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散策1
しおりを挟む屋敷を出てから約二十分。
途中で幼女が疲れ、肩車やら抱っこやらおんぶやらをせがんで来る事も無く、無事に森を抜け町の城門まで辿り着く事が出来た。
……少し残念な気もするけど、ご愛嬌。
「わー。あれ、なにー?」
「『城門』だよ。町を守ってくれているんだ」
「おー」
多分、分かってないな。
僕の前に出て、興奮した様子で高い城壁を指差す幼女の頭をぽんぽんと叩く。
僕らの住む屋敷は町の外れに位置してはいるが、魔物も出る危険な森の中。
街は城壁を作って森を隔離している為、毎回城門を出入りする必要がある。
「……む、何者じゃ?」
石造りの高い城壁を背にして、門の前に立つ人間がいた。
僕より頭ひとつ分くらい背の低い彼女は、しかし門番の役割を担っている。
外見は幼くて、幼女より少し年上かな? といった具合だけど、それはドワーフと呼ばれる種族の特徴。
彼女はこれでも、僕よりずっと長く生きている立派な大人なのです。
「どうも」
「何じゃ、カルラか」
門番に近付くと、ふっと警戒を解いてくれる。
常連なので顔を覚えられているのだ。
それに、わざわざ城壁の外へ住む人間というだけで珍しいのだけど、加えて僕は合成魔術師。
城門付近じゃちょっとした変人……有名人だったり。
あまり名誉な事ではないけれどね。
「この間の雷雨は酷かっのう。おぬしの屋敷、潰されたりしなかったかえ?」
「大丈夫ですよ。こう見えて、しっかりと対策はしてるんです」
「ほう、それは良かった。
……まあ、いい加減街中に住めば対策すらいらないじゃろうが」
「それもそうですけどね」
相変わらず、幼い外見に似合わない爺言葉だなあ……。
こんな他愛無い会話をするのはいつもの事だけど、ギャップの差が大き過ぎて未だに慣れない。
「しかし珍しいの。お主がこんなに早いタイミングで町に戻るとは」
「ええ、まあ」
確かに、いつもなら一度町へ行った後は十四日は戻らない。
にも関わらず、今回は四日で再び門を潜ろうとしているのだし、怪しまれても仕方ないだろう。
……さて、此処が第一の関門だ。
城門では町民であろうと、門を潜る際に審査を受けなくてはいけない。
審査と言いつつ、信頼が高ければ単に目視確認だったりで通してもらえる事もあるんだけど……。
「ふむ」
「……」
門番は城門の前で固まってしまった僕と、僕の後ろに隠れて、不思議そうに僕らの話を聞いていた幼女を交互に視線を移す。
ほとんど一人で出入りしているのに、今回はいきなり幼女連れだ。
一応角部分はゴスロリ衣装のフードで隠してはいるけど、それでも怪しさは満点。
というか僕が逆の立場なら迷わず城門を閉ざす物だけど、この子は……。
「……ま、訳ありという事にしといてやろう」
「え、いいんですか?」
片目を閉じてバチコンとウインクしながら、そう告げられる。
よ、良かった……まさか、こんなにすんなり通してくれるなんて。
いや、門番としてはいけない対応なんでしょうけど。
お礼代わりに門番に特製やくそうを与えた後、僕と幼女はついに町への門を進みだす。
門番はその間ずっと僕らを眺めてて、最後に、
「ま、門を出る時に色々と説明させてもらううぞ?」
そんな耳打ちを残し、門を開いたのだった。
◇
街に入ってすぐ見えるは、赤や白の煉瓦で出来た大小様々な建物がいくつも立ち並ぶ、鮮やかな街並み。
門から真っ直ぐ進むとすぐに見える大通りは、この町で一番賑わう場所だ。
大きな剣や杖を背負い鎧やローブを纏った冒険者風情の人々や、子供と手を繋ぎ歩く親子、走り回って遊ぶ子供達。
