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第一章

二十四、

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「ところで、先生は個人の旅行ですか?」
「ああ。今年は何かと教授の手伝いに駆り出される予定だからな、早めの夏季休暇をもらったんだ。本来なら海外でゆったりと過ごしたいところだが、今年は国内で妥協するしかない。これでも忙しい身でな」
「やっぱり、お忙しいんですね。新居崎先生、いつも学生と一緒にいますし。先生のところの学生さんは、勉強熱心なんですね」
「どうだかな」
「私でよければいろいろお手伝いしますから、遠慮なく言ってくださいね!」
「そうか、それは頼もしい。まず、きみの友人に今すぐメールで連絡をいれてくれ。二度ときみには旅行プロディースを任せないし、単位もやらんとな」
「え。友達って、しーちゃん?」
 なぜ新居崎は怒っているのか、もしかして怒らせることを言ってしまったのか、などと頭のなかでぐるぐると考えていると、手の中の携帯電話が鳴った。通知相手を見れば、静子だ。さっき、無事に乗れた、という連絡を入れたので、その返事だろう。
「見せろ」
「い、いや、あの、これは個人情報というか」
「ひらけ、今すぐだ!」
 押し殺した声で怒鳴られて、ひっ、と声をあげながら、麻野はあっさりと届いたメッセージをひらいた。ごめん、しーちゃん。と心のなかで謝罪するが。
――『よかった、あんたのことだから迷子の子どもとか助けて乗り遅れてたらどうしようかと思ってたの。それから、新居崎准教授も京都観光へ行くみたいよ。私が強引に、やつの旅行手配も請け負ったから、麻野と同じ新幹線と旅館にしちゃった! 感謝してよね、あの新居崎准教授とたっぷりお話できるんだから。頑張って、麻野! ふぁいと!』
 と、長文で書かれたメッセージに、愕然とした。
「先生、私、何を応援されたんでしょう」
「……『やつ』な」
「ひっ」
 新居崎が、にやりと笑っていた。この種の笑みは、静子や神田教授もたまにみせる、できるだけ関わらないほうがいい笑みだ。
 だが残念なことに、新幹線では隣の席。
京都までの三時間は、このままということになる。
「なるほど、なるほど」
 しかも、何やら一人で納得している。
「いいだろう。この私を利用したんだ、あとはこちらで好きにさせてもらおう」
 くくく、と目を見張って笑う美丈夫は、まるで絵物語に出てくる妖怪のようだった。
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