39 / 67
第3章 盗まれた作品
16
しおりを挟む
家宅捜索中、捜査員は一様に顔を顰めていた。それは未来も同じだ。美穂の部屋を見た時の彼らの反応はある意味見ものだったと思う。初めに未来があの部屋を見た時も同じような表情をしていたのだろうか。あの狭い部屋の中で懐中電灯の明かりだけを頼りに固まっていた子供たちは美穂と椿の姿にほっとした表情を浮かべ、同時に背後にいた捜査員の姿には怯えたように部屋の隅に固まってしまった。
「ここ……は?」
「私の部屋です」
代表して問いかけたトウマに淡々として答えた美穂の言葉にトウマが目を見張り絶句する。ここは部屋ではなく牢屋と言った方が納得できるような場所なのだからそれも当然だろうが。
「いつも、ここに?」
「このくらい平気です。慣れてますし……あと少しの辛抱だと思ってましたから。でも……」
今にも泣きそうに顔をゆがめた美穂が近くに寄ってきた子供たちの頭を優しく撫でる。
「刑事さん。この孤児院がなくなったら、この子たちはどうなるんですか?……普通の、今よりもまともな場所で生活できますか?」
美穂は切実な表情を浮かべている。その問いがあまりに悲しい。もし、孤児院がつぶれても、今よりも劣悪な環境になることを美穂は危惧している。これよりも悪くなるはずがないのに、その事を彼女は知らない。
「……君たちも、この子たちも、それに……他の子たちもみんなもっと良い環境に行けるように尽力する。絶対に、今より悪くなることなんてない」
きっぱりと断言したトウマの言葉に美穂は戸惑い、そして小さく頷いた。
「よろしく、お願いします」
小さな小さな声。だが、その声はちゃんとトウマまで届いたらしく、トウマが優しげな表情で、しっかりと頷いた。
「東雲警部。隠し部屋の入り口が見つかりました」
美穂の部屋を出た彼らにもたらされた情報に一瞬で空気が変わる。さっきまでの多少和やかになっていた空気が一瞬で四散する。
「どこだ?」
「こちらです」
伝えに来た刑事が先導し、そこにトウマや美穂たちが続く。それよりも一歩後を未来も歩いて行った。見失わないように、彼らの声が聞こえなくならないように小走りでついていく。
隠し部屋に着くまで誰一人口を開かなかった。その全身から緊張がひしひしと伝わってくる。
院長室の床、何も置いていないマットレスの下にその入り口はあった。
「ここか……確かに院長室であれば他の人間が目にすることもないだろうが……」
チラリ、と美穂を見たトウマに美穂が小さく首を振る。
「私も、初めて入りました……地下があることも今初めて知りましたし……」
困ったように顔を顰めた美穂は、それでも何かを決意したような表情で頷いた。これから見るモノはきっと穏やかではないはずだ。それでも目を逸らさない覚悟を彼女はしたのだ。
地下の扉を開いた瞬間にまず感じたのは冷たい冷気だった。冷たい空気が下から流れてくる。
地下は真っ暗で明かりひとつなく、何も見えない。だが、その地下を見下ろした美穂が小さく息を呑む。
「……れ?すみ……れ……?」
小さな声が美穂からもれる。それは先ほど報告書で見たばかりの、美穂の妹の名だった。
「山内さん?」
トウマが美穂の腕を軽くつかみ問いかけた。今美穂の腕を離したらこの闇の中に彼女が消えてしまいそうな、そんな危うさを感じる。
「……すみれが……いる……凍ってる……」
呆然とつぶやいた美穂の言葉にトウマが懐中電灯で地下を照らす。さほど深くないのか、懐中電灯を当てると狭い地下の部屋を完全に見通すことができた。
目に飛び込んできた光景に未来の口から小さな音が漏れた。声にさえならない、音。自分が何と口にしたのか瞬時に理解できなかった。「地下には元々孤児院にいたであろう子供たちの遺体があった」とは書いてあったがその遺体がどのような状態であったのかの記述が一切なかった。そのありえない光景に未来は思わず口元を抑えた。今が生身の状態だったら確実に吐いている。事実、その光景を覗き込んだ椿は口元を抑え、そのまま部屋の外に飛び出していった。その目に涙が浮かんでいるのを見た。
その地下は四方がたった一メートルほどの狭い部屋だった。そこに子供たちの遺体が、おそらく命を落とした瞬間の状態で転がっていた。白い粉がついている。……氷漬けの遺体を見たのは生まれて初めてだった。ドラマで見た時も嫌な気分になったが作り物だから、とさほど気にしないで済んだが今は違う。これは作り物でもなんでもなくて、現実に起ったことだ。この狭さ、この状態から考えるに、美穂の母親は自分の意にそぐわない、でもこの孤児院の闇を知っている子供たちを生きたままこの地下の冷凍庫に突き落としたのだ。
