Aria ~国立能力研究所~

しらゆき

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第2章 二つ目の事件( 未来 中学生)

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「三波さん」
 NHKの前は人でごった返していて、歩くのも大変だったが目的の人物は直ぐに見つかった。不機嫌そうな表情を浮かべているからか、彼を避けて通っている人間が多いのだ。人の多さに酔いかけていた未来にとってはそんな彼の状態はひどく助かる。彼の所まで行けばこの人ごみから抜けられるのだ。
 普段着ている制服とは違いワンピースでちょっぴりおしゃれをしてはいるが、明らかに中学生に見える未来が社会人の男性に声をかけたことで数名がどこか不審そうな視線を向けてきたが、それは完全に黙殺させてもらう。
「未来」
 壁から起き上がった三波が未来のそばまで近寄ってくる。現在の未来は能力を知る他にAriaについても学び始めている。Ariaが把握している能力者は就職をしたとしてもAria所属であることは変わらず、Ariaから能力を使った依頼を受ける事もある、という事も聞いているし、未来の能力は期待されている範囲が広いことも知っている。でも、その能力への期待が今の未来を底辺から掬い上げてくれた。その期待があるから、未来は今笑顔を浮かべる事が出来るのだ。
「お姉ちゃん、大丈夫かな?」
 今日は姉が出席するNHK主催の創作料理コンテストの見学に来ている。出場者は最大二名まで客を呼ぶことができるのだ。姉はその2名に未来と三波を指名した。
 普段は料理を作る時は、学校のテストの時も含めて決して緊張しない姉の顔が今日はひどくこわばっていた。『料理は楽しむもの』と言っていた姉でも、自分の将来がかかっているとなるとそうも言っていられないのだろう。姉がお店を出すのに、出資してくれる人が見つかったらしいが、その出資する条件としてこのコンテストでの入賞をあげられたのだと、姉が不安そうな表情で話してくれた。
「いつも通りやれば大丈夫だろう」
 対して問題なさそうな三波の言葉はそれだけ姉を信用している、という事なのだろう。
「うん、いつも通りなら問題ないけど……今日のお姉ちゃん、スッごく不安そうだったから」
「全国放送もされるし、お店への出資者を納得させるという意味もあるんだろう?それなら緊張するのが当たり前だ。だが、その緊張をいい意味で凌駕してくれる。奈々子はそんなことに負ける女じゃない」
 普段厳しい表情を崩さない三波の口元が小さく緩んでいる。彼が奈々子について語る時にたまに見せる表情だ。
「お姉ちゃんを信用してるんだ」
「当然だろう。あいつは、俺の自慢の生徒だからな。……もちろん未来も」
 姉のおまけのように言われてもあまり嬉しくはないが、それが三波なのだから仕方がないだろう、とあきらめる事にする。

 テレビ局の撮影現場には初めて入ったがどの撮影所もこんな風なのだろうか……?
 料理自体は別室で行い、そこも撮影はされており、色々と話を聞きながら生放送で現在放送中だ。そして、観客が入れるのは第二部。料理終了後に料理が並べられ、夫々料理の解説をしながら審査員が味見をする、という形式になっている。話している間は、別室で撮影していた個別のカメラから話している受験者の料理風景が右下で流れるという仕様になっているらしい。
 観客が並べて入れられている中、審査員は皆一様に強張った表情を浮かべている。何かを思案するかのように未だ隠されている料理を睨みつけている様にも見える。
「なんか、重苦しいんだけど……」
 思わず口をついて出た未来の感想に三波が軽く顔を顰めた。
「審査員がここまで緊張し、緊迫しているのは珍しいな」
 何かあったのか、と首をかしげた三波の様子に、未来はそこはかとなく嫌な予感を感じた。何が、とははっきりとは言えないが、何となく嫌なことが起りそうな予感がする。
「三波……」
「はじまる」
 小さな声で言われ未来は慌てて口を噤んだ。撮影中は私語を慎むように、と言われているのだ。
 料理は受付番号順に発表し、その場で審査員に自作のレシピを渡してから、料理の説明をする。その上で試食をした審査員から点数が出されるという仕組みになっているらしい。姉は料理学校受付のため後半だった。
 和食の人もいれば、洋食や中華、和洋折衷なんて人もいて、レシピは様々だ。当然見覚えのないレシピばかり。逆に知っているレシピがあったら問題だろうが。
 残り3人というところで、姉の番が来た。料理にかぶせていたケースを外すと、中から和洋折衷の定食が出てきた。いろいろな形でカラフルに飾り付けをされているその料理は見かけから人の目を引く。観客からも小さく唾を飲む音や、感嘆の声が聞こえてきた。
 見かけはもちろん味も良い。しかも見かけほど難しくない、主婦の味方のようなレシピだ。姉に一度だけ作ってもらったことがある未来でも小さく息を呑んだ。あの時とはまた違う、この場所まで美味しそうな匂いが香ってきそうな気がした。
 審査員も同じように息を呑んでいるが、その様子がおかしい気がする。
「……だ」
 審査員席から小さな声が漏れた。審査員席から一人の男が立ちあがり、声を上げる。
「盗作だ!」
 あまりに大きな怒声だったため、会場中に響き渡る。その声に会場中から音が消えた。
「く……久遠寺先生……」
 慌てたように周りの審査員が止めようとするが、その静止を振り払って一人1人の男が姉の前に立った。こちらから背中しか見えないため表情は一切解らないが、相当怒っているらしく、冷たい空気が彼から流れてきている。
「貴様、このレシピはどこで手に入れた!」
 バンッと1枚の封筒を姉にたたきつけた。
 ざわざわと、あたりが騒然とする。
「わ……私のレシピです」
 若干震えてはいるが、それでも力強い声が姉から聞こえる。
「嘘をつくな!お前が作った料理のレシピは1週間前に本部に送られてきたものだ。このレシピを作る人間がいたら私から盗んだものだ、とな」
 静まり返った会場に久遠寺の大音量が響き渡る。
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