Aria ~国立能力研究所~

しらゆき

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第3章 盗まれた作品

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 家宅捜索中、捜査員は一様に顔を顰めていた。それは未来も同じだ。美穂の部屋を見た時の彼らの反応はある意味見ものだったと思う。初めに未来があの部屋を見た時も同じような表情をしていたのだろうか。あの狭い部屋の中で懐中電灯の明かりだけを頼りに固まっていた子供たちは美穂と椿の姿にほっとした表情を浮かべ、同時に背後にいた捜査員の姿には怯えたように部屋の隅に固まってしまった。
「ここ……は?」
「私の部屋です」
 代表して問いかけたトウマに淡々として答えた美穂の言葉にトウマが目を見張り絶句する。ここは部屋ではなく牢屋と言った方が納得できるような場所なのだからそれも当然だろうが。
「いつも、ここに?」
「このくらい平気です。慣れてますし……あと少しの辛抱だと思ってましたから。でも……」
 今にも泣きそうに顔をゆがめた美穂が近くに寄ってきた子供たちの頭を優しく撫でる。
「刑事さん。この孤児院がなくなったら、この子たちはどうなるんですか?……普通の、今よりもまともな場所で生活できますか?」
 美穂は切実な表情を浮かべている。その問いがあまりに悲しい。もし、孤児院がつぶれても、今よりも劣悪な環境になることを美穂は危惧している。これよりも悪くなるはずがないのに、その事を彼女は知らない。
「……君たちも、この子たちも、それに……他の子たちもみんなもっと良い環境に行けるように尽力する。絶対に、今より悪くなることなんてない」
 きっぱりと断言したトウマの言葉に美穂は戸惑い、そして小さく頷いた。
「よろしく、お願いします」
 小さな小さな声。だが、その声はちゃんとトウマまで届いたらしく、トウマが優しげな表情で、しっかりと頷いた。

「東雲警部。隠し部屋の入り口が見つかりました」
 美穂の部屋を出た彼らにもたらされた情報に一瞬で空気が変わる。さっきまでの多少和やかになっていた空気が一瞬で四散する。
「どこだ?」
「こちらです」
 伝えに来た刑事が先導し、そこにトウマや美穂たちが続く。それよりも一歩後を未来も歩いて行った。見失わないように、彼らの声が聞こえなくならないように小走りでついていく。
 隠し部屋に着くまで誰一人口を開かなかった。その全身から緊張がひしひしと伝わってくる。
 院長室の床、何も置いていないマットレスの下にその入り口はあった。
「ここか……確かに院長室であれば他の人間が目にすることもないだろうが……」
 チラリ、と美穂を見たトウマに美穂が小さく首を振る。
「私も、初めて入りました……地下があることも今初めて知りましたし……」
 困ったように顔を顰めた美穂は、それでも何かを決意したような表情で頷いた。これから見るモノはきっと穏やかではないはずだ。それでも目を逸らさない覚悟を彼女はしたのだ。
 地下の扉を開いた瞬間にまず感じたのは冷たい冷気だった。冷たい空気が下から流れてくる。
 地下は真っ暗で明かりひとつなく、何も見えない。だが、その地下を見下ろした美穂が小さく息を呑む。
「……れ?すみ……れ……?」
 小さな声が美穂からもれる。それは先ほど報告書で見たばかりの、美穂の妹の名だった。
「山内さん?」
 トウマが美穂の腕を軽くつかみ問いかけた。今美穂の腕を離したらこの闇の中に彼女が消えてしまいそうな、そんな危うさを感じる。
「……すみれが……いる……凍ってる……」
 呆然とつぶやいた美穂の言葉にトウマが懐中電灯で地下を照らす。さほど深くないのか、懐中電灯を当てると狭い地下の部屋を完全に見通すことができた。
 目に飛び込んできた光景に未来の口から小さな音が漏れた。声にさえならない、音。自分が何と口にしたのか瞬時に理解できなかった。「地下には元々孤児院にいたであろう子供たちの遺体があった」とは書いてあったがその遺体がどのような状態であったのかの記述が一切なかった。そのありえない光景に未来は思わず口元を抑えた。今が生身の状態だったら確実に吐いている。事実、その光景を覗き込んだ椿は口元を抑え、そのまま部屋の外に飛び出していった。その目に涙が浮かんでいるのを見た。
 その地下は四方がたった一メートルほどの狭い部屋だった。そこに子供たちの遺体が、おそらく命を落とした瞬間の状態で転がっていた。白い粉がついている。……氷漬けの遺体を見たのは生まれて初めてだった。ドラマで見た時も嫌な気分になったが作り物だから、とさほど気にしないで済んだが今は違う。これは作り物でもなんでもなくて、現実に起ったことだ。この狭さ、この状態から考えるに、美穂の母親は自分の意にそぐわない、でもこの孤児院の闇を知っている子供たちを生きたままこの地下の冷凍庫に突き落としたのだ。
 ぞっとした。これが、人のやる事なのだろうか?しかも、孤児院の子どもだけではなく自分が腹を痛めて産んだ我が子にまでそのようなことをできる女の神経が理解できない。
 耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。それが誰の声だったのかはわからない。だが、その声が未来を現実世界に叩き起こした。
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