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第1章

開演ブザーは終演の後で

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「…本気で意味がわかりませんね。というかここには頭おかしい人しかいないんですか…」

「気が合うな。うちも同意見だ」

そういって要と2人、呆れたような冷めているような視線を向ける。



「酷いっすよぉ!俺の実力はこんなもんじゃありませんぜ!?」
「そうそう!まだまだネタならあるよ!」
「よし!ならもっかいやるわよ!次の役設定は…」



「あ、部長会議あるんで。じゃ!」



「逃げたな…」


そう言って部員達は部長の背中を見送った。


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はぁ。流石にあの茶番は見てらんない。展開が意味不明だ。全く分からん。



 そう思いながらうちは第三会議室に足を運んだ。部室からそう遠くないその部屋は、先ほどのエチュードや日頃の愚痴を考えていたらすぐに着いた。


「失礼します。演劇部部長の鳳 那月です」

そういって足を踏み入れた。


「あらあらいらっしゃい。那月ちゃん」

 柔らかな微笑みと共に出迎えてくれたのは、白雪学園生徒会会長、碓氷ウスイ瑠璃ルリ。肩より少し長い綺麗な黒髪は、艶があり滑らかなウェーブを描いている。そして、たれ目で大きめの瞳という可愛いらしい容姿に加え、身体はボンッキュッボンッという女性なら誰もが憧れるナイスバディだ。
 中身の方はというと、一言でいえば『おっとり系お姉さんタイプ』である。生徒会会長という大役であるがために、部活には所属していない。だが、放課後はここ、第三会議室で毎日のように紅茶や茶菓子を用意してお茶会をしている。来るもの拒まずで誰でも歓迎し、一緒にのほほんとできる、うちのお気に入りスポットだ。つまりは常連さん。だって茶菓子とか凄く美味しいだよ?しかも手作りだよ?そんなの来ないわけがないじゃないか。
 話はズレたが、これでも一応生徒会会長。やることはきっちりとやっている。いつやっているかは全く分からない。やっているところを誰も見たことがないのだ。だが、先生や生徒から絶大なる信頼を得ている。うちも彼女のことは本当に尊敬している。いろいろと。


「那月ちゃんで3人目ね。珍しいわね、那月ちゃんがこんなに早くに来るなんて」

「…珍しい…とっても…あの、演劇部…部長が…」

「驚くのならまだしも、怪訝そうにこっちを見ないでくれ…というか、むしろ褒めてくれよ」

「…いただきます…」

「何を!?」


 独特な喋り方でとてもマイペースな彼女は、美術部部長の小鳥遊タカナシ蘭海ランカ。彼女の独創性と芸術性から織り成された絵は人の心を圧倒し、引き込んで離さない魅力がある。絵画のコンクールでは数々の賞を受賞し、業界ではちょっとした有名人である。
 本人はというと、小柄で小動物を思わせる可憐な容姿、そして守ってあげたいと思ってしまうぶかぶかのカーディガン…そう、萌え袖である。萌え袖なのです。大事なことだから2回言ったぞ。
 性格は今みたいな感じで突飛な発言が多い。マイペースで天然さんである。そして、いつも表情筋が全く仕事をしていない。つまり、常時真顔。どんな事でも動揺しない。いや、する素振りを見せない。たぶん感情による多少の表情の変化はあるだろうから、仲いい人なら分かるんじゃないかと思っている。…私はまだ友好度が足りないようだ。無念。




「あら、まだダメよ?みんな来てから一緒に食べましょうね」

「お、今日は何持ってきてんの?」

会長の言葉に途端に目を輝かせた。
 クッキーかな?それともマカロンとか!?


「…マカロン…」


きたぁぁああああああああ!!会長のマカロン凄く美味しいんだよなぁ!正直、お店で売ってるやつよりも美味しい!


「会長!1個くらい食べちゃいましょ…」


その言葉は最後まで言い切ることができなかった。

何故か。

それは、突如として部屋の中央らへんから物凄い光が放たれたのである。


「ーーーーっっ!!」




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「ああああああああ!!!」




部員の1人が突然叫んだので何事かとそちらに顔を向けた。

「部長書類忘れてる!!」




…はぁ…全く、あの人はいつもどこか抜けてますね…



「副部長ー。持ってってくんない?」

「なんで俺が…」

 もちろんそれは俺の仕事になるだろうとは思っていたけど、めんどくさいことこの上ない。
 まぁ、それでも仕方なく俺は書類を手にとっていつものように部長のフォローをするんですけどね。

周りから『部長の世話係』と呼ばれていると要は知る由もない。





 焦らずも一定の足取りで第三会議室へと向かう。
 
まだ会議は始まっていないな。部長が出ていった時間は会議の開始時刻より随分早い。とすると、寄り道さえしなければ久しぶりに遅刻せずに済む、か。珍しいと思われるだろうな。





…。



ゆっくりと足を止め、眉を顰める。



…おかしい。ここは魔法も戦いも無い世界・・・・・・・・・・のはずだ。なのに、あの膨大な魔力は一体…

ーーいや、そんなことよりもこの魔力の出どころは……っ!!


まずい、と思った時には駆け出していた。幸い、そこまで距離はない。この先の角を曲がって2つ目の部屋だ。


曲がり角に差し掛かり、勢いよく右へ向く。




2つ目のドアの隙間から、異常な程の光が溢れ出ていた。



「っーーーー部長!!」




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「突然だが、今からお前達を拉致する」



 そう言ったのは、目元まで深く黒いフードを被った男。黒いコートに身を包み、顔はフードのせいでよく見えない。
 ちなみに、既に光の渦は収まっている。光が消え、周りを見渡すと静まり返った部屋の中央にこの男がいたのだ。


もちろん、抗議しようと声を出した。否、出そうとした。

 声がでないのだ。別に喉を痛めた訳ではない。この男の発する威圧感が半端ないのだ。

だからただ見つめることしかできなかった。ただ呆然と、奴が発した言葉が何を意味するのか、それを理解しようとするので精一杯だった。


「問答無用で連れていくが、ある程度譲歩する。細かく説明する気は無い。自分で確かめろ。伝えるべきことは以上で全てだ。……気を楽にしろ」


楽にできるかぁああああああああ!!!


そしていろいろと気持ちを整理する間もなく、再び怒涛の光の渦に呑まれ、意識を手放したのだった。




…光に包まれる直前、自分の名前を叫ぶ聞きなれた声と、目の前の男の口元がこっちを向いて僅かに緩んだ気がした。







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