須藤先生の平凡なる非日常

如月あこ

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第一章 5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている

1、

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 今日は、抜き打ちの小テストがあった。入学して二か月、抜き打ち試験なんてあんのかよ、と教室は阿鼻叫喚の嵐だった。
 内容は、高齢者介護の基本中の基本。認知症について。認知症の種類や、症状、原因などの専門用語や、現場で実際にあった事例を使っての、対応方法についてなど、専門学校さながらの試験だった。
 特に、認知症の種類については、重要なのか太字で出題された。大きくわけて、認知症には二種類ある。アルツハイマー性と、脳血管性認知症だ。ほかにも種類はあるらしいが、この二つが日本では群を抜いて多いという。
 後者は、脳梗塞などの後遺症としてみられるもので。
 前者であるアルツハイマー性は、脳の萎縮によって引き起こされるものだ。記憶障害、判断力の低下、そして何よりわかりやすく現れるのが見当識障害だ。見当識障害というのは、これまで出来ていたことがわからなくなる、といったものだ。日付がわからない、寝る場所がわからない、ドアの開け方がわからない、など。そこに記憶障害が加われば、他者と交わした約束はもちろん、自分がやったことすら忘れてしまい、記憶から消えてしまうという。
 私には想像もできない、そんな過酷な日々を過ごす人々が、この世には大勢いる。
一日の授業を終えた私は、いつも通りリュックを背負って教室を出ようとした。
 そのとき、「鏑木さーん」と軽やかな声で呼ばれて、足を止める。
「なに?」
「ねぇ、帰り遊んで帰らない?」
 声をかけてきたのは、やはりというか、加納さんだった。加納さんの近くには、彼女の友人が二人いて、これから三人で遊んで帰るのだろうと思われた。
 私は、静かに首を横に振った。
「やめとく」
「場所くらい聞いたら? どこにいくとかさー」
 加納さんの友達の一人が言った。不快そうに眉をひそめている。名前は知らないが見覚えはあるので、隣のクラスの生徒だろう。
「そういう問題じゃないんじゃない? きっと、行けない理由があるんだよ」
 加納さんは朗らかに言うと、ね、と私に返事を求めた。
「このあと、バイトがあるの。だから、行けないんだ。誘ってくれてありがとう」
 ぺこり、と頭をさげる。定型的な言葉だったが、不快な表情をしていた女生徒は、途端に申し訳なさを顔に張り付けた。
 さようなら、またね。そう言って、教室を出て、三条通りを半分ほど登ったところで、足を止めた。
 胸を押さえて、深く息をつく。ばくんばくんと心臓が鳴っている。生まれて初めて、学校帰りに遊びに誘われた。行けないし、もとより行くつもりもない私を、誘ってくれる人がいた。
 専門学校に入学してから、奇妙な感覚ばかり覚える。先の見えない闇に覆われた高校時代とは違う、どこかふんわりと柔らかい空気に包まれた日々。
 なんだか、ほんの少しだけ、大人になった気分だ。
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