ぞっとした。これが、人のやる事なのだろうか?しかも、孤児院の子どもだけではなく自分が腹を痛めて産んだ我が子にまでそのようなことをできる女の神経が理解できない。
耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。それが誰の声だったのかはわからない。だが、その声が未来を現実世界に叩き起こした。
「ここ……は?」
「私の部屋です」
代表して問いかけたトウマに淡々として答えた美穂の言葉にトウマが目を見張り絶句する。ここは部屋ではなく牢屋と言った方が納得できるような場所なのだからそれも当然だろうが。
「いつも、ここに?」
「このくらい平気です。慣れてますし……あと少しの辛抱だと思ってましたから。でも……」
今にも泣きそうに顔をゆがめた美穂が近くに寄ってきた子供たちの頭を優しく撫でる。
「刑事さん。この孤児院がなくなったら、この子たちはどうなるんですか?……普通の、今よりもまともな場所で生活できますか?」
美穂は切実な表情を浮かべている。その問いがあまりに悲しい。もし、孤児院がつぶれても、今よりも劣悪な環境になることを美穂は危惧している。これよりも悪くなるはずがないのに、その事を彼女は知らない。
「……君たちも、この子たちも、それに……他の子たちもみんなもっと良い環境に行けるように尽力する。絶対に、今より悪くなることなんてない」
きっぱりと断言したトウマの言葉に美穂は戸惑い、そして小さく頷いた。
「よろしく、お願いします」
小さな小さな声。だが、その声はちゃんとトウマまで届いたらしく、トウマが優しげな表情で、しっかりと頷いた。
「東雲警部。隠し部屋の入り口が見つかりました」
美穂の部屋を出た彼らにもたらされた情報に一瞬で空気が変わる。さっきまでの多少和やかになっていた空気が一瞬で四散する。
「どこだ?」
「こちらです」
伝えに来た刑事が先導し、そこにトウマや美穂たちが続く。それよりも一歩後を未来も歩いて行った。見失わないように、彼らの声が聞こえなくならないように小走りでついていく。
隠し部屋に着くまで誰一人口を開かなかった。その全身から緊張がひしひしと伝わってくる。
院長室の床、何も置いていないマットレスの下にその入り口はあった。
「ここか……確かに院長室であれば他の人間が目にすることもないだろうが……」
チラリ、と美穂を見たトウマに美穂が小さく首を振る。
「私も、初めて入りました……地下があることも今初めて知りましたし……」
困ったように顔を顰めた美穂は、それでも何かを決意したような表情で頷いた。これから見るモノはきっと穏やかではないはずだ。それでも目を逸らさない覚悟を彼女はしたのだ。
地下の扉を開いた瞬間にまず感じたのは冷たい冷気だった。冷たい空気が下から流れてくる。
地下は真っ暗で明かりひとつなく、何も見えない。だが、その地下を見下ろした美穂が小さく息を呑む。
「……れ?すみ……れ……?」
小さな声が美穂からもれる。それは先ほど報告書で見たばかりの、美穂の妹の名だった。
「山内さん?」
トウマが美穂の腕を軽くつかみ問いかけた。今美穂の腕を離したらこの闇の中に彼女が消えてしまいそうな、そんな危うさを感じる。
「……すみれが……いる……凍ってる……」
呆然とつぶやいた美穂の言葉にトウマが懐中電灯で地下を照らす。さほど深くないのか、懐中電灯を当てると狭い地下の部屋を完全に見通すことができた。
目に飛び込んできた光景に未来の口から小さな音が漏れた。声にさえならない、音。自分が何と口にしたのか瞬時に理解できなかった。「地下には元々孤児院にいたであろう子供たちの遺体があった」とは書いてあったがその遺体がどのような状態であったのかの記述が一切なかった。そのありえない光景に未来は思わず口元を抑えた。今が生身の状態だったら確実に吐いている。事実、その光景を覗き込んだ椿は口元を抑え、そのまま部屋の外に飛び出していった。その目に涙が浮かんでいるのを見た。
その地下は四方がたった一メートルほどの狭い部屋だった。そこに子供たちの遺体が、おそらく命を落とした瞬間の状態で転がっていた。白い粉がついている。……氷漬けの遺体を見たのは生まれて初めてだった。ドラマで見た時も嫌な気分になったが作り物だから、とさほど気にしないで済んだが今は違う。これは作り物でもなんでもなくて、現実に起ったことだ。この狭さ、この状態から考えるに、美穂の母親は自分の意にそぐわない、でもこの孤児院の闇を知っている子供たちを生きたままこの地下の冷凍庫に突き落としたのだ。
ぞっとした。これが、人のやる事なのだろうか?しかも、孤児院の子どもだけではなく自分が腹を痛めて産んだ我が子にまでそのようなことをできる女の神経が理解できない。
