Aria ~国立能力研究所~

しらゆき

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第3章 盗まれた作品

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 真っ暗な闇があたり一面に広がっている。初めて見た時には恐怖を感じたこの闇も今の未来にとっては希望の暗がりだった。未来が夢を見る事で救う事が出来る人間もいるのだ。すべてが救えるわけではなかったとしても、何の役にも立たない能力と言われるよりはよほどマシだろう。
 ゆっくりと闇が晴れていく。場面が既に始まっているのだろう。だが、不思議なことにいつも聞こえる音が今日はほとんど聞こえない。耳につくのは風が流れる音だけだ。
 さーーーっと風が吹き抜けていく音と共に視界が晴れた。
 そこは墓地だった。薄暗く、太陽がまだ登り切っていない。時間にして夜中の三時か四時か、おそらくそのくらいだろう。
 墓地の前にたたずむ一人の男がいた。年は多分二十代半ばくらい。ぼさぼさの髪の毛とだぼっとした洋服。その後ろ姿に見覚えがあった。
「榊原……先生?」
 軽く首をかしげた未来の声は当然彼には届かない。
 どのくらいそうしていただろう。本来ここにはいない未来にはわからないが、おそらく肌寒いであろうこの場所に立っていて寒くはないのだろうか。
「……ごめんな……気づいてやれなくて、ごめんな……」
 小さな声が耳を打つ。涙ぐんでいるようにも聞こえるその声が未来の耳に嫌に大きく響いた。
 次いで振り向いた榊原はいつもと違い大きなメガネはしてはいなかったので、その表情をはっきりと見る事が出来た。
 泣いていたであろう、目が真っ赤になっているが、それでも他に一切の感情を見せていない榊原の両手がきつく握りしめられていることに気が付いた。だれもいなかったとしても、彼はその感情を表に出そうとはしなかった。それは強いようでいて、酷くもろく見える。未来が今まで見ていた彼とは違う、別の一面を見たような気がする。それと同時に、大きな秘密を覗いてしまったかのようで落ち着かない。
* * *
 ビリッ
 精巧な絵が描かれているページを中身もほとんど見ずに破いた。起きてすぐに書いた絵だが、この絵を誰かに見せるつもりはない。未来には一つだけ絶対に犯せない決意があった。見た内容が犯罪捜査の役に立つと判断すればAriaへの情報提供はいとわない。だが、日常的な事柄の場合には、描いた絵を細かく破いて捨てる。決して誰にも告げない。小説にもしない。そう決めている。二度と悲劇を繰り返さないために。
 けたたましい着信音に未来は慌てて携帯電話に手を伸ばす。現在の時間は朝の四時。決して人様に電話をかける時間ではない。こんな非常識な時間に電話をかけてくる人間に心当たりはなかった。だが、同時にこんな時間であるからこそ、非常事態な気もしたのだ。
「はい」
「未来、御堂だけど……朝からごめん」
 申し訳なさそうな声音だが、どこか焦っている様にも聞こえる。
「茜?どうかしたの、こんな時間に」
「今パソコン見れる?読書家」
 読書家とは未来が好んで使っている小説投稿サイト兼電子書籍販売サイトだ。ここで編集の人間に認められればデビューもあるため、かなりクオリティの高い小説が多数ある。未来もまたここに投稿している。最近まで執筆していた小説も確認が終わり次第投稿する予定にしている。
 文芸部の中には読書家に投稿している人間が多いので御堂が話題に出す事はさほど珍しいことではない、こんな非常識な時間でなければ。
「見れる、けど……どうかしたの?」
「じゃあ読書家で検索して、桜色図書館、ってとこなんだけど」
 言われた名前に覚えはないが、一応検索をかける。
 この読書家の面白いところは、会員登録をすれば一人一つずつ図書館がもらえる、というところだ。その図書館には自分が読んだ本のレビューを載せる事も出来るが、自作のオリジナル小説や漫画等の本を販売することも出来る。その販売に現金は使われず、読書家でしか通用しない通貨「コイン」を利用することになるが、そのコインを多く貯める事でプロの本の購入もできるようになっている。運営が大手出版社、瑞宝社であることもあり、作家を目指す人間にとっては投稿することが一種のステータスとなっているのだ。
 未来は桜色図書館のページを見つけ、中に入ってみる。入ってすぐに見れるのは、図書館作成者の新作の紹介だ。
「これ……」
 新作、タイトルは“本能寺”。「織田信長の死の真相に迫る、本当の実行犯は、千利休だった……」と描かれ、冒頭部分のみ試し読み可となっている。その他は七百コインで販売している。
 冒頭部分を読んだ未来の目があんぐりと見開かれた。見覚えのあり過ぎるストーリーと、その冒頭の文章。
「これ……私の……?」
 もちろん、未来が投稿したわけではない。だが、その冒頭は未来が書いた内容と一字一句違わない。
 未来は迷わず「購入」ボタンをクリックしたが、「コインが足りません」との画面に移行してしまう。プロが書いた本の、しかも相応に高いものでさえ、五十コインもあれば買える読書家で、七百コインの蓄えなんて持っていない。
 何も考えることができない。何故、この話がここにあるのだろう。なぜ、未来が聞いたことも見たこともないような図書館で未来が書いた本が並んでいるのだろう。
 なぜ……未来は言葉を発することさえできず、呆然とパソコンの画面を眺めている事しかできなかった。

「ゆる……さない……」
 この小説は、未来が本気で出版をねらうつもりで書いた小説だ。読書家の公募に応募して自分の実力を試すつもりでいたのに、一度未来以外の名で世に出たものはたとえそれがプロの作品としてではなかったとしても二度と表には出せない。残り二部構成にするつもりだったのに、それすら敵わなくなるかもしれない。
「絶対に許さない。犯人を必ず見つけてやる」
 低くとどろくような声音は、誰の耳にも聞こえずに消えていった。
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