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第一章 5、須藤先生は、やっぱり少し、変わっている
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「きみは、そういう構ってタイプの変わり者ではない。我が道をいく変わり者というか、人の目や態度を気にしているくせに、男の前で平然と着替えたり、論点がずれている」
「着替えの件は、先生の存在を忘れていただけです」
「そういうところが、変わってると言ってるんだ。その言葉、冗談でも茶化しているわけでもないだろう? 本気で私の言葉の返事として、告げている」
「もちろんです」
「つまり、自己中心的すぎる。しかも他者を敏感に気にするあまり、悲観的になりすぎていないか? 自分はいつだって被害者だという態度は、自己中の典型的なパターンだ」
「はぁ、すみません」
「心がこもってない! さっきの言葉で私が傷つかないとでも思っているのか」
「あの、さっき、っていうとどれですか?」
「存在を忘れていた、というくだりだ。お前にとって私は男である以前に人でさえないのか。空気なのか!」
なぜか、怒られている。
私はできる限りしゅんとした態度を見せようとしたが、先生には、表面だけ取り繕っても無駄な気がした。だから、正直に、自分の感情や気持ちを整理しながら、思っていたことを告げた。
「先生の存在は、ここ数週間で大切になりすぎて、いるのが当たり前になっているからです。意識して気を張らなくてもいい、気を許せる大切な人だから、無意識に視界から排除してしまったんです。人ではないなんて思ってません。傷つけてしまったなら、すみません」
「……大切?」
「はい」
「それは……どうも」
「どういたしまして」
話は、先生の「なぜこうなったんだ」というゴチりで終わった。
三条通りを垂直を横断して、五重塔を通り過ぎ、奈良県庁のほうへ抜けると二車線道路に出る。そのまま大仏殿へ向かってゆったりとした坂を上り始めた辺りで、横断歩道を渡った。
「氷室神社へ行く」
「聞いたことがありますが、どんなところなんですか?」
「行ったことがないのか!」
なぜそんなに驚くのだろう。嘆かわしい、と言いたげに首を左右に振ってまでいる。
「氷室神社では、奈良時代に豊作を祈願する祭りが開かれた由緒正しい神社だ。春日の氷室、を聞いたことがないか? 平城京に氷を献上するという大役も行っていたという。ツゲイノヌシオオヤマヌシノミコト、オオササギノミコト、ヌカタノオオナカツノミコト、が奉られている」
「そうなんですね」
「最近こもりきりだったからな、実に久しぶりだ。氷室神社へ行くと毎回氷みくじを引くんだが、あれはとても趣向がよい」
「氷みくじなら、聞いたことがあります。それがあるのが、氷室神社なんですね」
橙色の鳥居が見えてくると、先生はさらに話し続けた。神社の由来だとか、どこが好きだとか、インスピレーションを受けるがなかなか作品に生かせないなどと、瞳を輝かせて早口にまくしたてる。
それを聞き流しながらも、たまに相槌をうった。
先生と接するうちに、先生が意外とおしゃべり好きなことを知った。作業中は無言で集中しているし、教壇では教師の顔でへらへらしているが、それ以外では、興味関心事についてきらきらした目でまくしたてるのだ。
よく、次から次に言葉が出てくるなぁ、と感心さえする。
「着替えの件は、先生の存在を忘れていただけです」
「そういうところが、変わってると言ってるんだ。その言葉、冗談でも茶化しているわけでもないだろう? 本気で私の言葉の返事として、告げている」
「もちろんです」
「つまり、自己中心的すぎる。しかも他者を敏感に気にするあまり、悲観的になりすぎていないか? 自分はいつだって被害者だという態度は、自己中の典型的なパターンだ」
「はぁ、すみません」
「心がこもってない! さっきの言葉で私が傷つかないとでも思っているのか」
「あの、さっき、っていうとどれですか?」
「存在を忘れていた、というくだりだ。お前にとって私は男である以前に人でさえないのか。空気なのか!」
なぜか、怒られている。
私はできる限りしゅんとした態度を見せようとしたが、先生には、表面だけ取り繕っても無駄な気がした。だから、正直に、自分の感情や気持ちを整理しながら、思っていたことを告げた。
「先生の存在は、ここ数週間で大切になりすぎて、いるのが当たり前になっているからです。意識して気を張らなくてもいい、気を許せる大切な人だから、無意識に視界から排除してしまったんです。人ではないなんて思ってません。傷つけてしまったなら、すみません」
「……大切?」
「はい」
「それは……どうも」
「どういたしまして」
話は、先生の「なぜこうなったんだ」というゴチりで終わった。
三条通りを垂直を横断して、五重塔を通り過ぎ、奈良県庁のほうへ抜けると二車線道路に出る。そのまま大仏殿へ向かってゆったりとした坂を上り始めた辺りで、横断歩道を渡った。
「氷室神社へ行く」
「聞いたことがありますが、どんなところなんですか?」
「行ったことがないのか!」
なぜそんなに驚くのだろう。嘆かわしい、と言いたげに首を左右に振ってまでいる。
「氷室神社では、奈良時代に豊作を祈願する祭りが開かれた由緒正しい神社だ。春日の氷室、を聞いたことがないか? 平城京に氷を献上するという大役も行っていたという。ツゲイノヌシオオヤマヌシノミコト、オオササギノミコト、ヌカタノオオナカツノミコト、が奉られている」
「そうなんですね」
「最近こもりきりだったからな、実に久しぶりだ。氷室神社へ行くと毎回氷みくじを引くんだが、あれはとても趣向がよい」
「氷みくじなら、聞いたことがあります。それがあるのが、氷室神社なんですね」
橙色の鳥居が見えてくると、先生はさらに話し続けた。神社の由来だとか、どこが好きだとか、インスピレーションを受けるがなかなか作品に生かせないなどと、瞳を輝かせて早口にまくしたてる。
それを聞き流しながらも、たまに相槌をうった。
先生と接するうちに、先生が意外とおしゃべり好きなことを知った。作業中は無言で集中しているし、教壇では教師の顔でへらへらしているが、それ以外では、興味関心事についてきらきらした目でまくしたてるのだ。
よく、次から次に言葉が出てくるなぁ、と感心さえする。
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