65 / 128
第二章 4、渡月とお父さん
1、
しおりを挟む
「たくさん飲むと思ったら、お酒だったんですね」
「飲まずにやってられるか」
三条通りをゆったりと下りながら、先生は言う。この辺りは居酒屋も少なく、時間的に閉店している店が目立つ。もう深夜の十二時を過ぎて、日付が変わっているのだ。
餅井殿商店街へ入ると、さらに暗かった。道を照らすぼんやりとしたライトを頼りに、アトリエへ向かって歩く。
私には、先生が飲んだ量が多いのか少ないのかわからないが、やや足元がおぼつかないようだった。
「なんだか、疲れた」
アトリエに着く前に、先生が言う。どこか、沈んだ声だったのが気になって、そうですか、とだけ答える。
「今日は、ゆっくり休んでください」
「ああ、そうしよう」
体力がどうのこうの、と先生は規則正しく三食食べるくせに、眠るのは適当だ。時間も、場所も、こだわりはなく、仕事の予定に合わせて眠りたいときに眠るという。イベントなどの急ぎではないときも、休憩室で毛布をかぶって寝ているのだから、疲れが取れているのかも微妙なところだ。
アトリエに着くなり、先生は深くため息をついた。ぼうっと立ち尽くす先生の背中に、そっと、手を当てる。
「こんなところで突っ立ってないでください」
「ん」
「こっちです、ほら」
ぐいぐいと背中を押して、強引に階段を上ってもらった。休憩室は一階ゆえに、拒絶されるかと思ったが、意外にも素直に二階にあがってくれる。どうやら、考えることを手放しているらしい。
そのまま、ふらふらしている先生を、私が借りている布団に転がした。先生は、布団が心地よかったのか、寝返りを打つと、自分で上布団をかぶって寝息を立て始めた。
余程疲れていたらしい。
眠る先生を見ていると、私も疲れが押し寄せてきた。一緒に布団にもぐろうかと思ったが、先ほど、妙齢だのなんだのと言われたばかりだ。先生の機嫌を損ねたくはないので、もろもろの眠る準備を整えてから、一階の休憩室で毛布にくるまった。
先生愛用の毛布は一週間に一度洗っているが、いつだって先生の匂いがする。最初こそ、男の汗のにおいは臭いな、と思っていたが、今ではすっかりと慣れてしまった。
ううん、むしろ――。
なんだか、不思議な気分だ。
こんなふうに、誰かと毎日話すなんて、初めてで。
先生に会えたことが、声をかけてもらえたことが、ひがしむき商店街での出会いが、すべて奇跡のように思えた。
***
「飲まずにやってられるか」
三条通りをゆったりと下りながら、先生は言う。この辺りは居酒屋も少なく、時間的に閉店している店が目立つ。もう深夜の十二時を過ぎて、日付が変わっているのだ。
餅井殿商店街へ入ると、さらに暗かった。道を照らすぼんやりとしたライトを頼りに、アトリエへ向かって歩く。
私には、先生が飲んだ量が多いのか少ないのかわからないが、やや足元がおぼつかないようだった。
「なんだか、疲れた」
アトリエに着く前に、先生が言う。どこか、沈んだ声だったのが気になって、そうですか、とだけ答える。
「今日は、ゆっくり休んでください」
「ああ、そうしよう」
体力がどうのこうの、と先生は規則正しく三食食べるくせに、眠るのは適当だ。時間も、場所も、こだわりはなく、仕事の予定に合わせて眠りたいときに眠るという。イベントなどの急ぎではないときも、休憩室で毛布をかぶって寝ているのだから、疲れが取れているのかも微妙なところだ。
アトリエに着くなり、先生は深くため息をついた。ぼうっと立ち尽くす先生の背中に、そっと、手を当てる。
「こんなところで突っ立ってないでください」
「ん」
「こっちです、ほら」
ぐいぐいと背中を押して、強引に階段を上ってもらった。休憩室は一階ゆえに、拒絶されるかと思ったが、意外にも素直に二階にあがってくれる。どうやら、考えることを手放しているらしい。
そのまま、ふらふらしている先生を、私が借りている布団に転がした。先生は、布団が心地よかったのか、寝返りを打つと、自分で上布団をかぶって寝息を立て始めた。
余程疲れていたらしい。
眠る先生を見ていると、私も疲れが押し寄せてきた。一緒に布団にもぐろうかと思ったが、先ほど、妙齢だのなんだのと言われたばかりだ。先生の機嫌を損ねたくはないので、もろもろの眠る準備を整えてから、一階の休憩室で毛布にくるまった。
先生愛用の毛布は一週間に一度洗っているが、いつだって先生の匂いがする。最初こそ、男の汗のにおいは臭いな、と思っていたが、今ではすっかりと慣れてしまった。
ううん、むしろ――。
なんだか、不思議な気分だ。
こんなふうに、誰かと毎日話すなんて、初めてで。
先生に会えたことが、声をかけてもらえたことが、ひがしむき商店街での出会いが、すべて奇跡のように思えた。
***
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
翡翠の歌姫-皇帝が封じた声-サスペンス×中華×切ない恋
雪城 冴 (ゆきしろ さえ)
キャラ文芸
宮廷歌姫の“声”は、かつて皇帝が封じた禁断の力? 翠蓮は孤児と蔑まれるが、才能で皇子や皇后の目を引き、後宮の争いや命の危機に引きずり込まれていく。
『強情な歌姫』翠蓮(スイレン)は、その出自ゆえか素直に甘えられず、守られるとついつい罪悪感を抱いてしまう。
そんな彼女は、田舎から歌姫を目指して宮廷の門を叩く。しかし、さっそく罠にかかり、いわれのない濡れ衣を着せられる。
翠蓮に近づくのは、真逆のタイプの二人の皇子。
優しく寄り添う“学”の皇子・蒼瑛(ソウエイ)と、危険な香りをまとう“武”の皇子・炎辰(エンシン)。
嘘をついているのは誰なのか――
声に導かれ、三人は王家が隠し続けてきた運命へと引き寄せられていく。
【中華サスペンス×切ない恋】
ミステリー要素あり/ドロドロな重い話あり/身分違いの恋あり
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
後宮の偽花妃 国を追われた巫女見習いは宦官になる
gari@七柚カリン
キャラ文芸
旧題:国を追われた巫女見習いは、隣国の後宮で二重に花開く
☆4月上旬に書籍発売です。たくさんの応援をありがとうございました!☆ 植物を慈しむ巫女見習いの凛月には、二つの秘密がある。それは、『植物の心がわかること』『見目が変化すること』。
そんな凛月は、次期巫女を侮辱した罪を着せられ国外追放されてしまう。
心機一転、紹介状を手に向かったのは隣国の都。そこで偶然知り合ったのは、高官の峰風だった。
峰風の取次ぎで紹介先の人物との対面を果たすが、提案されたのは後宮内での二つの仕事。ある時は引きこもり後宮妃(欣怡)として巫女の務めを果たし、またある時は、少年宦官(子墨)として庭園管理の仕事をする、忙しくも楽しい二重生活が始まった。
仕事中に秘密の能力を活かし活躍したことで、子墨は女嫌いの峰風の助手に抜擢される。女であること・巫女であることを隠しつつ助手の仕事に邁進するが、これがきっかけとなり、宮廷内の様々な騒動に巻き込まれていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる