説明を訊きながら食事を口に運んでいく。

海に囲まれた島と云うのは、魚料理が色々と発展するものらしい。



「そう云えば、ヒイシの故郷の料理ってどんな物が多いの?」



「・・・本当に山間や森林が連なっている地帯だったから、山菜料理が支流で、後は山や森で採れる色々な物かな」



ロウヒに訪ねられ、思い出しながらヒイシが口にすると、ロウヒは首を傾げる。



「山菜?」



「食べたことない? 土筆なんかが一般的に知られていると思うけど」



「え?! 土筆って食べられるの?!?」



山菜を見たことはあっても、それが食べられるものだという認識をロウヒはしていなかった。



「山菜を使った料理も勿論ありますから、持ってこさせましょう」



いつの間に話を聞いていたのか、ミスラの合図によって、山菜料理が運ばれてくる。

ロウヒは初めて見る山菜料理に興味津々で目を輝かせている。



「私が個人的に好きな山菜は、蕗のとうとゼンマイ、ツワブキ、ミョウガかな」



ヒイシが手で示した料理を、ロウヒは恐る恐るカトラリーで取り、ゆっくりと口に入れて咀嚼する。



「優しい味で美味しいね。私は甘辛く煮込まれた料理が好きかなぁ」



そう言いながら山菜料理を口に運ぶロウヒに微笑みかけながらも、ヒイシも山菜を油で揚げた物を口に入れる。

匂いや味は、思い出を喚起させるものだと以前読んだ本に書いてあったが、その通りだな、と思う。

ミスラとアトリアは山菜料理も食べたことがあるのか、忌避せずに口にして、感想を伝えあっている。

多国間と大きく国交を結ぶジルべスタンは、色々な料理が流入してくる。

それを忌避せずに食べている姿は、2人が国を背負う王族なのだと改めて思い出させた。





「陛下、閣下、ロウヒ様、ヒイシ様、今日はお招きに与り、有難うございます」



料理を食べていたヒイシ達4人の前に、バズが美しい細工の施された箱を持ちながら、臣下の礼をとる。



「バズにはいつも夜会や大掛かりな催しの際にはお世話になっていますから、今日は遠慮せずに色々と食べて帰って下さい」



ミスラの言葉にバズが深く頭を下げて、箱を従者に差し出す。



「こちらの箱の中には、私が育てた花で作った砂糖菓子が入っております。まだ市場には出回っておりませんが、陛下方には是非すぐに献上したくお持ちしました」



アトリアの手の合図で従者が箱を開けると、ロウヒや側にいた侍女達の目が輝き始める。

ヒイシもその菓子の美しさに表情には出さないものの感嘆してしまう。



形をそのまま残した花々の砂糖漬けは纏った砂糖でキラキラと輝き、砂糖漬けの花を使ったカメオの形をしたお菓子は、本物のアクセサリーのようだ。



「素晴らしいな。是非商品化に王宮も力をいれよう」



アトリアの褒め言葉に、バズが心底嬉しいと云わんばかりに顔を綻ばせる。

そんな姿を、幾人かの男性達は見惚れながら眺めている。



「バズは食事をきちんと食べているか?」



アトリアの何気ない問いかけにバズが答えようとするよりも先に、バズに目の前に、料理がたくさん盛られた皿が差し出された。

サイが無言で、バズに料理の盛られた皿を差し出しているのだ。



「有難うございます。将軍」



笑顔で皿を受け取るバズを一瞥し、サイは料理の方へと足を向けて行ってしまう。



「どの料理も美味しそうで迷っていたら、将軍がお薦めを教えて下さると仰っていただいて」



バズの恥ずかしそうな照れ笑いに、ロウヒが表情を緩める。



「将軍って、寡黙で何も喋らないし、何でか恐い印象があったんだけど、優しいんだね」





ヒイシに笑って告げるその言葉に、無言でロウヒの肩を突き、周囲を見てみるように促す。

黙々と食事をするヒイシと笑顔のロウヒとバズ以外、全員が硬直したように動いていない。

唯一、ミスラとアトリアは何かを察したらしく、笑いを嚙み殺している。

そんな中でも1番唖然とした表情をしているのがサイの弟のナイで、フォークに刺した料理を皿に落としたまま、口をあんぐりと開けている。

ロウヒが首を傾げ、バズが途惑っていると、ナイが息を吹き返したように料理を放り出し、どこかへと消えていった。



「どうしたんだろう?」



「・・・・・・さあ」







これでバズの逃げ道が塞がれ始めたな、と食事を咀嚼しながらも、ヒイシはそんなことを考えていた。





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