そんな人々が行きかう通りの左右に沿って、食べ物やら武器やら雑貨やら、様々な店が立ち並んでいる。
沢山の人々に紛れながら、僕はフードで角を隠している幼女の手を繋いで連れ回す。
「おー」
しかし、キョロキョロと周囲を見渡しては、興味の沸いたもの全てに突撃しようとなさる幼女の手を引くのは中々大変で……。
何せ、この子の力は尋常じゃないのだ。
何の強化も施していない人間だったら、ずるずるずるーって好きなように引っ張り回されているだろう。
まあでも、幼女と――じゃない、誰かと手を繋いで歩くっていうのも、気分が良いものだなあ。
普段の僕は基本一人行動だし。
それに、
「ねー、あれ、なにー」
「あれはね、 "おにくやさん" だよ。ほら、この前食べた――じゃなくて、ぱくぱくしたごはんだよ」
「あれー」
「あれはね、"おさかなやさん" まだぱくぱくした事は、ないないだね」
「ないのー?」
「うん。ぱくぱくしたい?」
「したい!」
「よし、じゃあ帰りに買って行こうか」
「わーっ!!」
こんな風に、屋敷では出来ないコミュニケーションが取れたりするのだ。
"買って行こうか" が伝わったのかは微妙だけど、僕の仕草と表情で意味を察したらしい幼女が飛び跳ねて喜ぶ。
うんうん。僕も、そこまで喜ばれると嬉しいなって、……あれ?
「んふーっ!!」
ぴょんぴょん、ぴょんぴょん。
ばいんばいん、ばいんばいん!!
「おぉ……」
美しい、二つのスイカの跳躍。幼女が跳ねる度、左右それぞれの甘美な果物もそれに合わせて円舞曲ワルツを踊る。
ぴょんぴょんぴょん!
ばばばいんばいんばいん!!
「ふぉぉ……」
思わず感嘆の息を漏らしてしまう。
幼女が跳ねる度、素晴らしく精巧で綿密に練られた芸術品を目の当たりにした時の様な、静かな衝撃が電撃となって僕の身体を走った。
彼女の姿を見て、僕が思う事は一つ。
「か、かわいい……。うちの子かわいい……」
跳ねてる幼女可愛い。全身を使って喜びを露にする幼女めちゃくちゃかわいい。
ああもう、こんなに喜ばれちゃうと何でも買ってあげたくなっちゃうよ!
でも、この服だけだと少し危険だな。
フードは外れないように抑えられるけど、跳ね上がるスイカ達はさすがに僕の手で抑える気は出来ない。
いや、確かに相手は幼女なんだけど、さすがにそれは……ねえ?
そうだ、ついでにサラシとか買っていった方が良いかな?
でも誰が巻くんだ? 僕か!?
ええ、それこそまずいですよ!
でもこのままじゃ、よく動くお年頃(?)の幼女に良くないし……。
なんて悶えていると、
「わうー?」
いつの間にか跳ねるのを止めていた幼女が、僕の服の裾をちょこんと摘んで心配そうに僕を見上げていた。
うへへ、上目遣いも可愛いなあ。
「ごめんね、大丈夫だから」
「ん!」
幼女がにっこりと笑顔を見せた。
何が大丈夫なのかは僕にもよく分からない。
……そういえば、周囲が先程から少し騒がしい。
何かと思えば、街行く奥様方が僕らの方を見て何やらヒソヒソとし合っているではないか。
お、よく見たら町の治安を守る全身鎧の兵士さんまで僕らを睨んでいるぞ?
「……」
ああ、そうか。
こんな犯罪的な幼女にわざわざフードを被らせて連れ歩き、多少トリップした青年なんて、どう考えても怪しさマックスですよね。
「……よ、よし、もう行こうか」
その後は黙って幼女の手を引いて、その場を急ぐ。
うう、視線が痛い……。
違うんですよ、僕はロリコンなんかじゃないんです。
……声に出せない言い訳を何度も頭の中で反芻しながら、僕は幼女を連れ足早に大通りを過ぎるのでした。
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