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繰り返された前日side長男

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嫌な夢を見た。
いや、夢と言うにはリアル過ぎる夢だった。

僕には父と母、それに二人の弟がいた。
ある日父と母が見知らぬ子どもを連れてきた。
それが“ソフィア”だ。
どうやら、街のスラムから連れてきたらしい。
薄汚いがとても眉目整った子どもだった。
取り敢えず、母がメイドに風呂に入れて着替えさせるように言い付ける。
弟たちもこの子どもに興味があるようだった。

ソフィアが身仕度をしている間に父と母から詳細を聞かされる。

街で財布を擦られた母に財布を取り返してくれた。
盗人を追い掛け奪い返し暴力を振られても決して母の財布を渡さず、その小さな身体の全身を使い財布を守り抜いていた。
憲兵が到着し、母は「そこまでしなくてもよかったのに…」と涙を浮かべながらぼろぼろになった子どもに声をかければ「悪いことはだめなの。困っている人を見捨てるのもだめ。」なのだと。
「…それにこんな私なんかでも役に立てたから嬉しかったの」
細く折れてしまいそうな手足も盗人に殴られたであろう顔も傷やアザだらけで見るだけで痛々しく感じる程だったそうだ。
着ている服は所々破けまさしくボロ着れだったと言った。
それでも、嬉しそうに微笑む姿は実に美しく気高く見えたと父と母は言っていた。
そこで憲兵にこの子は親はなく一人で働きながら生活をしていること、路上生活であること、自身も大変なのに常に人を助けていること等を聞いた父と母はこの子どもを引き取ることに決めた、と。

さほど長くない話が終わり静かな部屋にノックが響いた。

「旦那様、奥様。お嬢様のお着替えが終わりました」

ゆっくりと開かれた扉の向こうに立っていたのは天使だった。

柔らかくウェーブを描くプラチナゴールドの髪、同色の長い睫毛に縁取られた大きな瞳は溢れ落ちた月の雫のような光輝くムーンゴールド。
人形の様に白い肌は人の温もりなど感じさせないビスクドールの様で。
少ない色彩の中に目を引くのは艶やかな唇。

幼い、まだ幼児とも言える年頃の子どもなのに。

そこにはこの世のものとは思えない程の美しい天使ソフィアが立っていたのだ。

この瞬間、僕は生まれて初めて恋を知った。
この子を絶対に守りたいと。
この子を奪われたくないと。
生涯、この子と共にいたいと。
それと同時に、後悔もした。
父と母がこの子を養子にすると言うことは僕たちは兄妹になってしまう。
何故、父たちより先に天使ソフィアを見付けなかったのだろうと。

その日、僕は夢を見た。

夢は未来あったとしても空想であったとしても今の僕にとっては兎に角先の出来事であって欲しいの世界だった。

翌日からソフィアには出来るだけ関わらないようにした。
家族になってしまった愛おしい天使にこれ以上の恋心を抱かないように。
幼かった僕に出来たのはすることだけだった。
愛おしい愛おしい愛おしいソフィア。
この幼い行動を後に後悔するなんて気が付かなかった。
大きくなるにつれてどんどん美しくなるソフィア。
だが、彼女は僕には近付いてこない。
いつも目線は僕より離れていて申し訳なさそうに廊下の端へ寄る。
そんな彼女にそれまで関わらないようにした僕にはどうして良いかわからずそのまま放置した。
そんな中、大切なソフィアの結婚が決まった。

運命さいあくの日。
大切なソフィアが結婚する。
小さな馬車に顔すらわからない男と共に乗り込みこの邸から出ていく。
そんな日でさえ彼女は僕の顔を見てはくれなかった。
その数時間後、彼女の乗った馬車が襲撃された。
無惨にも白いウェディングドレスは赤い色調に塗り替えられ人形のような顔はそのまま美しい人形に成り果てていた。

手を伸ばし彼女に触れようとした瞬間、僕は跳ね起きた。
呼吸が乱れる。
冷や汗が、震えが、涙が止まらない。
大切なソフィアが他人のものになるのも傷付けられるのもましてや失うなんて何もかもが悲しく悔しく憤りを感じる程に僕は出会ったばかりのソフィアに心を奪われている。

夢の通りにはしない。
夢の通りにはならない。
ソフィアはこの我が家でこの僕の手で幸せにする。
安心して、ソフィア。
僕が絶対に君を守るから。
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