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第一章
八
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撤退、の文字など頭に浮かばず、麻野は勢いよく草むらに飛び込んだ。
転ばないように体幹を重視しつつ、スピードをだし、方向感覚も可能な限り意識する。それでも、木々を避けたり、足をとられてよろけたりしているうちに、本当にこっちで合っているのかと疑問が頭をよぎる。
でも、いつかは森を抜けるだろう。
そんな楽天的な思考の麻野は、ひたすら自分を信じて、まっすぐまっすぐと呟きながら、突き進む。
さすが悪魔の森と呼ばれるだけあって、頭上は木々の葉で自然のトンネルのようになっている。薄暗いために足をとられやすいが、時間によって日の差し込み方が変わると、地面へも日が当たるのだろう。そうでなければ、木々は成長できまい。
やがて、森も深くなってくると、意外にも足元の草は減ってきた。その分、大木が増え始めて、木の根がうにゃうにゃと伸び放題だ。視界が良好な分、足を取られやすい。
目の前の、蛇のような根を飛び越えたとき。
ふと、唸るような低い声が聞こえた気がした。いや、声というよりも、音だろうか。一瞬、自分の呼吸かと思ったが、よそから聞こえてくる音らしい。地を這うような重点音は、速度を緩めず走り続ける間野の耳に、しっかりと届いた。
(もしかして……妖怪? ありえるよっ、わぁ、ここに住んでる妖怪がいるのかも!)
そんな考えに至って、麻野は瞳をきらめかせた。
もし妖怪がいるとなれば、森が恐れわれている理由や、密集しているのに発育がよい理由なども、こじつけて説明ができる。
――わぁ、会いたい……けど
なんとなく、今じゃない気がする。
麻野は妖怪と友達になりたいが、それは今、やるべきことなのだろうか。チャンスはあちこちにあるというが、麻野は今、服のあちこちが破れて、引っ掻き傷も多く作り、泥はねが見るも無残についている。
ぬかるんだ道を走り抜けたせいだ。雨でもないのに、なぜか地面がぬかるんでいる場所があった。
そんなことを考えつつも足を止めず、走り続けていると。
奇怪ともとれる音、いや、声だ――が、近づいていることを悟る。どうやらこの先に声の原因があるらしい。よくよく聞くと、鼻歌のようなガチ歌のような、リズミカルさがある。
――なにこれ、誰かいるの?
妖怪ではなく、ただの人のようだが、それはそれで奇怪だ。
なにしろここは、悪魔の森と呼ばれるほどに敬遠されている場所なのだから。声はどんどん近づいてくる。もし迂回しようものなら、場所がわからなくなるかもしれない。なにしろ、自分的観測で、ひたすら真っ直ぐ走ってきたのだ。ここで真っ直ぐをやめたら、もはやどちらからどちらへ走っているのかわからなくなってしまう。
迷っているうちにも声は近くなり。
麻野は、目の前に迫った、ひと際大きな木の根を、渾身のジャンプで飛び越えた。体育の授業のように、大きく足をあげて全身で前へ重心を傾ける。
それが、いけなかった。
着地地点に何かあると察したときには、避ける余裕などなくて。
勢いのまま突っ込んだ麻野は、ぐにゃりとソレを踏みつけながら、勢いよく地面へ転倒した。顔から突っ込み、ごろごろと転がったのち、大木にぶつかって止まるという悲惨な状態である。
「痛ったぁ」
人は本当に驚くと、悲鳴さえ出ないものらしい。
転ばないように体幹を重視しつつ、スピードをだし、方向感覚も可能な限り意識する。それでも、木々を避けたり、足をとられてよろけたりしているうちに、本当にこっちで合っているのかと疑問が頭をよぎる。
でも、いつかは森を抜けるだろう。
そんな楽天的な思考の麻野は、ひたすら自分を信じて、まっすぐまっすぐと呟きながら、突き進む。
さすが悪魔の森と呼ばれるだけあって、頭上は木々の葉で自然のトンネルのようになっている。薄暗いために足をとられやすいが、時間によって日の差し込み方が変わると、地面へも日が当たるのだろう。そうでなければ、木々は成長できまい。
やがて、森も深くなってくると、意外にも足元の草は減ってきた。その分、大木が増え始めて、木の根がうにゃうにゃと伸び放題だ。視界が良好な分、足を取られやすい。
目の前の、蛇のような根を飛び越えたとき。
ふと、唸るような低い声が聞こえた気がした。いや、声というよりも、音だろうか。一瞬、自分の呼吸かと思ったが、よそから聞こえてくる音らしい。地を這うような重点音は、速度を緩めず走り続ける間野の耳に、しっかりと届いた。
(もしかして……妖怪? ありえるよっ、わぁ、ここに住んでる妖怪がいるのかも!)
そんな考えに至って、麻野は瞳をきらめかせた。
もし妖怪がいるとなれば、森が恐れわれている理由や、密集しているのに発育がよい理由なども、こじつけて説明ができる。
――わぁ、会いたい……けど
なんとなく、今じゃない気がする。
麻野は妖怪と友達になりたいが、それは今、やるべきことなのだろうか。チャンスはあちこちにあるというが、麻野は今、服のあちこちが破れて、引っ掻き傷も多く作り、泥はねが見るも無残についている。
ぬかるんだ道を走り抜けたせいだ。雨でもないのに、なぜか地面がぬかるんでいる場所があった。
そんなことを考えつつも足を止めず、走り続けていると。
奇怪ともとれる音、いや、声だ――が、近づいていることを悟る。どうやらこの先に声の原因があるらしい。よくよく聞くと、鼻歌のようなガチ歌のような、リズミカルさがある。
――なにこれ、誰かいるの?
妖怪ではなく、ただの人のようだが、それはそれで奇怪だ。
なにしろここは、悪魔の森と呼ばれるほどに敬遠されている場所なのだから。声はどんどん近づいてくる。もし迂回しようものなら、場所がわからなくなるかもしれない。なにしろ、自分的観測で、ひたすら真っ直ぐ走ってきたのだ。ここで真っ直ぐをやめたら、もはやどちらからどちらへ走っているのかわからなくなってしまう。
迷っているうちにも声は近くなり。
麻野は、目の前に迫った、ひと際大きな木の根を、渾身のジャンプで飛び越えた。体育の授業のように、大きく足をあげて全身で前へ重心を傾ける。
それが、いけなかった。
着地地点に何かあると察したときには、避ける余裕などなくて。
勢いのまま突っ込んだ麻野は、ぐにゃりとソレを踏みつけながら、勢いよく地面へ転倒した。顔から突っ込み、ごろごろと転がったのち、大木にぶつかって止まるという悲惨な状態である。
「痛ったぁ」
人は本当に驚くと、悲鳴さえ出ないものらしい。
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