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1.底辺ギルドとBカップ
召還
しおりを挟むぐわんぐわん、と世界が大きく揺れている。
一定のリズムを取りながら、どどん、と大きな音が響く。
大きな音と振動が響くたび、僕の頭は鉄の塊でぶん殴られている様な激しい痛みを訴える。終わりの見えない苦痛の中で、僕は小さく呻き声をもらした。
いっつう……。
痛みは古い余韻を伴っていて、意識が目覚めるまでの間、ずっと苦痛が続いていたのだろうと予測できた。
大昔に一度だけ熱を出したことがあるけれど、その感覚にとてもよく似ている。根本的なところで天使は人間と変わらない。人間じゃない僕は、そうやって自分が特別でない事を認識していた。
懐かしい、今はもう遠い日の思い出。
しばらくして痛みが引いてきて、やっと手足の感覚がはっきりしてくると、どうやら自分が仰向けになっている事が分かった。心地よい風が身体を触り、熱を持った身体を癒していく。
頭の痛みがふわふわとした不思議な感覚に変わっていくにつれ、自分の頭が何か柔らかいものの上に乗っている事を認識した。枕か何かだろうか。それにしてはやけに弾力とハリがある気がする。今まで一緒に夜を過ごしてきた枕の何倍も心地良く、すーっと痛みが消えていく。これなら身体を動かしても大丈夫だろう。
「ん…・・・」
とにかく何が起こったのかを把握するため、重いまぶたを開けた、その時だった。
「あっ」
「……んあ?」
ずっと暗闇を見続けていたせいか、突然の光にチカチカ点滅する視界が明けていく。
そして、その先にあるエメラルドグリーンの高原を幻視した。それがぱちくりぱちくりと、何度も暗転を繰り返す。
それはまるで、瞬きを繰り返す人の瞼のように。
「……」
というか、人の瞼だった。
「え、なに!?」
「ひゃんっ!?」
僕と、その人間とが反応するのはほぼ同時だった。
お互いに離れようとして、身体が意思とは無関係に動いておでこをごっつんこ。とってもベタでメジャーなおいしい場面だったけど、やったー恋愛漫画のワンシーンみたい! と僕が素直に喜べる余裕が無いくらいに痛かった。やってみて分かる、漫画と現実の違い。現実はそう甘くなかった。のた打ち回りながら三次元へ恨みを募らせる僕。
「す、すみませんっ」
散々のた打ち回った後に患部を押さえてさめざめと悔し涙を流す僕の前へ、さっきの人間があわあわと近寄ってくる。平気だと手振りで挨拶しながら、声のする方を見た。
「……だ、だいじょーぶ。それより、君こそ」
痛みに耐えて紳士で心優しい天使を演じようと動いた舌が、不意にその動きを止めた。
僕の視界に映った人間は、まだ幼い少女だった。しかし、ただの少女ではない。
「……あの、えっと……」
「……」
魂が抜けたように固まった僕は少女を凝視する。
肩まで伸びる、サラッとしたシルバーブロンドの髪は一本一本絹のように繊細で、ちょこんと結んだサイドテールが少女特有の少々ぷっくりとした輪郭によく似合う。
こちらを見つめてぱちぱちと瞬きを繰り返す瞼は大きく、先ほどまで至近距離にあったエメラルドグリーンの瞳は、少女の華奢な体と相俟ってより幼さを引き立てていた。
しかし何より驚きなのは、彼女の纏う巫女服のような着物の上からでもうっすら分かる、志高く聳え立つ双山。まだ大きなものではないが、少女の体系を踏まえ推察される年齢から考えると、それは美しく尊く僕の視線を引き付けて離さない。
「おわん――」
ごきゅり、と唾を飲み込む。
僕が少女を女の子として見るのはBカップからだ。
Bカップとは非常に均衡の取れた素晴らしい値である。少女が女の子へと成長する奇跡の瞬間であり、或いは女の子が胸をコンプレックスとする際に一番引き立つ値である。
僕は巨乳も好きだった。けれど何より、Bカップが一番好きなのだ。今気付く事の出来た、今まで気付く事のなかった本当の好み。本当の自分。そして目の前に立つ少女は、どこまでいってもBカップであった。故に、
「ほ、ほんとに大丈夫ですか?」
「はえっ」
少女の鈴を転がした様な綺麗な声に、トリップしていた意識が戻る。危ない。もう少しで引き返せなくなる所だった……。
こんな状況でトリップしそうになるのも、まだ頭が完全に冴えていないからかもしれない。僕は何をしていて、どうしてこんな所にいるんだっけ?
