音に魅せられた僕と音に愛された少女

雨茶野リリィ

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音に魅せられた僕と音に愛された少女

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それを聞いたのは偶然だった。

毎朝の散歩コースを、その日は気まぐれに逸れた。

すると、ピアノの音が聞こえた。

明るくて気分の上がるような、優しい音だった。

その次の日も、また聞けるかと期待してコースから逸れた。

そして、また次の日も。


気が付けば元のコースから逸れたこのコースが、いつもの散歩道となった。

楽しく気分を上げてくれて、その日の始まりを明るく照らしてくれるその音に惹かれた。

そうして毎朝ピアノの音を聞いて、時にはバイオリンやフルートの音を聞いて、僕は元気を貰っていた。


それから半年が経った頃、その音の奏者が同じ学校の人だと知った。

それも隣りのクラスだった。

けれど彼女と話すことは一度も無かった。

それでも僕は毎朝彼女のピアノを聞いていた。

いつしか僕は、彼女の奏でる音が好きになっていると気付いた。


いつも僕に勇気をくれた音。

その音に勇気を貰えたのは、彼女がそう弾いていたから。

その音が元気をくれたのは、彼女がその音から元気を貰いたかったから。

その音は、いつだって彼女の味方だった。

彼女のために、彼女が奏でる音。

彼女が奏でた音が、僕のためにもなった。


そうして夏を迎え、秋を迎え、冬を迎え、春になり、初めてその音を聞いて一年が経った頃。

その音は聞こえなくなった。


何時からだろう。

僕が一週間程寝込み、病み上がりでもその音が聞きたくて自然と足が向いた日。

その日から既に、音が奏でられることが無くなっていた。

それでも毎朝僕はその道を通った。

三日が経ち、一週間、二週間が過ぎた。

その日も、僕は彼女の音を聞くことは叶わなかった。

そうして長期休みが明け、進学した。

彼女とはクラスメイトになっていた。

そこで、その音が聞けなくなった理由を知った。

彼女が事故に遭い、腕を負傷していたのだ。

僕は彼女に話しかけることは出来なかった。

完治したらまた、あの音が聞けるだろう、と。

何の疑いもなく思っていた。

しかし、彼女が完治して幾日が過ぎてもあの音を再び聞くことがない。

引越しをした、という訳では無い。

学校で彼女を見ていると、聞けなくなる前よりも暗い雰囲気を纏っていた。

理由は分からない。

分からないけれど、僕は彼女に元気になって欲しいと思うようになった。

それから僕は音楽の先生に頼んでピアノを借り、独学でピアノを学んだ。


元気付ける方法は他にもあったかも知れない。

けれど、彼女にはそれが一番だと思った。

自分を音に表せる彼女。

音から欲しいものを貰っていた彼女。

音を愛し、それ故に音に愛された彼女。

その彼女に、僕は貰ったものを少しでも返したかった。

だからこそ、僕はピアノに自分の想いを乗せ、奏でたいと思ったのだ。


たった一つ、選んだその楽譜だけを練習した。

ひと月、ふた月と経ち、そして

僕は彼女に声を掛けた。

不思議そうにしていた彼女。

けれど僕のピアノを聞いて欲しいと頼むと、困った顔でそれでも頷いてくれた。

彼女のためだけの、僕からの贈り物を。

心を込めて奏でる。

演奏時間は約15分。

緊張で震えていた手も、届ける音と共に力強く変わっていく。

そして、演奏が終わり彼女を見ると、

泣いていた。

僕の想いが音から聴こえた、と。

泣いている女の子を前にどうしたら良いのか分からず、焦っていた僕は唐突に話した。

毎朝彼女のピアノを聞いていたこと。

その音に元気をもらったこと。

聞こえなくなり、気分の沈んでいた彼女を勇気付けたいと思ったことを。

最後まで聞いてくれた彼女は、静かに笑って言った。

知っていた、と。

いつからか、毎朝自分の家の前を通る僕のこと。

家の前を通るときだけ少しゆっくりと歩いて、自分のピアノの音を聞いていたこと。

ピアノを弾かなくなっても通っていたこと。

見られていたのか、と少し恥ずかしくなる。

彼女はまだ暫くはピアノを弾かない、と言った。

理由は聞けなかった。

その代わりと言うか、僕は彼女にお願いをした。

週に一度でも良いから、僕の弾くピアノを聞いて欲しい、と。

彼女は驚いた顔をしつつもとても魅力的な笑顔で頷いた。

そして僕たちは毎週ピアノ室に集まるようになり、休みの日は彼女の家にお邪魔するようになるのだった。
















「けど、まさか音で告白されるとは思わなかったかな。」

「え?」

「あの音。情熱的な恋歌でもあるんだよ?」

「ええええええ?!」

「私が満足するまで弾いて貰いたいな。」

「えっ、......ま、また今度で...。」






彼女の音をまた聞けるようになるのは、もう少し先のお話。
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