ダンシング・オン・ブラッディ

鍵谷 雷

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第2章

32話

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「私がここでどうなろうと、私を客人として迎えてくださった教皇陛下のために裏切り者の名前を言う義務があります」 

 セレスタの口から裏切り者の名前が出る。

「アレッシオさんです」

 同時にマルツィアの手刀がセレスタから裏切り者の方へと向けられた。
 動揺を隠せない者もいる中で本人は至って平静でいた。

「冗談にも程がある! アレッシオ隊長が何故このようなことをする必要があるのだ!」

 ローランが大声を出してセレスタへ剣を向ける。エスメルが宥めながら言葉を繋ぐ。

「セレスタさん、断言するということは明確な根拠が必要ですよ。でなければ貴女は国家の転覆を計った犯罪者です」

 アレッシオはいまだに落ち着いた様子で周囲を見渡す。そしてため息をついた。

「……マルツィア、誰に術を向けているか分かっているのか?」
「下がれ、マルツィア。結論を急ぐな」
「陛下……」

 教皇の言葉が響き、マルツィアは腕を下ろして一歩退く。場が静まったのを見てセレスタが話を再開する。

「貴方の取引材料は"光"と魔術に関する文献。魔術に関する文献は立場上どうとでもなったでしょう。問題は"光"。それも本物の」

 アレッシオがようやく驚いた表情を見せる。教皇以外は本物でないことは重大な機密であるため、外部の人間が知っていることは信じがたいようだ。

「知っていたのか?」
「私が教えたのだ」

 『聖騎士長たちは"光"の魔術師ではない』という事実は洩らしたくない情報だろう。国家機密と言っても過言ではない。教皇が直々に教えたといっても納得しきれていない顔の者もいた。

「つまり、この国の"光"は教皇陛下のみということです。その彼女を売り渡そうとしたのでしょう」
「リカルドもそれに気がついた。そして愚かにも私に改心を求めたので殺した」

 聖騎士長たちが身構える。アレッシオが鼻で笑った。

「余所者に指摘されてやっと気がついた無能どもよ、もう遅い」

 その時だった。鐘が鳴り響き、玉座の間に入ってくるものがいた。

「報告します! 国内に吸血鬼が侵入、数は約三十! 兵士が応戦するも被害は拡大する一方です!」
「どうした? 国を護りに行かないのか?」
「……この野郎っ」

 シルヴィオが歯ぎしりする。

「外は私が相手します。皆さんはこの男を捕らえて!」

 セレスタは思わず叫んで走り出していた。それと同時にアレッシオは両の手のひらを床に向ける。

地点移動シェム・ヴート

 アレッシオの身体が一瞬にして消える。予め術式を仕込んでおいた地点同士を行き来させるものだ。手間の割に使いきりであり多用される術ではないことが油断を招いた。万が一に備えてこの場に隠していたのだろう。

「まさかこんな術を仕込んでいたなんて」
「マルツィアさん、どこに飛んだか推測できませんか?」
「城内だとしても広すぎて難しいわね」
「ヤツは放っておけ。皆は吸血鬼から国を守るのだ」
「陛下、アレッシオの狙いは貴女です。我々聖騎士長が全てここを出払うわけにはいきません」

 セレスタは先に外へ出ようとする。それを教皇が止める。

「セレスタ、どこへ行こうというのだ? お主はここへ残れ。……マルツィアもだ。あとの者は出撃せよ。殲滅より国民の守護を優先しろ」

 聖騎士長たちは命令通り動き出す。セレスタは聖騎士長たちが外へ出た後も出口を心配そうに見ていた。

「大丈夫だ。彼らは強い」

 と教皇が声をかけてくれるがやはり不安は拭いきれない。
 吸血鬼の中には貴族級もいるだろう。吸血鬼狩りの時に行く手を阻んだ男は貴族の中でも下位、または貴族ではなかったかもしれない。吸血鬼狩りの目的は人間を襲う大義名分を得ることだったのだろう。アレッシオに館を襲わせたのは戦力差の誤認をさせるためでもあったのだ。そう考えていると教皇が話し始めた。