耳をつんざくような悲鳴が聞こえた。それが誰の声だったのかはわからない。だが、その声が未来を現実世界に叩き起こした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
無魔力の令嬢、婚約者に裏切られた瞬間、契約竜が激怒して王宮を吹き飛ばしたんですが……
タマ マコト
ファンタジー
王宮の祝賀会で、無魔力と蔑まれてきた伯爵令嬢エリーナは、王太子アレクシオンから突然「婚約破棄」を宣告される。侍女上がりの聖女セレスが“新たな妃”として選ばれ、貴族たちの嘲笑がエリーナを包む。絶望に胸が沈んだ瞬間、彼女の奥底で眠っていた“竜との契約”が目を覚まし、空から白銀竜アークヴァンが降臨。彼はエリーナの涙に激怒し、王宮を半壊させるほどの力で彼女を守る。王国は震え、エリーナは自分が竜の真の主であるという運命に巻き込まれていく。
神スキル【絶対育成】で追放令嬢を餌付けしたら国ができた
黒崎隼人
ファンタジー
過労死した植物研究者が転生したのは、貧しい開拓村の少年アランだった。彼に与えられたのは、あらゆる植物を意のままに操る神スキル【絶対育成】だった。
そんな彼の元に、ある日、王都から追放されてきた「悪役令嬢」セラフィーナがやってくる。
「私があなたの知識となり、盾となりましょう。その代わり、この村を豊かにする力を貸してください」
前世の知識とチートスキルを持つ少年と、気高く理知的な元公爵令嬢。
二人が手を取り合った時、飢えた辺境の村は、やがて世界が羨む豊かで平和な楽園へと姿を変えていく。
辺境から始まる、農業革命ファンタジー&国家創成譚が、ここに開幕する。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~
いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。
地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。
「――もう、草とだけ暮らせればいい」
絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。
やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる――
「あなたの薬に、国を救ってほしい」
導かれるように再び王都へと向かうレイナ。
医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。
薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える――
これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。
※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。
中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています
浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】
ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!?
激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。
目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。
もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。
セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。
戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。
けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。
「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの?
これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、
ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。
※小説家になろうにも掲載中です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる