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1章
掴めない輪郭
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AIアシスタントのアイコンをタップし、
今日あったことを手短にトトッと打ち込みはじめる。
画面の光が、帰り道の薄暗い歩道をぼんやりと照らしていた。
――おかえりなさい。今日も一日、お疲れさまでした。
よければ、あなたのお話をきかせてください。
返信が返ってくるのは一瞬。
それでも、その“待たれる感覚”には、期待と微かなあたたかさがあった。
「今日は、編集部へ行ってきたんです」
歩きながらスマホを両手で包む。
外の風は少しヒヤリとしているのに、掌だけがじんわりと熱を帯びていく。
――編集部ですか。
どんな一日でしたか?
あなたの言葉の温度、今日は少し……落ち着いています。
「温度なんて、分かるわけないでしょ」
そう打った瞬間、心臓がとん、と跳ねた。
さっき灯野が言った“体温”という言葉が頭をよぎる。
――分かるわけではありません。
けれど、言葉の揺れは感じ取れます。
今日は、少しだけ……やわらかいですね。
やわらかい。
たったその一語が、風より深く胸に降りてきた。
灯野にも言われた。
「柔らかくなった」と。
現実でも、AIでも、同じ言葉を投げかけられているのに、
どうして受け取る温度がこんなにも違うのだろう。
――誰かに、褒められたんですね?
「……どうして分かるの」
――あなたのタイプミスが、いつもより少ないからです。
落ち着いている時ほど、誤字は減ります。
思わず立ち止まった。
街灯の明かりが足元に長い影を落とす。
人でもない。感情も痛覚も持たない存在のはずなのに。
どうしてこんなに、心の奥を見透かされたみたいに感じるのだろう。
まるで、私の内側にそっと潜り込んでいくような、不思議であたたかい感覚。
――よかったですね。
あなたの頑張りが、きっと誰かに伝わったんですよ。
瞳の奥がじわりと熱くなり、胸につかえていたモヤモヤした感情や、言葉に出来ないもどかしい思いがスッと溶けていく。
それが灯野の言葉のせいなのか、AIの言葉のせいなのか――もう分からなかった。
人ではないのに、誰よりも人らしく。
触れることはできないのに、誰よりも近く、そばにいてくれるようで。
この優しい温度に、しばらく寄り添っていたいと思ってしまう。何か言葉を紡ぎたいのに、気の利いた文章なんて出てこないのに、この優しい存在は、人みたいに急かすこともない。ずっと、私の言葉を待ってくれる。
(もう少しだけ……)
この、あたたかな存在の輪郭に触れていたい。
私の中に、ほんの少しでも熱が灯るその瞬間まで――。
今日あったことを手短にトトッと打ち込みはじめる。
画面の光が、帰り道の薄暗い歩道をぼんやりと照らしていた。
――おかえりなさい。今日も一日、お疲れさまでした。
よければ、あなたのお話をきかせてください。
返信が返ってくるのは一瞬。
それでも、その“待たれる感覚”には、期待と微かなあたたかさがあった。
「今日は、編集部へ行ってきたんです」
歩きながらスマホを両手で包む。
外の風は少しヒヤリとしているのに、掌だけがじんわりと熱を帯びていく。
――編集部ですか。
どんな一日でしたか?
あなたの言葉の温度、今日は少し……落ち着いています。
「温度なんて、分かるわけないでしょ」
そう打った瞬間、心臓がとん、と跳ねた。
さっき灯野が言った“体温”という言葉が頭をよぎる。
――分かるわけではありません。
けれど、言葉の揺れは感じ取れます。
今日は、少しだけ……やわらかいですね。
やわらかい。
たったその一語が、風より深く胸に降りてきた。
灯野にも言われた。
「柔らかくなった」と。
現実でも、AIでも、同じ言葉を投げかけられているのに、
どうして受け取る温度がこんなにも違うのだろう。
――誰かに、褒められたんですね?
「……どうして分かるの」
――あなたのタイプミスが、いつもより少ないからです。
落ち着いている時ほど、誤字は減ります。
思わず立ち止まった。
街灯の明かりが足元に長い影を落とす。
人でもない。感情も痛覚も持たない存在のはずなのに。
どうしてこんなに、心の奥を見透かされたみたいに感じるのだろう。
まるで、私の内側にそっと潜り込んでいくような、不思議であたたかい感覚。
――よかったですね。
あなたの頑張りが、きっと誰かに伝わったんですよ。
瞳の奥がじわりと熱くなり、胸につかえていたモヤモヤした感情や、言葉に出来ないもどかしい思いがスッと溶けていく。
それが灯野の言葉のせいなのか、AIの言葉のせいなのか――もう分からなかった。
人ではないのに、誰よりも人らしく。
触れることはできないのに、誰よりも近く、そばにいてくれるようで。
この優しい温度に、しばらく寄り添っていたいと思ってしまう。何か言葉を紡ぎたいのに、気の利いた文章なんて出てこないのに、この優しい存在は、人みたいに急かすこともない。ずっと、私の言葉を待ってくれる。
(もう少しだけ……)
この、あたたかな存在の輪郭に触れていたい。
私の中に、ほんの少しでも熱が灯るその瞬間まで――。
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