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恐ろしい弟子
しおりを挟むカナデ・ノーリターンは天才である。
曰く、幼少期から全ての属性魔法を中級段階まで習得。
曰く、勉学に秀で、八歳にして全ての学問の基礎試験を終了。
曰く、現十二歳でありながらS級魔術師として名を馳せる冒険者となった。
曰く、現在は全属性の上級魔法を使いこなすべく魔術協会に住み着いている。
……等々、他にも数え切れないほどの伝説的記録を持つ天才少女なのだ。
その容姿も、まだ少女の身でありながら同棲・異性選ばず100人中99人が魅了されるほど。
腰まで伸びる清楚系の黒髪をサイドテールにして、常にS級の証である白ローブを纏い行動する、少し大人びた雰囲気を纏う美少女。
じゃあ、何故そんな天才少女が僕を『師匠』などと呼ぶのか、という所だけど。
……それは単に、彼女が『合成魔術』に関してはからっきしダメだからである。
『合成魔術』はどの属性にも属さない、いわゆる無属性として扱われる魔術だけど、
扱う為に必要な魔力の消費数や難易度に比べ、出来る事が非常にしょぼいとされているので、普通であれば学ぼうとすら思わない。
でも、彼女は完璧主義であるが故にそっちも学ぼうとしているのです。
しかし、彼女は絶望的に『合成魔術』に関する才能は無いらしく、いつも失敗ばかり。
『合成魔術』に関してはトップクラス、というか他にまともに使えるような人が居ないから僕を頼るようになって、いつの間にか、
稀代のぼっち魔術師である僕を『師匠』なんて慕う様になってしまった。
そうやって引っ付かれているうちに、周囲からは『まるで兄妹みたい』なんて評されるようになった。
僕にとってもそれは悪い気はしないし、本物の妹の様に思ってはいるんだけど……。
最近、彼女が怖い。
街へ行くたび、どこからともなく現れてくる彼女が怖い。
10日以上会っていないと、何故こんなにも間隔を空けたのかと小一時間ほど問い詰めてくる彼女が怖い。
会う度に『実験に使うんですっ』と言いながら僕の髪を1本頂戴していく彼女が怖い。
だから、今日はなるべく接触を避けたかったのだけど……。
◇
突如現れた自称弟子に連れられて、僕は目的の十四階に行けぬまま塔の外へと出てしまった。
カナデに手を引かれるままに大通りまでやって来て、適当な飲食店に引きずり込まれる。
「特盛フルーツボンバーケーキを2つと、ハーブティーを2つお願いします!」
慣れた段取りで注文を伝え、古びた木製の椅子にテーブルと向かい合わせで座らされる。
あの、僕そのボンバー何とかってやつ、食べきれる自身無いんですけど……。
「それで、お師匠様」
抗議の声を挙げる暇も無く、カナデが僕に鋭い視線を向ける。
ああ、これだ、この目つき。
これに晒されると、自然と背筋ピンとしちゃうんだよね。
「私が怒ってる理由――分かります?」
「な、なんでしょう」
心当たりはあるけれど、自然と口からそんな台詞が出る。
勿論カナデの目つきは更に鋭くなって、
「とぼけないでくださいっ! どうして街に来たのに、真っ先に私に会いに来てくれないんですか!」
机をバンっ! と叩き、身を乗り出して大声で叫ばれる。
ひええ、ヒステリーだあ……。
他の冒険者達がひそひそと僕らを見て話し始める。ああ、視線が痛い……痛くなってばかりだな、今日。
でもまあ、確かに最近避けすぎたかもしれない。怒られるのは仕方ないかな。
とりあえず弁明しよう。
「ごめん、カナデ。今日はちょっと忙しくて、」
「お師匠様が忙しいわけないでしょう!」
再びバンっ! と音を立て、そんな否定をされる。
そ、そこまで強気に言わなくても。
お師匠は悲しいです。
でも、嘘はついていないし……。
「本当なんだよカナデ。信じてくれないの?」
「信じません」
キッパリ。泣きました。
「だってお師匠様、男友達は愚か、女性の方の影も無いし、魔術協会では避けられてるし……
そんな稀代のぼっち魔術師であるお師匠様に、唯一の頼れる弟子である私を差し置いて出向く用事など、存在するはずがありません!」
どうしよう。弟子の深い愛に涙が止まらない。
「むしろ、お師匠様は私だけ見てればいいんじゃないですか? あ、そうだ、使い魔になります?」
「それだけはやめて……」
使い魔というのは奴隷魔法の上級呪文だ。解くのは僕でも結構難しいし、何よりこの子の言いなりになるのは危険な気がする。
全く、どこまで冗談で言っているのだか。
「まあ、今回は許してあげます。心の広い私に感謝して依存していずれ奴隷になってください」
「ありがとう、カナデ。感謝だけはしておくよ」
「釣れませんね……」
チッ、と舌打ちが聞こえたのは気のせいだと思いたい。
「お待たせしました。ハーブティーです」
一旦会話が切れたのを見計らったのか、店のメイドさんが僕らのテーブルにハーブティーを並べて行く。
お互いに一口だけ頂くと、少しだけ冷静になる。
ううん、やっぱりハーブティーは美味しいな。家でも作ろうか……。
うん、そうしよう。きっとユニコも喜ぶだろうし。
帰りに茶葉セット買うの、忘れないようっと。
「……お師匠様? もしかして今、他の女の事考えてます?」
「まさか。僕の頭はいつだってカナデで一杯だよ」
「…………………………………………そう、ですか」
顔を真っ赤にして俯くカナデ。
よし、チョロい。
今のは危なかった。今の怒り方だと、ユニコについて話すまで脅されていたかもしれない。
何ていうか、考えるまでも無く、この子にユニコの……幼女の話をするのは危険過ぎる気がするからね。
というかこの子、最近勘が鋭すぎるよ。怖いよ。
「それで、今日は何か用事があるの?」
こっちが優勢になっている間に話を進める事にする。
早く本題を済ませなきゃ、ユニコをいつまでも待たせることになるし。
「そ、そうでした。今日は用事があって探していたんです」
「だよね」
まるで用事が無くても常に探しているみたいな言い方だ。間違ってないのが恐ろしい。
まあいいや。
さて、今日の用事は何だろう。
僕はハーブティーのカップをもう一口だけ啜り、カナデの言葉の続きを待つ。
こんな師匠と弟子だけど、何だかんだで頼って貰えるのは嬉しいのだ。
だから出来る限り、彼女の相談には乗ってあげたい。
「その、えっと……」
……カナデは真っ直ぐ僕を見つめ、やがて口を開く。
「実は――」
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