……。
あれ?
「ま、まさか……んぅっ!?」
おでこをぶったのが効いたのか、一度トリップしたのが効いたのかは分からないけど、ここに来て突如、一気に記憶が流れ込んできた。
数回瞬きするくらいの時間に、いつかも分からない天界の記憶が押し込まれて、僕の頭は再び警鐘を鳴らす。頭の中身をぐちゃぐちゃに掻き回されていく感覚に吐き気すら覚える。
「! 天使様っ!」
ゆっくりと時間が流れていく錯覚を覚えながら、僕は自分が最後に見た天界の記憶に触れていた。
ああそうだ。僕は捕まって裁判に掛けられて、そして幼女な天使長に堕天を言い渡されて。
……それで、それでどうなった? その先の記憶が無い。すっぱりとここでの出来事に繋がっていく。
「はは……」
渇いた笑い声が口から漏れた。よく辺りを見回してみれば、ここは確かに見覚えの無い場所だとすぐ分かった。古びた木材の床に壁、開けっ放しの扉から入り込む涼やかな風。目の前にいる、翼の無いただの人間の少女。天界でも世界樹の上層でも無い、僕の見た事のない世界。
地上に堕とされた。
ただそれだけの事実が、何回も脳に反芻する。間違いない、ここは地上だ。頬をつねる。特に夢は覚めないし、そもそもそれ以上の痛みをさっき何度も経験した。じゃあやっぱりここは地上で、目の前の少女は人間で、天界は遥か空の上で、少女はBカップで、ここは地上で……。
「!」
僕はハッとして立ち上がった。よろめく身体。まだ完全に身体は回復していないようだった。けれど、それは今問題じゃない。
恐る恐る両手を背中に持っていく。地上に堕ちた。それはまだいい、真に恐ろしいのはこっちの方だった。
「……」
無い。
天使であれば存在しているはずの、当たり前のものが無い。
「う、嘘だ」
何でもいい。自分の姿が映せるものを。ぶんぶん辺りを見回して、傍に水の入った桶を見つける。夢中になってそれを床にぶちまけると、少女の小さな悲鳴と共に僕の姿が水面に映し出される。
そして理解する。理解したくないものだけれど、それではどうしようもないので理解するしかなかった。
水面に映し出されるナイスガイ。
黒髪蒼眼に、見たことの無い衣服を纏った引き締まった肉体。
それは僕のよく知っている、大天使ジブリール。
けれど一つだけ、大事なものが無かった。
翼が無い。
いや、完全に無い訳ではないのだが、それは恐ろしい変貌を遂げていた。
「そ、そんな……翼が……」
へなへなへな、と水に塗れた床にへたり込む。
紺色の衣服に水が染みていくのも構わず、ただ愕然とする。
さわり。
さわりさわり。
肩の骨が痛くなるくらいに腕を曲げた所に、その存在は感じられる。背中の少し上の方、僧帽筋の中心辺りに微かに感じる、ぴょこぴょこっとした可愛い感触。
『何か出っ張ってる』くらいにしか思えないそれは、それなりに硬くてうっすらと白い衣に覆われているそれは、間違いなく天使の翼。
「ああ……」
思い馳せるはいつか過ごした天界での日々。
大天使というだけあって他の天使たちと比べても一際大きな翼を持つ僕は、毎日のように手入れをして可愛がっていたものだ。
肌寒い時には身体を包んで、どんな繊維よりも極上品質の羽毛布団にもなった僕の翼。
天使長幼女先輩を除いた天使にとって、翼の大きさは一種のステータスでもあった。それなのに。
『きょうをもって、おまえをてんかいからついほうする』――
今更実感する、事の重大さ。堕天の恐ろしさ。
だって、だってこれじゃあ、本当に天界に帰れないじゃないか。
