Aria ~国立能力研究所~

しらゆき

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序章

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 佐川未来さがわみくは何もない、闇の世界に立っていた。右を見ても左を見ても何も見えない。そんな中で不思議と自分の姿だけは目にすることができた。
 普通ならパニックになってしまいそうな、そんな光景は未来にとっては、見慣れたものだ。この闇は未来にとっての夢の始まりだった。夢を見ている時はそれが夢と気づかないという話をよく聞くが、未来にとって夢とは自分が体感するものではなく、自分が見るものだった。
 小さな声が響いて来た。まるで暴れているかのような物音がだんだんと大きく近づいてくる、と同時に周りの闇も少しずつ薄くなってきて、周りの光景が見えるようになってきた。
 未来の目の前で数人の男性が輪を作り、何かを取り囲んでいる。
 その輪の内側から鋭い悲鳴が響いて来た。耳をつんざくようなその悲鳴に、未来の顔がこわばる。これは、良くない夢だ。
 未来が見る夢にはいろいろとあるが、その中でも楽しくない夢がたくさんある。これも、その類なのだろう。
「大丈夫、すぐに気持ちよくなるよ」
 耳に、粘りつくような声音が聞こえてきた。くすくすと笑う声は一見すると優しげにも聞こえるが、その表情は快楽に酔っている様にも見えた。
「だから、僕の目を見て、ね?唯ちゃん」
 男の下にいる少女が息を呑む。少女の体から力が抜ける。さっきまで抵抗していたはずなのに、今はそんな意志は一切見えない。
 でも、少女が抵抗をしなかったのはほんの一瞬だった。次の瞬間、少女から鋭い、つんざくような悲鳴が響く。
 これが夢だとわかっていても、見ていることができなくて、未来はその場にしゃがみこんだ。声を、光景を締め出すように。



 ガバッ、ベッドから飛び起きた未来は荒い息を何度も吐く。
 未だ体が震えている。アレは夢だ。単なる夢のハズだ。こういう夢を見たのは今が初めてではない。
 未来は震える体で机の所まで行き、一冊のノートを取り出すとさらさらとペンを走らせる。今日の日付と、夢で見た一瞬の光景の絵、そして、夢の中でわかる情報を箇条書きに書き出す。
 この夢は夢であるはずなのに、夢じゃない気がして、未来はいつからか夢日記をつけるようになった。その日見た夢の状況を絵と文字で書いていくのだ。特別、絵が上手と言うわけではないが、何故か夢で見た直後だけは鮮明に絵を書くことができる。
 きっと数日したら今日見た夢の感触も落ち着くはずだ。そうしたらまた、この夢を元に小説を書こう。物語を奏でている時が、未来には一番幸せだった。

こんなことは、未来にとってはいつもの事で、だから、それが間違っているなんて考えたこともなかった。自分が見る夢がどういうものなのかも考えず、ただ、好きに綴った結果おきた出来事の責任を取る方法が未来にはわからない。
 今でも、よく考える。
 もし、あの時あんなことをしなければ、未来の今は変わっていたのだろうか?
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