灯り火

蓮休

文字の大きさ
上 下
30 / 53
灯り火

お茶会

しおりを挟む
「お迎えに参りましたお嬢様」
 千鶴ちづるが傘を持って下駄箱にやってくる、その表情は保健室にいた時よりも暗い。
「ありがとう千鶴」
 千鶴がさす傘に入り正門に向かう、正門前には黒塗りの車が駐められており、千鶴が後部座席のドアを開けて私は車に乗り込む。運転席に千鶴が座って車は目的地に向かって出発した。
たける様は大丈夫でしょうか?」
 目的地に向かう道中、車内では武の話になる。
「分からない、けれど武には正徳しょうとく蒼井あおい君、変態クソバカがついているからきっと大丈夫だよ」
「そうですね」
「それに今日はだから何も起きないよ」
「はい」
 私の言葉に落ち込む千鶴を見て私は気になったことを聞く。
「千鶴は武の事が大事?」
「はい、大事ですね」
「そっか」
 千鶴が武を大事に思っていることに私は一抹の寂しさを覚える。千鶴はこれまでずっと私の側にいてくれたから、何があっても千鶴だけは私の味方だったから、そんな千鶴を武に取られたような気がした。
「もちろんお嬢様のことも世界で一番大事です」
「そうか!」
「武様とお嬢様、二人は私にとって世界で一番大事な人です。同率一位です」
「なんだよそれ~」
「つまり何があっても私はお二人の味方ということです」
「そうか、えへへ」
 私は嬉しくて頬が緩む、その後の車内では特に話すこともなく私は笑顔で外の景色を眺めていた。車が目的地に近づくにつれて外の景色は殺風景になっていき、住宅や建造物が見えなくなっていく。
「お嬢様、間もなく到着します」
「うん」
 千鶴の言葉に私は表情を引き締める、千鶴も真剣な表情で前を見つめていた。それから十分程で目的地に辿りつく、草原のなかに巨大な木造の建造物が存在していたその建物以外に周りには何もなく異様な存在感を放っている。車が建物に近づいていくと鉄製の門が開き、車は建物の敷地内に入っていく。
「「「お待ちしておりました」」」
 敷地内には黒い服の人物達が整列しており一糸乱れぬ動きで私達を出迎える。私が車から降りると黒い服の壮年の男性が近づいてくる。
「お待ちしておりました三希みき様。あの方もお部屋で三希様が来るのを心待ちにしております」
「うん、分かった」
 壮年の男性に案内されて私と千鶴は頑丈な扉の前にやって来る、そして壮年の男性が扉の前に立ち両手で頑丈な扉を押し開ける。
「どうぞ、ごゆるりとお過ごしください」
 扉を開けた壮年の男性はお辞儀をしてその場から立ち去り、残された私と千鶴は部屋の中に入っていく。
「久しぶりね三希ちゃん」
「お久しぶりです静華しずか大叔母様」
 部屋の中にいたのは天ノ川あまのがわ静華その人だった。

 お茶会とは天ノ川静華様の誕生日に天ノ川孤児院の子達が集まり開かれるパーティーの事である、私は部屋の壁際に立ちお嬢様と静華さまが話しているのを遠くから見守る。
「三希ちゃんお菓子食べるかい?」
「はい、頂きます」
 二人がそんな会話をすると白いフードを被った人物がお菓子を載せたケーキスタンドを運んでくる。
「ありがとう凶夜きょうや
「・・・・・」
「頂きましょうか三希ちゃん」
「はい」
 凶夜と呼ばれた人物はなにも言わず後ろに下がり、お嬢様と静華様は美味しそうにお菓子を食べ始める。私はその光景をただじっと眺めていた。

「静華様そろそろお時間です」
 黒い服の壮年の男性が部屋に入ってきて静華大叔母様に話しかける。
「そう、分かったわ。三希ちゃんも一緒に行きましょう」
「はい」
 静華大叔母様が椅子から立ち上がり白い杖を支えにしながら歩いていく私も大叔母様の後に付いて部屋から出る、壮年の男性を先頭に後ろからは千鶴と白いフードを被った人物も付いてくる。しばらく廊下を進んでいくと大きな会場にたどり着く、会場には様々な料理や飲み物がテーブルに並べられており、幅広い年齢層の人達が楽しそうに近くの人と話をしていた。
「ここに悪意はないわ」
 会場を一望できる場所で静華大叔母が会場のいる人達を見てかみしめるように呟く。
「静華大叔母様」
「どうしたの三希ちゃん」
「いえ、なんでもないです」
 私には分からない、なぜこんなにも優しい人が武を殺そうとしているのか、けれどそれは今この場所で聞くことではない。
「では静華様より乾杯のご挨拶をいただきます」
 司会の人の言葉に会場の人達が静かになり静華大叔母様の言葉を待つ。
「みんな今日は集まってくれてありがとう。とても嬉しいわ」
「静華様、お誕生日おめでとう」
「おめでとう母様」
 静華大叔母様の言葉に会場からお祝いの言葉が聞こえてくる、静華大叔母様はそれを嬉しそうに聞きながらグラスを掲げる。
「みんなも今日は楽しんでね、乾杯!」
 静華大叔母様がその言葉を言った瞬間、会場のライトが消え暗闇になる。そして会場の中央に暗闇よりも深い闇、墨を落としたようなコートを羽織った人物がいた。
しおりを挟む

処理中です...