「セレスタ、頼みがある。アレッシオを殺さないでほしい」
「分かりました」

 守るべき国と国民を売った男だが彼女にとっては教皇としてここまで支えてきてくれた人物であることも事実。それ以上理由を問う必要はなかった。
 教皇はカーテンをかき分けてこちら側へ姿を見せる。長い階段を下りながらポケットから銀色のペンダントのような物を取り出した。

「本当は何処へ飛んだかおおよそ分かるのだ。これはリカルドが死ぬ数日前に渡してくれたもので、魔力の残滓を追うことができる」
「リカルド様はそこまで気がついていたということですか?」
「二人は若い頃からの付き合いだったと聞いている。我々には分からないような変化があったのだろう」

 アレッシオが消えた場所にペンダントを置く。ペンダントが小刻みに震え始めたところで教皇が声を発する。

「答えよ、その魔力の発生源はどこにいる」

 するとペンダントが浮いて、徐々に上へと向かう。手が届かなくなる前にセレスタはそれを掴んだ。

「この上には何が?」
「ここより上は私の寝室と警護用の展望室しかない」
「展望室で軍と吸血鬼の戦いを見ているといったところかしら」
「そこにはどうやって行けます?」
「案内するわ」

 マルツィアを追って玉座の間を出る。螺旋階段を駆け上がっていく途中で頬に風を感じた。展望室を上りきる頃には先程まで目の前にしていた魔力を感じる。

「早かったな。君たち二人だけか」
「引き起こした争いを高みの見物ですか」

 街中では既に兵士と吸血鬼が戦っている。数では人間が勝っているが、個々の力の差は歴然。じわじわと侵攻されているといった様子だ。

「セレスタ・ラウ、君は吸血鬼だろう。そこにいて良いのか?」
「私は味方したいと思った人の味方です。種族は関係ない」
「ふん、実に感情的かつ利己的な考え方だ」
「人間でもあるので」
「"光"が人間としての身体と生き方を失わせなかったというわけか。だが、それによって何らかの不調が起きている。この国にはそれを安定させるために調べに入ったというところか」
「……その通りです。そこまで気が付いていて何故すぐに言及しなかったんです?」
「悩んでいたのだ。どう利用するのが最良か、とな」

 セレスタはいつでもどうとでもできるような物言いに腹が立った。手は下ろしたまま小さく指を動かし術式を構築する。右手で身体強化トゥール・ラスカを完成させそのまま使用する。

「なるほど、大した構築速度だ。魔力量に頼りきらず努力してきたのだろう」

 右側に回り込んで蹴りを放つ。アレッシオは腰の杖を抜いて足に向ける。警戒してサッと身を引く。杖の直線状にの床に拳程の大きさの穴が開いていた。
 昔、魔術師は杖を媒体に魔術を使っていた。素手で魔術を放つのは暴発の危険性が高いとされていたためだ。しかし、魔術師の増加に伴い素材である特殊な木が不足した。すると安全な術式構築法の開発が進み、やがてほとんどの魔術師が杖を持たなくなった。

「古い人間だと思うか? だが、不便だから使われなくなったというわけではないのだ。長く使われたものにはそれ相応の理由がある」
「右の杖で攻撃魔術、左手で防御魔術を得意とするわ。この国であの構えのアレッシオ様に勝てる人はいない」

 眼前の敵に警戒しながらもセレスタは別のことを考えていた。

「マルツィアさん、教皇様のところに戻った方がいい。玉座の間には限られた人しか入れないとは聞いているけど万が一ということもあります」
「陛下を安全なところに隠したらすぐに戻ってくるわ」

 アレッシオが階段に向けて光弾を放つ。それを光の壁ソル・バーツで防ぐ。その隙にマルツィアは展望室を下った。

「てっきり二人がかりで来るものと思っていた」
「彼女にはまだ迷いが見えました。そこに付け込まれたくないので」
「この状況でそこまで気を回せるか。大したものだ」

 アレッシオはそう言いながら半歩退いて構え直した。セレスタは間合いを変えないように前へ出る。
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