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第2章 二つ目の事件( 未来 中学生)
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奈々子は、未来に渡された資料をギュッと握りしめ恩師の研究室を軽くノックした。
奈々子がここに来たのは初めてではない。彼が師である以上、生徒の奈々子は何度かこの場に足を運んでいる。でも、ここに入るのにここまで緊張したことはなかった。
「どうぞ」
いつもと変わらない、落ち着いた声音。その声がどう変化するのか、奈々子にはわからない。ただ、いつも通りのままではいられない、それだけはわかった。
「先生に聞きたいことがあります」
室内に他に人がいない事を確認し、口を開く。奈々子に言われる内容が全く想像できないのか、軽く首を傾げこちらを眺める宮内にいつもと変わった様子は見えない。
「なんで……あんなことをしたんですか?」
「何の事?」
眉を顰め、思い出そうとするそぶりを見せる宮内に奈々子は何も言わせないように畳み掛ける。
「宮内、勇次さん……先生の弟さんですよね、私が先生に紹介された久遠寺蓮って」
宮内の顔が初めて変わった。驚愕に目を見張るその表情は、奈々子が初めて見るモノだった。やはり、彼がすべての黒幕だと、確信できる。未来に聞いても信じられなかった。なぜ、親身になって相談に乗ってくれた彼がそんなことをするのか、何故、奈々子は彼にそこまで恨まれなければならないのだろう。
「何で……そんなこと……」
資料を握り締める。もし、彼が知らないと口にするのなら、この資料の中身を見せなければならない。
「何で……か、お前にはわからないだろうな」
宮内の口から出たのは、いつも聞いている教師としての口調を脱ぎ捨てていた。
「わかりません。何で、私、先生に何をしたんですか?」
「俺が、努力しても努力しても得られなかったものをお前は持っている。あの、レシピ帳を目にした時ぞっとしたよ。やはり、お前の才能は俺なんて簡単にしのぐ。今までやってきた俺の努力なんて意味がなかったんだ……と」
ハッと自嘲気味に笑う宮内の口調に奈々子はだんだんと腹が立ってきた。何を言っているのだろう。努力に意味がない?それは、宮内幸雄という人間に、彼の作る料理に憧れてこの世界に、この学校に入った奈々子を侮辱するものだ。
「……で、なんで、そんなことを言うんですか……。意味がないなんて、それじゃあ、私が料理をする意味さえないじゃない!」
普段おとなしく、あまり大声を出さない奈々子の言葉に宮内が目を瞬く。
「私は……私は……あなたがいたから。あなたの料理を食べたからここに来たのに」
「え?」
「あなたのような創作料理人になりたいって思って、ここに来たのに、意味がないなんて言わないでください」
ぼろぼろと涙がこぼれてくる。こんなのただの言いがかりだ。宮内が自分の事をどう思おうと宮内の勝手なのに、それが納得できない。何で、宮内は自分が今までしてきたすべてを否定するような事を言うのだろう……。
何で、何で、何で……奈々子には理解できなくて、涙を止める事が出来なかった。
「君が、俺に憧れた?」
そんな奈々子の耳に入ってきたのは、宮内のそんな唖然とした声だった。
「私は……元々料理が好きでした。でも、創作料理を志したのは、あなたのように人を笑顔にする料理を作りたかったんです。あの日、母に連れて行かれたコンテストで試食したあなたの料理に私は道を決めたんです」
だからわざわざ宮内が講師をしているこの料理学校に決めたのだ。本当はAriaからも留学を進められていた。創作料理をするのなら、日本だけじゃない様々な国の料理に触れる事が大事だ、と。でも、奈々子はその道を選ばなかった。有名な料理人ではなく、奈々子の料理を食べてくれた、数少ない人間を幸せにできる料理を作りたいと、決めたのだ。
しばらくの沈黙、誰も何も言わなかった。そこに宮内の声が響いた。
「すまなかった」
聞こえてきた声に、顔を上げた奈々子はこちらに深く頭を下げる宮内にどうしたらいいのかわからず、呆然とそのしぐさを見つめた。
「俺……テレビで全部、話すよ。本当にごめん……いつか、また、俺が作った料理を食べてくれるか?」
そう口にした宮内は教師の顔をしていなかった。そして、さっきまでのどこか冷たい表情も浮かべていない。
