Aria ~国立能力研究所~

しらゆき

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第1章 Aria ~国立能力研究所~(未来 中学生)

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 三波は約一時間後に病室に戻ってきた。どこか不機嫌そうな様子に姉がそろそろと後ろに後退し、部屋を出て行こうとしたがそれを一睨みで黙らせる。正直言ってめちゃくちゃ怖い。
「み……三波……さん……。あの……」
「何か見たら必ず相談するように、と言っておいたはずだが?」
 低い声に未来の体が小さく震える。確かにそう言われていた。でも、相談するか否かは現場に行ってから決めようと思っていた。正直、それだけの余裕はあるのだと思っていたのだ。過去の出来事なのか、未来の出来事なのかはっきりしてから相談すべきだと思っていたのだ。それが結果こんな事態を引き起こしてしまったのだから、確認する前に相談すべきだったのだろう。
 まさか、ここまで近い未来だとは思ってもみなかった。あの時点でまだあそこにいたのだから、事件が起きてさほど時間が経っていないのだろう。
「ごめん……なさい……」
「……二度目はない。君に何かあれば悲しむ人間が多数いる事を君は知るべきだ」
 告げられた言葉に未来ははっきりと頷いた。今回は千鶴が隠してくれたようだが、両親や妹が知ればきっと泣かれたと思う。今まで散々心配をかけてきたうえに、最後にこれでは、心配するな、という方が無理なのだ。
「……じゃあ、説教はこのくらいにして事件について話す。まず君がいた森の側から乳幼児の遺体が発見された。死後数時間、といったところか。そして、君が夢に見た場所を特定し、急行したところ、その乳幼児の母親が人形をあやしていた。それが子供だと思い込んでいるようだ」
 あの夢の状況を思い出し軽く身震いする。あの女性は狂っていた。まともではなかった。
「子供を妊娠した直後に男に捨てられ、一人で産んだが仕事をしながら夜中はほぼ寝られない状態に気づいたら殺していたのだろうな……。過去視の能力者が見たのだから確かだ。彼女は事情聴取できる精神状態にはなかったからな」
「あの人は、どうなるんですか?」
 あの状態で刑務所に入るとは思えない。かといって普通の生活をさせられるとも思えない。
「警察病院に入院だ。あの状態では責任能力はないから有罪には出来ないが、かといって野放しにできる精神状態でもない。そもそもあの状態で野放しにしたら数週間後に死体となって見つかるに違いないしな」
 確かにそうだろう。人形を完全に自分の子どもだと思っていたあの女性が自分で自分の面倒を見れるはずがない。
「佐川、未来。君の力が今回は一人の女性を救った」
「でも……子供は……」
「すべてを救う事等不可能だ。だが、一人は救った。君の力は人を傷つけ、苦しめる事も、誰かを救う事も出来る。それを忘れるな」
 告げられた言葉は未来の中でぐるぐるとまわっては消えていく。
 自分の犯した罪は消えない。消せない。でも、これから先二度と同じ過ちを犯さないようにはできるはずだ。
「はい」
 未来の小さな声が病室の中で嫌に大きく響いた。
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