須藤先生の平凡なる非日常

如月あこ

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第三章 3、渡月は大体斜め上をいく

5、

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 石井、という表札の下にくっついたボタンとインターフォンは、いつ役目を真っ当するのだろう。
 玄関まできた先生は、戸口を少し開いて「こんにちはー」と声を張り上げた。声音がいつもより少し高い。緊張しているようだ。
 昔ながらも瓦屋根の、広い庭付きの木造家屋だった。庭には、剪定された松の木が並び、秩序よく木の板を並べた段差に、数多の盆栽が置いてある。かなり豪奢な日本家屋だが、この近辺の家は、どこもこのような家が多いようだ。
 奥から、「はーい」という年配女性の声に続いて、「きたんじゃない?」「久しぶりだなぁ」などの会話が漏れ聞こえてくる。
 戸口で待つ先生は、どこかそわそわしていた。
 泊まりたくないという発言からも読み取れるが、得意な場所ではないのだろう。叔父夫婦が暮らす祖父母の家を訪ねる気持ちは、一体どんなものなのか。先生を見る限り、あまり楽しそうではないようだが。
「おかえり、まどかちゃん。そんなとこ立っとらんと、中へはいりぃな。好きに上がってええんよ。……はっ、あんた――っ!」
 割烹着姿の年配女性が、柔和な笑顔で出迎えてくれた。と思った瞬間、悲鳴をあげて慄くと、後ずさりをして家屋へ引っ込んでいった。
「何かあったんですか?」
「わからん。叔父を呼びに行ったようだが」
 聞こえ漏れる会話を拾うと、「誰か連れとるよっ」「友達か」「それが、若い女の子なんよーっ」「えええっ」などだ。私は首を傾げた。
「先生、私のことはお伝え済みなんですか」
「いや」
「それって、相手様にご迷惑……では」
「ここに泊まらせるわけではないのだから、構わないだろう」
 ドタンバタン、と奥から複数人の人が、前のめりになるほどに慌てて出てきた。玄関はそれなりに広いのに、一斉に出てくるものだから、玄関へ続くガラス戸でつまっている。
「まぁくん、その人誰ね?」
 ぎちぎちに詰まった人たちの中からそう問いかけてきたのは、ばっちりとメイクを決めた女性だった。先生より、少し年上だろうか。目じりに年齢さを見せる小じわがあるが、明るくはきはきとした印象を受けた。
「こんにちは、お久しぶりです。こちらは、鏑木渡月くん。助手兼弟子です」
「初めまして、鏑木渡月です」
 途端に、ぎちぎちに詰まっていた人たちが顔を見合わせて、くるりと後ろを向いた。台所で、円陣を組むようにしゃがみこむ。叔父夫婦はわかるが、先ほどの女性のほかに二人、女性がいる。あと一人、先生と同じ年頃の男性も。合計六人が、何か話している。
「どうすんね? これは、予想外よ」「まぁくんが弟子とか、絶対嘘よ。彼女よ、あの子!」「結構歳の差あると思わへん?」「恋に歳の差関係ないね、姉ちゃん古いわ。まだまぁくんのこと好きなんけ?」「違うし、好きちゃうし!」「そうやって言い返すところが、怪しいんじゃー」などなど。
 彼らの会話は、延々と続きそうだ。
 先生を見ると、げんなりした顔をしている。
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