Aria ~国立能力研究所~

しらゆき

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第4章 Aria展

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 Aria展の会場はすでに人でごった返していた。それなのに決して煩いという印象がないのは、私語をする人間がほとんどいないからだろう。他の美術展とは異なり、Aria展を含め、いくつかあるプロの登竜門と言われる美術展に来る客は美術家仲間や金の卵を探しに来た画商の人や美術評論家が多い。真剣に見ている人が多いからか、私語をしていると冷たい視線とともに追い出されることさえある。
「山内さん、今から私がいいと言うまで私語厳禁。質問は後でまとめて答えるから気になった事があったらメモしておいて」
「はい」
 きっぱりと頷いた美穂に未来は軽く頷き返し、美術展の会場に入った。入り口にデカデカと「私語厳禁」と書いてある。
「二人」
 受付で小さく告げるとAriaの身分証明書を出す。
「山内さんも出して」
 短く告げると美穂は慌ててカードを出した。既に疑問がありそうだがさっきの言葉を思い出したのか何も口にしなかった。
 美穂に受付でのことは初めから説明しておきべきだった。綺麗さっぱり忘れていた。だからAria巡りの解説者に未来は向かない。後で絶対弥生に色々言われる。
「畏まりました。それでは、中を見学し終わりましたら、ニ番出口へお越しください。そこから係りのものがご案内致します」
 受付の女性が案内図を差し出してくる。
「ありがとうございます」
 小さく告げ、案内図を受け取った。ここからは、完全に私語厳禁だ。ほぼ音のない空間で言葉を発する勇気がある人間がいるとは思えないが。

 美穂は思っていたよりもずっとゆっくり作品を見ていた。Aria展に出展されているのは絵だけではないというのも大きな特徴だろう。絵や写真が多いが他にはアクセサリーなどの金属製品から、木造製品、縫いぐるみ、ペーパークラフトやシャドウボックスなど多岐にわたる。
 その中でも美穂は手で作る小物系のものが気に入ったらしく、キラキラとした目で見ている。この間製本作業をした時にも感じたが、美穂は随分と手先が器用だった。もともとこういうのが好きだったのかもしれない。今までの環境がそれを口にすることを許さなかったのだろう。
 異変は、第二エリア、小物の間を出ようとしたところで起こった。突然部屋の明かりが消えた。太陽の光が当たると色落ちや劣化の可能性がある作品が多々あるからか、展示室には窓が一つもない。空気の入れ替えには、天井にある天窓を利用するが、光を通さないようにAria技術を駆使しているため、光を一切通さない仕組みになっている。だからか電気が消えると一寸先も見えない闇の世界となる。停電した時の対策としてすぐに自家発電に切り替わるはずだが一向に電気がつかない。
 そこかしこで小さな悲鳴さえ聞こえる。かなりパニックに陥っているようだ。彼らを落ち着けるだけの術を未来は持たない。今ここに弥生がいれば、状況をピンポイントで確認できるのだが。
「先輩」
 落ち着いた声とともに手が握られる。その温もりが一人ではないのだと教えてくれて、ほっと息をついた。今は一人じゃない、それも今の状況をしっかりと見ることのできる美穂がここにいるのだ。
「山内さん、今、周り見える?」
「見えます……と言っても電気が消えた理由はわかりませんけど。……先輩、スマホの電波が通じないみたいです」
  チカチカとした明かりが美穂の手元で揺らぐ。確かに電波は圏外のようだ。
「あ、山内さん、スマホの懐中電灯をつかえば……」
 未来の声に美穂が慌てて待ったをかける。すでに小さな明かりは消えている。美穂が手でガードしていたからか、その光に気付いた人はいないようだ。未だパニックに近いざわめきが残っている。誰も動かないのは、動くことさえ躊躇するような暗がりのせいだろう。
「やめたほうがいいです。あれ、メチャクチャ電池くうので、いつ明かりが点くかわからない状況では自殺行為かと。本当に動く必要ができるまでは温存したほうが……」
 美穂の声が途中で止まる。あちこちで電気がつく。全員が使えば、確かに暗闇が明るくなるだろうが、美穂の言葉を聞いた今はやめたほうがいいような気がする。
 こういう状況は未来のほうが慣れているはずなのに、情けない。落ち着かないと。落ち着いて自分のできることを考えるのだ。今、彼らを落ち着けるのは未来には無理だ。こんな小娘の話など聞いてくれるはずがない。だがこのままでは余計にパニックになってしまう。
 カーーーン
 大きな音がホール中に響いた。ざわつき、落ち着かなさげに騒いでいた彼らが黙り込んだ。
「落ち着け。今、騒いだところで何の意味がある。まだ何が起こったのかわからない以上、今必要なのは状況を把握することだ。……電気も温存したほうが良い。消しなさい」
 静かな命令口調に一つ、また一つもと明かりが消える。再び真っ暗になったホールに一つの明かりが点く。その明かりは一旦ホール全体を見回し、二人の男性を示した。
「状況を確認したい。お前とお前。……まず、この部屋にこの美術館にいる人間を集めてきなさい。いまは、一箇所にまとまるべきだ。……その前にまず入り口へ行き、、外に出る道がないか、電気がついている部屋がないかの確認も忘れるな。もし、電気が点いている部屋があれば、我々を呼びに来なさい」
 その声は余りに冷たく、命令口調だったが、貫禄のある落ち着いた声音に部屋の空気が安心したように緩んだ。
 彼がいれば大丈夫な気さえした。
「わ、私が……ですか……?」
「この中で、動けそうな成人男性は君らだけだ。それとも、何か?君たちは女子供や杖をついた老人に働かせると?」
 男に飛んだ叱責に、彼らだけではなく未来もびくりと肩をすくめた。自分が叱られたわけではないのに、まるで、未来が叱責されたかのような錯覚に陥る。Aria関係者がこれくらいで狼狽えるな、と言われているような気がする。単なる気のせいだと思うが。
 この場の状況は彼に任せよう。今未来にできることは状況を把握するように勤めることだけだ。
「山内さん、今から寝るから、何かあったら起こして」
 小さな声での命令に美穂が戸惑ったような気配を感じた。
「今から……ですか?」
「状況を把握するのに、私が夢を見るのが一番いいから」
 ピンポイントで見れるかはわからないが、という言葉は寸前で飲み込んだ。できるだけ不安にさせないほうがいい。
 ゆっくりと未来が眠りにつくのと、彼らに一人の男が近づいてくるのはほぼ同時だった。男が何かを言った気がするが、未来はそれ認識する前に、眠りに世界へと落ちていった。
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