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第3章 盗まれた作品
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いつもと同じ、暗闇が晴れた未来は目の前に映る光景に絶句した。未来がいるのは、あまり広くない部屋だった。真四角の部屋の中にあるのは、勉強用であろう机が一つと、人一人が寝れる程度の大きさのベッド、そして小さな本棚が一つだけだ。そして、それを置いただけでかなり狭苦しく感じる。薄暗い部屋。どこか違和感を感じる。
違和感の正体はすぐにわかった。その部屋には窓がない。入り口は扉が一つあるだけ。電気も一応あるが、天井にぶら下がっている豆電球のみ。牢屋というより一昔前の貧乏な庶民の家、のようだ。ただし、その家とは違い鉄筋造りだが。
薄暗い部屋の中でパラり、と小さな音が響く。
山内美穂が本を読んでいた。周りの暗さなんて一切気にならないかのように本を眺める姿に唖然とする。普通に考えればこの暗がりの中で本を読めるわけがない。
がちゃ、と小さな音を立て扉が開き、音もなく数名の子どもたちが入ってきた。その様子に美穂が驚いたように目を瞬いている。
「……あなた達、何を……」
「椿ねーちゃんが、ここでおとなしくしてろって……」
小さな声で告げられた言葉に美穂の顔が軽く歪んだ。だが、それは直ぐに消える。無表情に見えるその表情に優しい笑みを浮かべ子供の頭を軽く撫でた。
「暗くて悪いけど、ちょっと我慢してね」
優しい声音。未来が知る彼女とはかけ離れて感じた。彼女がそんなに優しく話しかける姿を想像したことはなかった。直接は知らないが、それでも未来が知る山内美穂は高圧的で冷たい女の子。それどころか、高飛車にも感じる少女。だが、今の美穂は、未来が見たことのある彼女とは別人のように見えた。これが、孤児院で子供たちと接するときの彼女なら……母親よりもよほど素晴らしい保育士になれるだろうとさえ、思える。
美穂は机の引き出しから取り出した懐中電灯を子供たちの前に置き、静かに部屋を出た。扉の前には七尾がいる。彼女を見た美穂の表情から笑みが消えた。ありえないほどの切り替えの速さだ。
「何事?」
「……警察の、家宅捜索が来るから……」
小さな声に美穂が大きく目を瞬いた。今彼女が口にした言葉が瞬時には理解できなかったのだろう。当たり前だ。いきなり家宅捜索、と言われて納得できる人がいるはずがない。
「何、それ……」
「美穂も、気づいてるでしょ?もう、限界だよ。私たちもだけど、多分お気に入りの子たちも」
美穂が唇を噛みしめた。その目や表情に悔恨の色を感じる。
「でも、何でいきなり家宅捜索……私たちがいくら訴えても、警察は……」
「美穂が訴えたのって、私が来て直ぐ位だよね?確か……美穂が初めてみなし部屋の事を知った時」
「そう、だけど……」
「子供の言う事だし、調査には来たみたいだけど、あの人、外面はいいから。それに、何度か続けているうちに“いつものこと”になっちゃったんじゃないかな?」
告げられた言葉に美穂が困ったように笑う。事実なのだろう。初めの頃の訴えは一応調査した。でも、相手が子供だから半信半疑の適当な調査。そのうちに山内美穂は警察の中で「嘘つきな狼人間」になってしまったのだろう。いつから彼女は声に出して訴える事を辞めたのだろう。もし、初めて訴えた時にAriaの人間がいたなら、Ariaが調査に乗り出していたのなら彼女たちの人生は今と違うモノになっていたのかもしれない。今の山内美穂を作ったのは警察やその他大勢の大人たちなのだろう。彼女もまた被害者だったのだ。
大嫌いで、許せなくて、追い落としたいと思っていた美穂。でも、今はそう思えなくなってしまっている。無理やり復讐を決行しなくてよかったと思う。
不意にざわつくような大きな音が聞こえてきた。子供たちの戸惑うような声や、女性の悲鳴に近い叫び声も聞こえる。
未来がその音の方に顔を向けるのと、美穂が駆け出していくのはほぼ同時だった。未来は慌てて彼女の後を追う。見失えば探すのに時間がかかる。漫画やアニメのように一瞬でその場所に行けるわけではないのだ。
「あなたね、あなたがまた何か言ったの?また嘘をついて、そんなにお母さんを困らせたいの?」
困ったような、怒りを堪えたような表情で美穂を見る女性。何も知らなければ、彼女を本当に美穂を大事にしている母親だと認識することができただろう。もし、今までの調査でもこの三問芝居をしていたのであれば、彼女の母親は孤児院の院長ではなく女優になるべきだ。
そんな母親を見る美穂の目はどこまでも冷たかった。それは親を見る目ではない。
「……私は、何もしていない」
小さな、でもしっかりとした声で告げた美穂の言葉を女性は完全に無視した。まるで何も聞こえなかったかのように。
「美穂?いったい何が気に入らないの。何でそんな嘘ばかり……」
優しげな声音、捜査官の中には顔をゆがめている人間もいる。だが、その視線は美穂ではなく母親の方に向いていた。彼らは皆、この孤児院の実態を知った上でこの場に立っているのだろう。
「お母さん、まず、彼女は何もしていませんよ。……あなたがこの孤児院の子どもたちに売春をさせている事は調べがついています。客であった人間は既に拘束済みです」
一歩前に出てきた男性、捜査官の中でも若い部類に入りそうな男性が告げた言葉に一番驚いた表情を浮かべたのは美穂と椿だった。あんぐりと口をあけ、母親を見ている。
「……売……春……?あの子たちに……?」
ポツンと呟いた美穂の言葉が、静まり返った孤児院の中でやけに大きく響いた。
家宅捜索は素早いスピードで行われた。統制のとれた動きでまず子供たちを広間に集め、同時に院長である美穂の母親をパトカーに連れて行く。それからすぐに孤児院中の家宅捜索が始まった。その中で唖然と立つ美穂と椿に先ほどの捜査官が近づいて来た。
「山内美穂さんと七尾椿さんだね?私は東雲斗真。この家宅捜査の指揮官だよ」
小さく頭を下げた男の名に未来は小さく息をのんだ。東雲斗真の名に聞き覚えはないが、「トウマ」の音には聞き覚えがあった。
「まさか、彼が?」
トウマは確か超脚力の能力者で、Aria所属の中の数少ない現職警察官だと聞いている。実際に顔を見るのは初めてだが思ったよりもずっと若い。未来や弥生が所属するAriaの特殊捜査班のリーダーだと聞いていたので勝手に五十くらいの年配の男性を思い浮かべていた。それが、今、目の前に立っている人は予想外に若い。多分三十代くらいかもしれない。
「君たちはどうする?広間に行くか、それとも……」
「ここに、いてもいいですか?あの人が何をしていたのか、私は知る義務があります」
弱々しく、今にも壊れてしまいそうな雰囲気で、でも強いまなざしをしている美穂の姿に思わず息を呑んだ。このたった数分間で美穂を纏う雰囲気が変わった。自分が避け続けてきた母親の全てを知る覚悟ができたのだろう。
「そうか。わかった。ただし、私の側は離れないでもらいたい」
思いのほかあっさりとトウマが許可を出す。弥生か、それとも他の誰かなのか、美穂が望むのなら操作に同行させるように、との指示が出ているのかもしれない。
「よろしく、お願いします……椿は?どうする?」
軽く首をかしげた美穂に椿も軽く頷いた。
「一緒にいる。美穂を一人に出来ないし」
声があまりに小さくて一瞬すぐ隣にいた未来でも聞き逃してしまった。当然美穂やトウマにも聞こえていなかったらしく軽く首をかしげている。
「椿?」
「……なんでもない、美穂といる、って言ったの」
今度ははっきりと聞こえるような声音で告げる。
違和感の正体はすぐにわかった。その部屋には窓がない。入り口は扉が一つあるだけ。電気も一応あるが、天井にぶら下がっている豆電球のみ。牢屋というより一昔前の貧乏な庶民の家、のようだ。ただし、その家とは違い鉄筋造りだが。
薄暗い部屋の中でパラり、と小さな音が響く。
山内美穂が本を読んでいた。周りの暗さなんて一切気にならないかのように本を眺める姿に唖然とする。普通に考えればこの暗がりの中で本を読めるわけがない。
がちゃ、と小さな音を立て扉が開き、音もなく数名の子どもたちが入ってきた。その様子に美穂が驚いたように目を瞬いている。
「……あなた達、何を……」
「椿ねーちゃんが、ここでおとなしくしてろって……」
小さな声で告げられた言葉に美穂の顔が軽く歪んだ。だが、それは直ぐに消える。無表情に見えるその表情に優しい笑みを浮かべ子供の頭を軽く撫でた。
「暗くて悪いけど、ちょっと我慢してね」
優しい声音。未来が知る彼女とはかけ離れて感じた。彼女がそんなに優しく話しかける姿を想像したことはなかった。直接は知らないが、それでも未来が知る山内美穂は高圧的で冷たい女の子。それどころか、高飛車にも感じる少女。だが、今の美穂は、未来が見たことのある彼女とは別人のように見えた。これが、孤児院で子供たちと接するときの彼女なら……母親よりもよほど素晴らしい保育士になれるだろうとさえ、思える。
美穂は机の引き出しから取り出した懐中電灯を子供たちの前に置き、静かに部屋を出た。扉の前には七尾がいる。彼女を見た美穂の表情から笑みが消えた。ありえないほどの切り替えの速さだ。
「何事?」
「……警察の、家宅捜索が来るから……」
小さな声に美穂が大きく目を瞬いた。今彼女が口にした言葉が瞬時には理解できなかったのだろう。当たり前だ。いきなり家宅捜索、と言われて納得できる人がいるはずがない。
「何、それ……」
「美穂も、気づいてるでしょ?もう、限界だよ。私たちもだけど、多分お気に入りの子たちも」
美穂が唇を噛みしめた。その目や表情に悔恨の色を感じる。
「でも、何でいきなり家宅捜索……私たちがいくら訴えても、警察は……」
「美穂が訴えたのって、私が来て直ぐ位だよね?確か……美穂が初めてみなし部屋の事を知った時」
「そう、だけど……」
「子供の言う事だし、調査には来たみたいだけど、あの人、外面はいいから。それに、何度か続けているうちに“いつものこと”になっちゃったんじゃないかな?」
告げられた言葉に美穂が困ったように笑う。事実なのだろう。初めの頃の訴えは一応調査した。でも、相手が子供だから半信半疑の適当な調査。そのうちに山内美穂は警察の中で「嘘つきな狼人間」になってしまったのだろう。いつから彼女は声に出して訴える事を辞めたのだろう。もし、初めて訴えた時にAriaの人間がいたなら、Ariaが調査に乗り出していたのなら彼女たちの人生は今と違うモノになっていたのかもしれない。今の山内美穂を作ったのは警察やその他大勢の大人たちなのだろう。彼女もまた被害者だったのだ。
大嫌いで、許せなくて、追い落としたいと思っていた美穂。でも、今はそう思えなくなってしまっている。無理やり復讐を決行しなくてよかったと思う。
不意にざわつくような大きな音が聞こえてきた。子供たちの戸惑うような声や、女性の悲鳴に近い叫び声も聞こえる。
未来がその音の方に顔を向けるのと、美穂が駆け出していくのはほぼ同時だった。未来は慌てて彼女の後を追う。見失えば探すのに時間がかかる。漫画やアニメのように一瞬でその場所に行けるわけではないのだ。
「あなたね、あなたがまた何か言ったの?また嘘をついて、そんなにお母さんを困らせたいの?」
困ったような、怒りを堪えたような表情で美穂を見る女性。何も知らなければ、彼女を本当に美穂を大事にしている母親だと認識することができただろう。もし、今までの調査でもこの三問芝居をしていたのであれば、彼女の母親は孤児院の院長ではなく女優になるべきだ。
そんな母親を見る美穂の目はどこまでも冷たかった。それは親を見る目ではない。
「……私は、何もしていない」
小さな、でもしっかりとした声で告げた美穂の言葉を女性は完全に無視した。まるで何も聞こえなかったかのように。
「美穂?いったい何が気に入らないの。何でそんな嘘ばかり……」
優しげな声音、捜査官の中には顔をゆがめている人間もいる。だが、その視線は美穂ではなく母親の方に向いていた。彼らは皆、この孤児院の実態を知った上でこの場に立っているのだろう。
「お母さん、まず、彼女は何もしていませんよ。……あなたがこの孤児院の子どもたちに売春をさせている事は調べがついています。客であった人間は既に拘束済みです」
一歩前に出てきた男性、捜査官の中でも若い部類に入りそうな男性が告げた言葉に一番驚いた表情を浮かべたのは美穂と椿だった。あんぐりと口をあけ、母親を見ている。
「……売……春……?あの子たちに……?」
ポツンと呟いた美穂の言葉が、静まり返った孤児院の中でやけに大きく響いた。
家宅捜索は素早いスピードで行われた。統制のとれた動きでまず子供たちを広間に集め、同時に院長である美穂の母親をパトカーに連れて行く。それからすぐに孤児院中の家宅捜索が始まった。その中で唖然と立つ美穂と椿に先ほどの捜査官が近づいて来た。
「山内美穂さんと七尾椿さんだね?私は東雲斗真。この家宅捜査の指揮官だよ」
小さく頭を下げた男の名に未来は小さく息をのんだ。東雲斗真の名に聞き覚えはないが、「トウマ」の音には聞き覚えがあった。
「まさか、彼が?」
トウマは確か超脚力の能力者で、Aria所属の中の数少ない現職警察官だと聞いている。実際に顔を見るのは初めてだが思ったよりもずっと若い。未来や弥生が所属するAriaの特殊捜査班のリーダーだと聞いていたので勝手に五十くらいの年配の男性を思い浮かべていた。それが、今、目の前に立っている人は予想外に若い。多分三十代くらいかもしれない。
「君たちはどうする?広間に行くか、それとも……」
「ここに、いてもいいですか?あの人が何をしていたのか、私は知る義務があります」
弱々しく、今にも壊れてしまいそうな雰囲気で、でも強いまなざしをしている美穂の姿に思わず息を呑んだ。このたった数分間で美穂を纏う雰囲気が変わった。自分が避け続けてきた母親の全てを知る覚悟ができたのだろう。
「そうか。わかった。ただし、私の側は離れないでもらいたい」
思いのほかあっさりとトウマが許可を出す。弥生か、それとも他の誰かなのか、美穂が望むのなら操作に同行させるように、との指示が出ているのかもしれない。
「よろしく、お願いします……椿は?どうする?」
軽く首をかしげた美穂に椿も軽く頷いた。
「一緒にいる。美穂を一人に出来ないし」
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