灯り火

蓮休

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灯り火

保健室

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 迫ってくる天ノ川あまのがわりょくを躱し、俺は大袈裟に転がる。
「ぐっは、どりゃ、ばたん」
借家かりや大丈夫か!?」
 地面に横になっていると新居浜にいはまが近づいてくる。
「新居浜、足の骨が折れた」
「なぜ嘘をつく?」
「うっ、今は話を合わせてくれ」
 俺の言葉に新居浜は立ち尽くす天ノ川緑を睨んだ後、ため息をついてから話し出す。
「大変だー借家君の足の骨が折れたぞー」
「ぶっは」
 新居浜の棒読みに笑ってしまうと睨まれた。
「ごめんごめん新居浜君、僕を保健室に連れていってくれないか?」
「良いよ」
 新居浜に肩を貸してもらいながら保健室に向かう、グラウンドを出て校内に入るところで宗司そうじ蒼井あおいが駆け寄ってくる。
「借家君、大丈夫!?」
「大丈夫かたける!!」
「うん俺は大丈夫、二人とも次の試合頑張って!」
 心配してくれる宗司と蒼井にそう言葉を返して校内に入っていく、保健室に向かって廊下を歩いていると新居浜に話しかけられる。
「なぜ嘘をついた?」
「あの場にいると騒ぎになりそうだったから」
「そうか」
 俺の答えに新居浜は少し悩んでから話す。
「どうして平気なんだ?」
「うん?天ノ川緑の攻撃は避けたよ」
「違う、理不尽に攻撃されて怒りはないのか?」
「まあ慣れてるから」
「そうか」
 俺と新居浜との間に沈黙が流れる、けれど少ししてから新居浜が口を開く。
「俺は腹が立ってる」
「えっ」
「借家が理不尽に攻撃されて腹が立ってる」
「ありがとう」
「いや、俺自身の身勝手な怒りだ」
 そう言って新居浜は遠い目をする、保健室の前にたどり着くと先客がいた。
「なんで正徳しょうとく三希みきがここにいるんだ?」
「武が保健室に向かってるのを正徳が教えてくれたから」
「無事で良かったよー」
「なるほど」
 俺が納得して頷いていると正徳と三希がこちらを見て左手を上げる。
「「イェーイ」」
「イェーイ」
「なにこれ」
 正徳と三希と俺がハイタッチするのを新居浜が不思議そうに見ていた、保健室の扉を開けて四人で中に入ると黒い白衣を着た侍女さんがいた。
「なんで侍女さんもいるんですか?」
「私が呼んだ」
「はい、お嬢様に呼ばれ武様を治療しに参りました」
「いや、保健室の先生がいるでしょう」
「彼女には席を外してもらいました。さあ、武様服を脱いでください」
「嫌ですよ!」
「よいではないですかよいでは」
 侍女さんに壁際まで追い詰められ、制服に白い指が迫ってくる。
千鶴ちづる!!」
「失礼しました」
 三希の言葉に侍女さんが姿勢を正して一礼する。
「なんだこのとんでもない人は?」
「三希の家の侍女さんだ」
 呆気に取られている新居浜の疑問に俺は荒い息をつきながら答えていた。俺は息を整えてから侍女さんに話しかける。
「侍女さんに質問があります」
「何でしょうか」
「天ノ川緑は何者ですか?」
 俺の質問に侍女さんは目を閉じて大きく息をついてから話始める。
「天ノ川緑は天ノ川孤児院のです」
「天ノ川孤児院?」
「天ノ川孤児院は身寄りのない子、虐待された子、望まれずに生まれた子、そのような子達に天ノ川の姓を与え衣食住を提供する。それが天ノ川孤児院です」
「では天ノ川緑も」
「はい、緑が赤ん坊のころ天ノ川孤児院の玄関に置かれていました」
 侍女さんが語ったその事実に俺は何も言えず保健室が静寂に包まれる、そんな中で新居浜が侍女さんに話しかける。
「どうして天ノ川緑は借家を狙ったんだ?」
「それは」
 侍女さんが答えるのを戸惑って三希の方を見ると三希が頷き返す。
「千鶴、話して」
「かしこまりました。ではまず天ノ川家には影と呼ばれる組織があります、影には二種類あります。一つは古くから天ノ川家を守ってきた御三家、村雨むらさめ家、深星ふかぼし家、日影ひかげ家。そしてもう一つは天ノ川孤児院の子で構成されたものです。天ノ川孤児院の大多数の子達は天ノ川家が運営する会社などで働きますが、少数の子達は天ノ川静華しずか様の役に立ちたいと影に入るのです」
「天ノ川静華」
「天ノ川静華様は天ノ川白雨はくう様の妹にあたります、そして天ノ川孤児院を設立した人物です。天ノ川孤児院の影達は静華様のために動きます、だからこそ緑も影響を受けたのでしょう」
「それはつまり」
「静華様は武様を
「なっ」
 新居浜の驚く声が保健室に響く、俺は冷静に侍女さんに尋ねる。
「どうして俺を殺そうとしているんですか?」
「理由は分かりません」
 そう言った侍女さんは苦しそうに窓の外を見つめる、外は雨が降り始めていた。
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