多分だけど、翼がこんなんじゃあ飛ぶのは勿論、天使の力だって同じくらい微弱なものとなっているだろう。そういえば、身体全体がやけに重いし、どうにも何か落ち着かない気がする。落ち着きが無いのは昔からだった気もしなくは無いけどね。
……やけに違和感がある。
「あ、あのっ、そのっ!」
なんて一人で考え込んでいたら突然背中から声が掛かるものだから、びっくりして「ひゃいっ!」なんて間抜けな声が出てしまう。
今ここで別の声を発するのは一人しか居ない。忘れてた、あれほど夢中になってた少女の存在を、今はすっかり忘れていた。
「ああ、ごめんね。これ、すぐに片付けるから」
慌てて散らかってしまった周辺を見回す。古い木造の狭い一室の中で、僕の周りだけが水浸しになっていた。少女の巫女服も裾のほうが若干濡れていて、罪悪感を覚える。
「あ、いえ、そうじゃなくてっ! 駄目です、天使様にそんな事させられませんっ!」
とりあえずその辺に転がってしまった桶を手に取ろうとしたら、慌てた様子で少女が僕を制止する。手を止めて不思議そうに彼女を振り返る僕。
そういえば、この子誰なんだ?
当たり前だけど、天使ではないから天界の存在ではない。記憶の中に、彼女に似た知り合いや冒険者を見る事もできない。
僕が天界から堕ちて、どういった仕組みかは分からないけど本当に地上で目覚めて……眼を開けたらすぐ傍に少女の綺麗な瞳があって。ついでに、頭には適度に弾力とハリのある柔らかい枕が敷かれていたっけ。
……あれ、それって。
情報をよく整理する……までもなく、一つの事実が見えてくる。
膝。僕は彼女の膝を凝視した。少女にしては少し細めですらりと、それでいてむっくりとした柔らかそうな太股。
もしかして:膝枕。
「ご、ごめんなさぁいっ!」
バシィンッ! と大きな音が立つ。
それは恐らく、何千何百年と生きてきた中でも最も素早い土下座。まだ水の溜まっている床の事など微塵も気にせず擦り付けられる、僕の額。
ろりーたへの性的接触は紳士にあるまじき大罪だ。過程はともかく、僕がそんな事をしてしまったなんて! いえすろりーた・のーたっちの精神はどこにいったんだ!
直で許されるのは視姦まで、禁断の領域は脳内でと、何千何百年も口をすっぱくして自分に言い聞かせていたじゃないか、僕は!
「わ、っわ! 天使様、やめてください! どうかお顔をお上げください!」
「いいえ、上げません! これは僕のプライドをかけた土下座です! ロリコンにも信条というものがあって、ですね――……ん? 天使、さま?」
「いいえ、謝るのは私の方なんです! ですから――……へ? ろ、ろり……こん?」
さっきから一々言葉の節々に感じた違和感の正体が、互いに固まった二人の間でゆっくりと紐解けていく。
この少女、何ゆえ僕を天使だと知っている?
翼――はあるにはあるけど、本当に微小なもの。エルフやドワーフ、獣人に鳥人、様々な種族が存在する地上ではこの程度そこまで珍しい訳でもないだろうに……?
「……」
しばらく間があって。
そしてようやく進み出した時間の中で先に動いたのは少女の方。
愕然としている僕へ、ゆっくりと重い口を開いていく。
「私のせいなんです。……私が、未熟だったから」
静かに、しかし罪悪感の篭った声音で少女は続ける。
「……大天使ジブリール様。あなたを――あなた様を召還してしまったのは、私なんです」
僕の脳みそが、また大きな警鐘を鳴らした。
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