初めて彼を見た、あの日と同じ表情を浮かべていた。
「俺は、自分の作った料理で、沢山の人を笑顔にしたい」
奈々子がここに来たのは初めてではない。彼が師である以上、生徒の奈々子は何度かこの場に足を運んでいる。でも、ここに入るのにここまで緊張したことはなかった。
「どうぞ」
いつもと変わらない、落ち着いた声音。その声がどう変化するのか、奈々子にはわからない。ただ、いつも通りのままではいられない、それだけはわかった。
「先生に聞きたいことがあります」
室内に他に人がいない事を確認し、口を開く。奈々子に言われる内容が全く想像できないのか、軽く首を傾げこちらを眺める宮内にいつもと変わった様子は見えない。
「なんで……あんなことをしたんですか?」
「何の事?」
眉を顰め、思い出そうとするそぶりを見せる宮内に奈々子は何も言わせないように畳み掛ける。
「宮内、勇次さん……先生の弟さんですよね、私が先生に紹介された久遠寺蓮って」
宮内の顔が初めて変わった。驚愕に目を見張るその表情は、奈々子が初めて見るモノだった。やはり、彼がすべての黒幕だと、確信できる。未来に聞いても信じられなかった。なぜ、親身になって相談に乗ってくれた彼がそんなことをするのか、何故、奈々子は彼にそこまで恨まれなければならないのだろう。
「何で……そんなこと……」
資料を握り締める。もし、彼が知らないと口にするのなら、この資料の中身を見せなければならない。
「何で……か、お前にはわからないだろうな」
宮内の口から出たのは、いつも聞いている教師としての口調を脱ぎ捨てていた。
「わかりません。何で、私、先生に何をしたんですか?」
「俺が、努力しても努力しても得られなかったものをお前は持っている。あの、レシピ帳を目にした時ぞっとしたよ。やはり、お前の才能は俺なんて簡単にしのぐ。今までやってきた俺の努力なんて意味がなかったんだ……と」
ハッと自嘲気味に笑う宮内の口調に奈々子はだんだんと腹が立ってきた。何を言っているのだろう。努力に意味がない?それは、宮内幸雄という人間に、彼の作る料理に憧れてこの世界に、この学校に入った奈々子を侮辱するものだ。
「……で、なんで、そんなことを言うんですか……。意味がないなんて、それじゃあ、私が料理をする意味さえないじゃない!」
普段おとなしく、あまり大声を出さない奈々子の言葉に宮内が目を瞬く。
「私は……私は……あなたがいたから。あなたの料理を食べたからここに来たのに」
「え?」
「あなたのような創作料理人になりたいって思って、ここに来たのに、意味がないなんて言わないでください」
ぼろぼろと涙がこぼれてくる。こんなのただの言いがかりだ。宮内が自分の事をどう思おうと宮内の勝手なのに、それが納得できない。何で、宮内は自分が今までしてきたすべてを否定するような事を言うのだろう……。
何で、何で、何で……奈々子には理解できなくて、涙を止める事が出来なかった。
「君が、俺に憧れた?」
そんな奈々子の耳に入ってきたのは、宮内のそんな唖然とした声だった。
「私は……元々料理が好きでした。でも、創作料理を志したのは、あなたのように人を笑顔にする料理を作りたかったんです。あの日、母に連れて行かれたコンテストで試食したあなたの料理に私は道を決めたんです」
だからわざわざ宮内が講師をしているこの料理学校に決めたのだ。本当はAriaからも留学を進められていた。創作料理をするのなら、日本だけじゃない様々な国の料理に触れる事が大事だ、と。でも、奈々子はその道を選ばなかった。有名な料理人ではなく、奈々子の料理を食べてくれた、数少ない人間を幸せにできる料理を作りたいと、決めたのだ。
しばらくの沈黙、誰も何も言わなかった。そこに宮内の声が響いた。
「すまなかった」
聞こえてきた声に、顔を上げた奈々子はこちらに深く頭を下げる宮内にどうしたらいいのかわからず、呆然とそのしぐさを見つめた。
「俺……テレビで全部、話すよ。本当にごめん……いつか、また、俺が作った料理を食べてくれるか?」
そう口にした宮内は教師の顔をしていなかった。そして、さっきまでのどこか冷たい表情も浮かべていない。
初めて彼を見た、あの日と同じ表情を浮かべていた。
「俺は、自分の作った料理で、沢山の人を笑顔にしたい」
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